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4.3.6.対するもの

 第五層。室内は靄も掛からず晴れ渡っていた。塵もなく、風とてなく、空虚なほどに清廉だった。窓から入り込む柔らかな明かりのみがこの層に存在する全てだった。


 しかしアライソはそこに見た。その静謐そのものな空間の中央に、一点の黒い影が存在していた。それこそが今追って来た魔物であろうとすぐに察した。


 それは今では転がりもせずにじっと一点に留まっていた。そしてそれは輪ではなく、形を変えて、縦に細長く立ち上がっていた。


 立ち上がる。その言葉の通りにそれは立っていた。二本の足で、二本の腕をだらりと下げて、首の括れがあり、丸い頭部を持っていた。人の形を為してした。


 目もある。鼻もある。口もあった。それがはっきりとアライソの方を向いていた。目が合った、と感じた。アライソは大太刀を青眼に構えた。


 人の形をした魔物。階下で神人達を殺したもの。塔を登っていたもの。地下洞窟を這っていたもの。森の中でソアラ達と対峙したもの。姿形こそ変わったものの、それにようやく追い着いた。


 アライソは重心を前に動かして距離を詰めようとした。ところへ、


魔物「待ってくれ」


 裂け目のような口が開いて魔物が声を出した。アライソの足が思わず止まった。


魔物「お前は俺を殺そうというのか」


 こいつは喋れるのか。自らの行動を指摘され、相手の言葉を意識の内へ入れてしまった。


魔物「どうしてお前は俺を殺すんだ」


 ソアラであれば耳も貸さずに斬り掛かっていただろうに。思わず答えた。


アラ「お前が魔物だからだ」


魔物「魔物。魔物? そんな理由で俺を。魔物だからと言って、それだけの理由で殺そうだなんて酷いじゃないか」


アラ「黙れ。お前は魔物だ。そんな理由だと。お前は神人達を殺したではないか」


魔物「しかしだからと言って」


アラ「お前を見逃せば更に被害は出るだろう。そんなことはさせはしない」


魔物「確かに俺は殺したが、それが殺される理由になるものか」


アラ「なる! お前は神界に害をなし、今後もそれを続けるだろう。神人達を殺すだろう」


魔物「それは殺すが」


アラ「だろうが!」


魔物「しかしそれは俺の(さが)だ。俺の所為(せい)ではない」


アラ「何を言っている」


魔物「それが性質なのだ。そういう存在なのだ。仕方がないのだ」


アラ「そういう存在だと言うのなら、やはり生かしておいてはいけない」


魔物「俺が悪いのではない。そうした習性、宿業だ。本能なのだ」


アラ「ならばやはりこの世界にいてはいけない」


魔物「まあ、待て。見るにお前も俺と同じく肉体を持っている。そんなお前に俺を斬る資格があるのか」


アラ「資格?」


魔物「そうだ。お前も肉体を持っている。ならば血も流れている。俺と同じだ。そんなお前が俺を殺して良いものか。自分を見ろ」


アラ「俺は肉体を持っている。だが神人を殺したことなど」


 過去を思い出してしまった。彼もまた神人を殺したことがあった。鎮東軍と戦った時に。その記憶が蘇った一瞬の虚に、


魔物「あるのか? まあ、いい。聞きはしまい。たとえそれがなかったとしても、お前も肉体を持っているのだ。罪を犯さなければ生きていけない存在だ。罪ある者が、他者を断罪しようなど」


アラ「罪ある者……」


魔物「そうだ。お前も罪人だ。俺と同じように。そんな者が同じものを斬ろうと言うのか。他者を裁くよりも自らを省みるべきだ」


アラ「黙れ! お前は魔物だ!」


魔物「お前と同じく肉を持つものだ」


アラ「私は、お前とは違う」


 塔に入ってからの迷いを押し殺し、そうであって欲しいかのように今の言葉を口にした。


魔物「同じく生きるのに罪を犯さなければならないものだ」


アラ「黙れ!」


魔物「なあ、おい。聞いてくれ。それにお前は神人ではないではないか。お前はあいつらの仲間ではない。血が流れているではないか。あいつらとは違う。あいつらには血が流れていない。お前も知っているだろう。あいつらには血が流れていないのだ」


アラ「それがどうした!」


魔物「赤い血の流れていないあいつらの味方なんかするのは止めろ。それよりも、温かい血の流れているもの同士、俺達は手を取り合うべきなんだ」


アラ「何を言っている。魔物が」


魔物「またそれか。それではお前は罪のない者だと?」


アラ「……」


魔物「なあ、そうだろう? 俺達は同じだ。同類だ。仲間だ」


アラ「私はお前の仲間などではない!」


 先程から思考の上で浮揚している、自分も魔物と同じなのではないか、という迷いを否定したい一心で、そのように強く否定した。


魔物「それではお前は神人の仲間だと? 見れば分かる。お前はこの世界の者ではないだろう。肉体は醜く、臭いにおいが立ち昇っている。俺もそうだ。俺も神界のものではない。お前も異世界の住人だ。この世界の連中から見て、俺達は同じく異人なのだ」


アラ「それは」


魔物「分かっているだろう?」


 魔物はまじまじとアライソを観察していた。彼の心が自分の言葉に動かされそうになっているのをじっくり見ていた。


魔物「俺達は同じだ。この世界の異物という点において同じなのだ」


アラ「それは、言葉だけだ! 私はお前のような魔物などではない!」


魔物「しかしだね」


アラ「黙れ! 私は確かに神人ですら、殺したこともある! だが殺したくて殺したのではない!」


魔物「俺だってそうだ。本能だから仕方なく、だ」


アラ「私にはそんな本能はない!」


魔物「しかし塵に塗れた罪あるものだ。生きるために罪を犯す存在だ」


アラ「同じなどでは」


魔物「同じだよ」


 ギリギリと歯噛みするアライソのこめかみに、臭い汗が流れた。意図せずアライソの手から太刀が抜け落ちそうになっていた。魔物はほくそ笑んだ。


魔物「なあ、兄弟。ここは大人しく別れておこう。そしてそれぞれ自分の生活を送るのだ」


アラ「それは出来ない!」


魔物「それでいいじゃないか。俺も、お前も、自分の性に合ったことをするのだ。本性に正直な生き方をしよう」


アラ「私はそんな者ではない!」


魔物「俺は正直者だから。自分に素直に、自然に従った生き方をする」


アラ「それをさせないと言っているのだ!」


 対峙する魔物は自分達が同類だと言う。両者共にこの神界の者ではなく、肉体と罪とを持っている。


 しかしアライソはそうではないと信じたい気持と同時に、自分達が全く異なる存在だと感覚するところがあった。どう違うのか、どこが異なるのかは上手く言語化出来ていない。


 しかし自分は相手とは違う!


 それを証明したいかのように、アライソは太刀を握り締め、魔物に向かって突撃した。


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