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4.2.3.黒い胎芽

ソア「一応、持って行け」


 袖から羽衣が流れ出て、風に乗ったように漂うと、アライソの体にふわりと巻き付いた。


アラ「これは」


ソア「ご覧の通り羽衣じゃが? さっさと行け」


 質問の答えは貰えなかったが、まあ、役に立つものなのだろう。そう納得して、白い羽衣を全身に纏ったアライソは駈けた。


 球体まで辿り着くと彼は再度それの表面を横に斬り払った。同時に胎液が噴出した。彼は跳び退()いて避け、それでも降り掛からんとする飛沫(ひまつ)をソアラの(さく)が網となって防いだ。


 傷口に向かってソアラは鉈を投擲すると、それは支えとなって瘡蓋(かさぶた)が閉じるのを防いだ。傷口からはだくだくと胎液が溢れ続けた。


 頂上の瘡蓋が開き、触手がアライソに襲い掛かった。彼は難なく斬り払った。球体に繋がっている根本部分がすっと引き、瘡蓋の内に仕舞い込まれた。切り離された触手は枯草の上でのた打ち回り粘液を振り撒いたが、段々と動きは弱まって、ついには動かず乾いて行った。


 だがその頃にはアライソが付けた(きず)は流れ出る胎液の勢いが治まっており、傷口は乾き、固まっていた。枯草にこびり付く乾いた粘液の上に鎮座する球体は、跡こそ残ってはいるものの、攻撃前と同じ姿の無傷の状態に戻っていた。


ソア「思った通りだの」


アラ「ええ、これなら行けそうです」


 彼はまた球体に斬り掛かった。傷から体液が溢れ出た。ソアラが手斧を投げて傷口に差し込み、閉じるのを防いだ。


 その新たな傷が塞がる前に、アライソは別の箇所へと斬り掛かり、それからまた別の箇所へと。次々と創傷が付いて行き、球体のあらゆる場所から胎液が吹き出した。滔々と流れる胎液は球の全体を濡らして零れ落ち、()()なく溢れて地を湿らせた。


 球体は悶えるように震えながら、複数箇所からそれぞれ触手を伸ばしてアライソを襲った。襲い来るそれを彼は避けもし、斬り払いもし、回り込んでは球体に傷を刻んで行った。


 零れる胎液、伸びる触手。心なしか球体は小さくなって行くように感じられた。


 それで油断をしたのではない、斬り付ける度に増えて行く触手の数に認識が追い付かなくなっていた、アライソの片腕に触手が絡んだ。


 急いで斬り離したものの絡んだ触手の動きは止まらずに、巻き付き、締め上げた。


 痛みはない。神薬のお陰だろうが。それでも締め付けはどんどんきつくなって行った。彼は焦った。これの粘液はソアラの羂索(けんさく)も溶かしたのだ、厄災そのものだと聞いていた、いくら神薬を呑んでいたとしても無事でいられるとは限らない。


 触手の輪がキリキリと縮んで行った。(むし)ろうとすればそちらの手が侵される。掴めず触れず、圧迫されて行くのを見ているだけしか出来なかった。その輪は腕の太さよりも狭くなった。大太刀の切先を差し入れたくとも、刃は長く、短い動きは出来なかった。


 そしてその輪はついに潰れた。彼の腕を圧断した。


 アライソは見た、千切られた自分の腕が宙に浮いていた。声を上げる余裕もなかった。


 一つ、二つ、呼吸をしても、しかし腕は落ちなかった。走馬燈のように危機に瀕して感覚が鋭敏になったのではない。更に間を置いてもそれは落ちはしなかった。


 呆然として、無意識の内にそちらの腕を動かそうとした。するとその宙に浮いている腕が思うように動いた。


 ソアラが叫んでいた。


ソア「何をやっている! 早く続けろ!」


アラ「しかし、腕が!」


 叫び返した。


ソア「腕がどうした! くっ付いているだろうが! 羽衣を渡してやっただろうが! 三保羽衣(みほのはごろも)は攻撃を透過する! 腕は無事だ! さっさと続けろ!」


 ソアラが渡した羽衣、三保羽衣は神界の宝器の一つであった。これはまさに彼女が言ったように受ける攻撃を透過させるものである。この羽衣は余りにも薄く、(たお)やかであり過ぎるがために、暖簾よりも糠よりも手応えがなく、受ける力を反対側まで流し去り、物体すらも透過させてしまうの代物だった。


 アライソは自分の体に傷一つ付いていないのを知り、球体への攻撃を再開した。


 球体は全面をしとどに濡らして隙間なく刻まれた傷口から体液を流し続けていた。斬られた触手の跡が産毛のようにびっしりと生えて顫動(せんどう)していた。


アラ「このくらいでどうですか!」


ソア「おう! 流れる体液も勢いを失い、見る見るうちに乾いていくのう!」


 アライソは跳び退(すさ)って距離を取った。ソアラは袖を大きく開けて腕を振り上げた。


ソア「卍蓋(まんがい)


 袖から放たれた羂索は空の一点で結び合わさり、それはちょうど球体の真上だった、ゆるやかな渦を巻きながら球体へと落ちて行った。


 ふわりと被さり、索の金具が地に刺さる直前、ソアラは索の手元を軽く引き、網を球体に密着させて包み込み、締めた。


 目視出来ぬほど固く編まれた網目の、それでも存在するのであろう隙間からじわじわと胎液が滲み出た。網目を溶かし、(もろ)くしつつはあるものの、急速に乾いて行くそれは、逆に自分を縛める網を固めて硬くした。


 ソアラはもう一方の袖からも羂索を放った。


ソア「多層(たそう)卍蓋」


 球体を包み込む網の上に更なる網を覆い被せて締め上げた。二重となった卍蓋の網の目には、もう胎液は滲まなかった。


 加えて三層目の卍蓋が放たれると、その縁は地面に埋め込まれ、もはや球体はその場に固く据えられて、転がることも出来ようがなく、外からは蠢動(しゅんどう)すらも見えなくなった。


ソア「これで良いじゃろう」


 黒く堅強な外殻を(まと)い、索をも溶かす粘液を振り撒く厄災の種子は、地に繋がれて封じられた。それを封じる伏せた網は、固く、強く、地面に押し付け、ほんの僅かずつではあるが、種子の膨らみを(しぼ)めて行った。


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