4.3.7.討ち合うもの
振り下ろした大太刀を魔物は片腕で弾いた。腕にはびっしりと瘡蓋に似た黒い外殻が、鱗のように纏われていた。
弾かれた太刀の太刀筋を返し、アライソは横から胴薙ぎにしようとした。魔物は後ろ跳びに退いて避けるが、それを見越していたかのようにアライソはぐっと距離を詰め、背後に回した刀身を頭上へ持ち上げ振り被り、前進の勢いと共に斬り掛かった。その勢いをもって魔物の言葉を否定する。
アラ「確かに私は肉体を持ち、罪をも犯す! しかし犯したくてするのではない!」
刃が触れる寸前に魔物の体は崩れ落ちた。外殻が床に落ちると同時にべちゃりという音がした。
床に転がる黒い外殻と粘着く白い粘液がアライソからするする離れて行き、大太刀の間合の外まで出ると盛り上がり、粘液を内に、外殻を外に、再び人の形に生成された。
その口元が動いた。
魔物「だろう、兄弟。仕方がないんだろう? 俺と同じだ。習性だ」
アライソは脇に構えて突きに掛かる。
アラ「習性などではない! 私は、この世界に害意を持っているのではない!」
避けられたのを振り被り、斬り下ろす。
アラ「それがお前と私の違いだ! 私はお前とは違う! お前は罪が目的だ。私は違う。お前は罪のために罪を犯す。それが目的でやっている!」
魔物の体は変形し、足元へ流れ落ちたかと思うと、また遠くで人型に戻った。
魔物「そういう習性だからな。生まれ持った業だ」
すかさずアライソは距離を詰める。
アラ「私にはそんな習性はない。罪はあってもそれは生きるのに止むを得ず……。だから良いと言うのではないが。しかしそれが私の本質ではない!」
流れ落ちては距離を取り、
魔物「そうか。そうかね。そんな違いは大したものではないだろうが。結局は同じだ。同じことをやっている。実際の行動は同じだ。俺達は同類なんだよ」
アラ「そのはずはない!」
一声と共に、一刀の元に斬り屠ろうとした。
が、その時、魔物は片腕を上げた。掌を開き、指を大きく広げ、その手で太刀を待ち構えていた。
アライソは何かがあると察して太刀を止めるや地を前に蹴り、重心を後ろへ動かして後退した。
後ろ跳びに距離を取ったアライソの判断は正解だった。彼が直前いた空間に、白く濁った粘液が飛んだ。魔物の掌から噴射されたものだった。
魔物が種子の形をしていた時に、ソアラと共に森の中で対決した時に、苦戦を喫したあの「厄災」が物体と化した乳液だった。
アライソの爪先が地に着くや否や次弾が跳び来たった。彼は横に転んで受け身を取りつつ側転して避けた。が、立ったその場にも粘液の塊が撃ち出された。
先程までの、斬り掛かっていたアライソと逃げに徹していた魔物の立場が逆転した。今では魔物が両手から何発もの粘液を噴射し、アライソがそれぞれを避けていた。後退し、転び、飛沫すらも掠らぬようにと部屋の諸所を転々として駈け巡った。粘弾に撃たれた床や壁は焼け焦げていた。
森の中での戦いでは、魔物の種子は意志を持っていなかった。粘液が放射されるにしてもそれは反射的な動作だった。「敵」を狙っていたのではない。しかし今度は魔物ははっきりとアライソを狙い、防衛反応ではなく、意図的に攻撃を放っていた。
魔物はアライソの移動を目で追った。次の瞬間にいるであろう場所を予測し、そこへ粘液を撃ち出した。
またあの時はソアラと共闘していた。彼女が宙に網を張り、粘液が降り掛かるのを防いでいた。その防御を担っていた彼女はここにはいない。彼は一人で逃げ回るしかなかった。
延々と避け続けるアライソに業を煮やしたのか、それとも何とも思っていなかったか、いずれにせよ、魔物は片手で粘液を放ち続けながらも、もう一方の腕をだらりと下げて大きく揺すった。
腕から黒い瘡蓋のような外殻がボロボロと零れた。鈍い音を立てて床に突き刺さったかと思うとそれは膨張し、下の階で見た車輪となって動き始めた。床に轍を刻みつつ、車輪は四方へ転がった。
散開して無軌道に暴走する外殻の群れはアライソに向かっていなかった。だからこそそれは諸所に突き立つ障碍となり、彼の移動を制限した。
そしてついに、アライソが跳び上がり着地しようとしたその先に、車輪が丁度転がって来た。彼は車輪の側面を足裏で蹴った。
が、地面に食い込んだそれは揺らぎはしても倒れはせずに、彼の動きをそこに留めた。動きが止まった瞬間に、狙い違わず次の粘弾が飛び来たる。
粘弾は彼の胴を撃ち抜いたかに見えた。背後の壁が衝撃と共に焼け焦げた。アライソの服にもはっきりとした、周囲の焼けた、穴が開いていた。
そしてその穴から覗いているものとは、清らかに純白な布地であった。三保羽衣だった。アライソ本人すらも腹に巻いていたことを忘れていた羽衣が、粘弾を透過させていた。胴体には傷一つ付いていなかった。
アライソはそれに気が付くと、着ている衣服を毟って捨てて、腹に巻かれた羽衣を解き、左の腕に巻き付けた。一端は長く垂らして左手に握る。
魔物に向かって駈け出した。襲い掛かる粘弾を羽衣で透過させて受け流し、一直線に向かって行った。行く手を阻む車輪にぶつかりそうになると見えれば羽衣で自分の体を覆い、自分自身を透過させて行き過ぎた。
魔物との間を阻むものはなかった。
羽衣という「盾」を得たアライソは気勢を得、大太刀を垂らした右手に力を入れて、真っ直ぐに魔物へ向かって行った。
攻守が再び逆転するかに思われた。




