第7夜 授業-前半-
「今日から柔道の授業を担当する三浦だ!」
身長170cm体重は85kgだと言う謎の自己紹介と共に登場した三浦は講道館柔道三段らしく真っ黒な帯を身に着け仁王立ちしていた。
学校あっせんの業者から購入した柔道着に身を包む男子生徒。
授業用のグレードと言う事もあり、柔道着と言えば白色が定番であるが、生地の漂白が弱いのか全体的にクリーム色をしている。
中学では冬の授業の定番だった柔道も、高校では春先から夏にかけて行うという事だった。
女子生徒が居ないと言う理由でがっかりしている蕪木をよそに、自分は少し楽しみでもあった。
夢の中で柔道そのものを経験したわけではなかったが、それでも軍隊の教練のような場面でがむしゃらにそれを強いられる事や、時には見ず知らずの相手との殺戮の手段として柔道の様な技を用いた事もあり、せいぜい受け身と簡単な投げ技、試合の真似事のような事しかしない授業でも、面白い発見があるのではないかと言う期待感を抱いたからだ。
それに、学校の授業であれば夢の中のラストシーンのように絞め殺される事もないであろう。
「よーっし、まずは受け身やるからな!おい石丸!塚原!前に出てこい!」
両名とも現在はクラスは異なれど中学のクラスメートだった。
特に石丸とは休みの日に何度か遊んだことがある程度には仲が良く、高校でもすれ違えば挨拶やくだらない世間話もしていた。
真っ白な柔道着と黒帯に身を包んだ二人。
二人とも柔道部に入部するのかと思いきや、石丸の方はもうあんな思いしたくないと早々にパソコン部に入部していた。
部活動が決まっていれば、部員獲得に必死な上級生の無理な勧誘にあう事もない。あったとしても、すみませんもう他の部に入部してしまったんです、と申し訳なさそうに答えるだけで良いのだ。
そんな石丸を声もかけずに掴んだかと思うと、突然三浦が背負って投げつけた。
ズバァァァン!!!
武道場に音が鳴り響く。
石丸は思わず叫んだ。
「先生!なんの打ち合わせもせずにやめてくださいよぉ!」
しかし、言葉とは裏腹にその顔は少しニヤついている。
続けて、こちらは柔道部に入部した塚原。
中学の大会でも活躍していた塚原とは決して仲良くなかったが、チームの中堅としてしっかり活躍したと言うのは何度も聞いている。
そんな塚原の胸倉を右手で引き、塚原の右袖を左手で掴み大げさな程左上方に持ち上げたかと思うと、そのせいでほんの僅かに浮いた右足を後ろ側に運んだ足で大きく手前に刈り込む。
石丸の時ほどではなかったが、やはり大きな音が鳴り響き地面に叩き付けられた塚原。
「こっちは打ち合わせしてたけど、突然はやめてくださいよぉ!」
石丸の口調を真似て叫ぶと周囲からは笑いが漏れるが、その迫力に気圧されて爆笑と言うほどでは無かった。
「あぁ、二人ともありがとう。」
ウケると思った筈が思った程にウケなかった塚原は苦笑いを浮かべながら前に立っていた。
「石丸!お前本当に打ち合わせなしだったがしっかり受け身とれてたな。」
ポンポンっと背中を叩きながら続ける。
「柔道ってのはこういう事をするスポーツだ。しっかりと受け身が取れないと怪我をする。だからな、最初はつまらんと思うかもしれんがしっかり受け身の練習からやるんだぞ!」
中学の時の授業でもやはり受け身が中心だった。
その後は2,3技を教えられ、取っ組み合いのような試合をした事もありなんだか懐かしい。
「あとな、体育の成績は中川先生の陸上と俺の柔道で半分ずつ考課するからな。しっかりやれよ。」
そう言うと、授業の前半を使って数種類ある受け身をひたすらにやらされる。
後半には出足払いと言う技を教わる為、二人一組になって相手の足を払う練習を繰り返し行った。
例によって蕪木と組んでいた自分は、蕪木の右足が畳につくタイミングに合わせて足を払う。
そのタイミングに足を払われては、バランスを崩すのが道理である。
蕪木が自分の足を払おうと思ってもタイミングが早かったり遅かったり、自分が一度もバランスを崩すことはなかった。
「なんで、くにーちゃんそんなに上手いんだ、俺は上手くいかないなー」
そんな事を言いながら、都度都度相手がバランスを崩す。
生徒をぐるっと回りながら見ていた三浦からは遊んでいるように見えたのかもしれない。
「おい、そこ遊ぶな!危ないんだから!」
突然自分たちに声をかけられ思わず蕪木は答えた
「いえ、あそんでません!」
ズカズカ歩み寄ってくる三浦。
しばらく自分と蕪木のやり取りを見ていたかと思うと突然
「おい、石丸!おまえ國井と同じ学校だったよな?ちょっと相手してやれ」
そう言うと三浦は周りの生徒に声をかけ、武道場の端、壁際に生徒を座らせる。
口ぶりから、てっきり相手が蕪木から石丸に代わるだけだと思っていた自分は何が起こっているか理解ができない。
そんな事はお構いなしに三浦は続けた
「あーもう授業も終わりだからな、余興で今から石丸と國井に練習試合してもらうから。」
ちょっと待ってくれ。いきなり何を言い出すのか。
「お前さっきから見てたが受け身はちゃんと出来るみたいだな。いいか、石丸に技掛けられたって思ったら抵抗せずそのままかけられるんだぞ?」
ぼそっと耳元でそう言うと石丸には「手加減してやれ、な」とだけ言い、三浦は畳の中央に立つ。
自分が立つ場所からぐるりと周囲を見回すと、赤い畳が囲うように敷かれている。
その外側の壁に沿って生徒は座っていた。
一部の不良を気取っている面々はどんな展開になるのかとニヤニヤとだらしのない笑みを浮かべているのが見える。
「はじめ!」
突然三浦が大声を上げる。
はじめ、と言う位なんだからこれがスタートの合図なんだろう。
そういえば中学の時の授業でもこんな感じだったか。
考える間もなく石丸の腕が自分の胸元に伸びてくる。
続いて左袖もグッと掴まれた。
こうなるとあとは投げられるだけだ。
どうせ投げられるのなら少し抵抗してみよう。
最近、夢の中でどうせならやるだけやってみようと思っているからクセになっているのか、突然そんな考えが頭をよぎった。
そうと決めたら掴まれている袖は不利だ。
自分が掴んでいた左腕を離し一度顎の下まで持ってくる。
そのまま後ろにひじ打ちをする要領で思い切り腕をさげた。
シュッという生地が擦れる音と共に石丸の手が離れた。
しかし相手は元柔道部、そのまま一歩踏み込むと反対方向を向きつつ大きくしゃがみこむ。
腕を取られて一本背負い。
このスピードでやられたら結構痛いんじゃないか?
そう思ったらなんだか急に怖くなり、相手の力に抗って自分も一緒にしゃがみこむ。
なんとか重心を崩す事はなくとどまったので技は決まらず、石丸は一旦距離を取った。
「おまえ、踏み込みが甘いんだよ!」
他の生徒と交じって見ている塚原が、まるで部活動でもしているかのように叫んだ。
流れを止めるでもなく、三浦はこちらに体を正対している。
横目で見る程度でしかないので表情は垣間見えない。
先ほどと同じように石丸が胸元を掴んでくる。
掴むか掴まれないか位のタイミングで足を払った。
余程油断していたのか一瞬ぐらっと大きくバランスを崩したようだったが、すぐに持ち直して胸元を掴む。
あ、これだ。
先日の渡辺との一件で感じた力を伝えきれないもどかしさが再度蘇ってきた。
そうなんだ、現実ではこういうことがうまくいかないんだ。
そんな事を考えていたら、またも石丸は一歩踏み込んで反対方向を向こうとする。
今度はしっかりと掴まれたままだ。
しかし、踏み込んできたタイミングに合わせこちらも一歩後ろに下がる。
すると左腕が自由になったので、石丸の腰に手を当て体を密着されないように僅かな隙間を作った。
「だから、踏み込みが甘いんだって!」
塚原が叫ぶが、今回は石丸も先程とは違い続けて技を繰り出してきた。
そのまま体を素早く正対させたかと思うと、両足の間に右足を差し入れてくる。
差し入れられた右足が自分の左足を捉える。
自分が後ろに下がる勢いをそのまま利用された形で、止める事が出来なかった。
こうなるとどうにもこうにもならず、後ろに勢い良く倒れるしかなかった。
ズバン!
一本!と言う掛け声が聞こえる。
離れていた左手が幸いしてしっかりと受け身を取ることができた。
しかし、実際に勢いよく叩き付けられたとあっては、どんなに顎を引いていたとしてもそれなりに振動は大きく、すんなり起き上がることはできなかった。
「おい、立てるなら立て。」
三浦に促され、立ち上がるとそのまま他の生徒に向けて講釈が始まった。
始まるまではニヤニヤとしていた不良連中も真剣なまなざしで聞いている。
程なくしてチャイムが鳴り響いた。
学級委員がありがとうございました、と声を出すと全員でそれに倣う。
「解散!」
大きな声で三浦が叫ぶ。
「ふぅ・・・」と、声を出してため息をつく。
教室に戻ろう。
そう思った時に三浦から声をかけられる。
「おい、お前今日放課後教官室に来い」
なんでそんな事を言われるのか解らず、答えに窮していると続けてこう言い放つ。
「お前には選択肢が二つある。」
顔を見るとニヤニヤしている。大きな顔に似合わない細い目が見えなくなるほどに。
「それはな、"はい"か"イエス"かだ。がっはっはっは!いいか、待ってるからな。」
ウケる冗談だと思ったのだろうが、自分はそのセリフに既視感を覚えた。
・・・あれ、最近夢の中でも同じセリフ聞いたな。
程なくして、自衛隊のような場所で体術訓練をしていた時に聞いたセリフだった事を思い出した。
中学の時の体育の授業、小学校時代に柔道をかじっていてちょっとやんちゃだった中村くんとガチでわたりあってお互い胸を強打したのは良い思い出。
柔善く剛を制すの言葉通り、もちろん力は必要なんだけどそれ以上に必要なのは技術であり更に言えば本当の敵は相手ではなく自分だったりもするのです。




