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溶け切らない夏 その4

 ガヤガヤとした列車内。海水浴だとか、遊園地だとか。夏休みを満喫している学生たちの声が飛び交う。車内アナウンスの声までも、心なしか弾んで聞こえる。流れていく景色も、明るい色調へと移り変わっていく。

 ショッピングモールの外で待っていた彼は、日陰の中にあっても眩しいくらいに存在感を放っている。話しかける前から、私の心臓はバクバクと大きな音を立てる。彼ときたら、相変わらずの立ち姿で、携帯に視線を落としている。

 あっ。

 よく見ると、クマのストラップがこちらに手を振るように小さく揺れている。頬が、だらしなく緩んでしまう。

「河野さん、こんにちは」

 自分の声が思ったより弾んでいる。

「こんにちは」

 彼はいつもと変わらない落ち着いた声で応じる。

「あっ、あの……」

 何かをしたわけでもないのに、おどおどとしてしまう。

「ん?」

 彼が不思議そうな顔をする。

「……いつも、け、携帯……見て、ますよね」

 話題が変な方向へと飛んでいく。

「……」

「いやっ、そのっ!今のは忘れてくだ」

 クスッと小さな笑い声が聞こえてくる。

「何もしてないと、結構、声かけられちゃうから」

 さらりと言って、携帯をジーンズのポケットに仕舞う。その様子に、胸がチクリと痛む。

「……あの、次、からは、待ち合わせぴったりぐらいで、大丈夫です。わ、わわっ、私が……先に、待ってます」

 ちゃんと届いただろうか。

「ヤダ」

「えっ」

 彼がぶっきらぼうな声を出して、プイッとそっぽを向く。

「君を待たせたくない」

「……」

 そんなことを言われてしまったら、私の口はもう、機能を失ってしまう。風がヒュルリと私たちの間を通り過ぎていく。

「さぁ、行こう」

 彼の軽やかな声が風に溶けて、私の心をさらってしまう。


「あのっ」

 映画館の前で私が立ち止まると、彼がこちらを振り返る。

「どうしたの?」

「そ、その……」

 彼はじっと待ってくれる。私は必死で、まとまらない言葉をかき集める。

「てっ、手を、引いたほうがっ!お互い……歩きやすい、かな、って……だからっ、肘の辺り、持って……もらえ、ますかっ」

 言いながら、俯いてしまう。ギュッと閉じたまぶたが、ピクピクと無意識に動く。

「ありがとう」

 彼の穏やかな声が耳に届くと、自然と顔が上を向く。

「……でも」

 彼の手がキュッと、私の手を握る。

「君となら、こっちがいい」

 彼の手に力が込められる。彼の体温が、私の高なる鼓動に負けないくらいのスピードでなだれ込んでくる。私の体温が、急上昇する。

「あ……っ」

 彼の指が、ほんの少し、私の指に絡まる。

「……ごめん」

「いえっ」

 指が解放されて、止まりかけた心臓が慌てて動き出す。

「行こうか」

 手を握り直した彼が、前を向いたまま呟く。

「……はい」

 薄暗い照明で彼の方は分からないけれど、私の方は身体中、リンゴみたいに真っ赤で。

 早く、冷やしてくれたらいいのに。

 そう思って、目を閉じて、冷房の風をめいいっぱい肌で感じ取った。


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