4.2.4.潜行
血振りをし、大太刀を左目に納めた後だった。決着を付けても余韻からか、アライソは羽衣をその身に纏ったままで、種子を縛める網を見ていた。それは徐々に小さくなっているようだった。これで終わりのはずだった。それなのに、妙な違和感があった。
ソア「何をしている。もう行くぞ」
ソアラは西への道行きを再開しようと彼を急かした。彼女はもう種子を見てはいなかった。また夜が来る。彼女としても西へ行くのであれば早く行き、そこの様子を見たかった。
アラ「待ってください。少し、変ではありませんか」
ソア「何を」
アラ「あの種子は中身を流して小さくなりました。そして周囲を羂索で固めました」
ソア「それがどうした」
アラ「見てください。索で覆った時よりも、あれは小さくなっています」
ソア「きつく締めたからの」と、まじまじ見、「いや、覆った時より更に小さく」
外側の卍蓋が緩むほどに萎んでいるのに気が付き、はっとして、種子まで駈け寄り、網の一端を握って強く引いた。バラバラと解けて行く卍蓋の下から二層目の網が現れた。
それは歪み、先程よりも小さくなっていながらも、あの球体を覆っていた。ただ、その地に接する辺りは黒く染まって焼け焦げていた。
ソア「しくじったか!」
彼女は二層目を解き、粘液で固まった一層目もバリバリと音を立てながら解いた。
そこに殻は残っていた。だが中身はなくなっていた。見れば地面には周りを焦がした大きな穴が開いていた。
二人は顔を見合わせた。
あの種子は羂索で縛られると殻の下部を開いて胎液を流し、網を溶かして地面を溶かした。そして地面に穴を開けながら、その中へと逃げ込んでいた。
地面にぽっかりと空いた穴を睨みながら舌打ちし、
ソア「追うしかないようだな」
と呟いた。
周囲の土は既に乾いているとは言え、あれが刳り貫いた穴だ、その先がどうなっているか分からない。それでも彼女は羂索の一本を地表に突き刺し、その縄を片手に掴んで穴の中へと跳び込んだ。アライソもまたそれに続いた。
足が地に着いた。岩場のようだが底はあった。地中の闇にソアラの声が反響した。
ソア「少し待て」
がさごそと音がして、小さな火花が幾つか散った。そして暗中に火球が生じた。眩い明りが周囲を照らした。彼女は松明を持っていた。それをアライソに渡すと袖口からもう一つ取り出し、火を点けて、これは自分の手で持った。
彼らが降り立った場所は開けていた。地下空洞のようだった。どこからともなく水の流れる音も聞こえていた。しっとりとして、やや肌寒かった。空気は重く淀み、湿った土と苔の匂いを含んでいた。
ソアラはしゃがんで、松明を地面に押し付けるようにし、じっと何かを探していた。
ソア「あったぞ」
種子の中身、今では胚と言うべきか、それが這ったのであろう粘液の跡を見付けた。地面を松明で照らしつつ、その行く先を追った。
粘液の跡を松明で照らして歩んだ。地面は歪み、所々が盛り上がり、また窪みもあった。横には広いが、天井は高くなったり低くなったりし、また鍾乳石が垂れて気を払わなければ頭をぶつけそうだった。
下の水溜り、壁に浮かんだ鉱石、また突き出した鍾乳石は、松明の仄明かりを反射して、また闇の深い場所では一対の赤い光が点々としていた。洞窟を進みながらアライソは視線を感じた。
ソア「蝙蝠じゃ」
と、一方の闇へ松明を向けた。赤く光らせた目を持つ蝙蝠がばっと飛び立ち、空洞内を暴れ回った。正面から飛び来るそれをソアラは鉄扇で振り払った。
アライソもまた片手で振り下ろす大太刀の軌跡を小さな弧にして斬り落としたが、暗く狭いその場所では、壁や天井に太刀がぶつかるかも知れず、存分には振えなかった。横目にその不利を察して、
ソア「暫くは貸しておいてやる。羽衣を使え」
アライソは未だに纏っていた羽衣を思い出し、体を見下ろした。
この三保羽衣の性能とは種子との戦いの際に発揮した攻撃を受け流すものだけではない。攻撃を透過させ得る程の嫋やかな性質は、ある意味逆の働きもした。
その余りにも力を通しやすい性質から、それは力を入れれば敏感に反応し、使い方によっては、込めた力を一切逃がすことなく込めたのと同等の力を発揮して、意図した通りの動きもした。以前アライソとソアラが対決した際、彼女がこれで大太刀を絡め取るつもりであったのはこの特性によってであった。
彼は羽衣を脱いで松明とは逆の手に持った。
寄せ来る蝙蝠をソアラは鉄扇で、アライソは羽衣で打ち払って行った。何度か使うとコツを掴んで思うように動かせるようになった。新しい武器をすぐに扱えるようになったのも、シノノメから譲られた武芸の才覚のお陰であっただろう。
暗く狭くじめじめとした洞窟を彼らは進んで行った。足場は滑りやすかったが神軍大将の身のこなしを会得している彼らには平地を歩くのと同じだった。
それでもソアラは溜息を吐いた。
ソア「やはり奴はここを通ったようだのう。嫌な匂いが充満しておるわ。これだけぷんぷんしていれば、洞窟内の生き物は瘴気に冒され魔物の亜種になるやも知れん」
そう呟いて、跳び来たった蝙蝠を叩き落とした。




