表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/53

第四十一話 ゴールとスタートを兼ねる場所 

 三月中旬、これぞうは大学があるポイズンマムシシティに帰ってきた。大学四年間を共にしたこの地を踏むのもあとわずかのことだった。彼がここに帰ってきたきたのは大学の卒業式に出るためだ。式が終わってから日暮れを待つと、次には謝恩会がある。その集まりをもって、四年間を共にした学友達はひとまず解散する。次に集まることがあるとすれば同窓会でも開いた時だ。

 これぞうは最後の通学路を歩く。四年なんて始まりの時には長いと思っていたが、最終日を迎えた今となっては短かかったとした思えなかった。これぞうは色々あった四年間を回顧した。もちろん大学での生活のこともそうだが、彼の四年間の記憶を占める多くの事柄といえばみさきに関することだった。大学生活と共にスタートしたのがみさきとの恋人関係だった。大学生活と恋人、この二つは彼の人生にとっては大きな波だった。

 大学周辺の通りにはスーツや袴で決めた若者の姿が目立つ。

 今、これぞうの目の前にある見慣れた後ろ姿もまた袴に身を包んでいた。これぞうはその者に気軽に声をかけた。

「おやおや、大正時代からタイムスリップして来たかのような素敵なはいからさんが現代に一人」

 これぞうの声を聞いて振り返ったのはみすずだった。

「そういうこれぞう君もスーツでビシッと決めれば、少しはまともに見えるね」

「え?なんだい、それじゃあ普段の僕がまともな奴に見えていないみたいじゃないか?」

「ふふっ、だってこれぞう君はまともじゃないし」

「ひどいなぁ。しかし艶やかに決めたね。とても綺麗だよ」

「それはお姉ちゃんに言ってあげれば」

「ははっ、言われずともとっくに、それも何度も言ってるさ~」

 二人の門出となる今日は幸運にも晴天だった。太陽の下、二人は談笑しながら歩を進め、我が学び舎に最後の挨拶をしに行く。

 その後、式は無事に終わりを迎えた。偶然にもここに集まって四年間を過ごした仲間達は、そこからは全くバラバラの道を行くことになる。ここをもってしばしの別れとなり、その後は再び顔を合わす者同士もいれば、この別れ以降人生で全く交わることのない者同士もいるだろう。偶然出会った者達は、再び次の偶然の出会いの場へとライフステージを進めて行く。こう考えれば人と人が出会うのは実に不思議な奇跡である。これぞうはそんなことを思いながら学長の退屈な挨拶を聞いていた。

 式は昼前に終わった。夕方からは謝恩会が行われる。多くの者が暇になるこの待ち時間に、これぞうの未来を決める重要な出来事が待っているのだった。一つのことが終わったと浮かれている場合ではない。そうなれば次に進むための戦いが待っている。これぞうは皆のように談笑しながら夕方を待つことが出来なかった。皆が笑い、涙して四年間の総ざらいをする間にも、これぞうは次の地へと足を向けていた。


 これぞうはスーツ姿で市民スポーツ公園に向かった。片手には水野家から拝借した金属バットを握っている。三月中旬の昼にスーツ姿で歩き回ると暑い。これぞうは上着を脱いだ。

 その場には複数人の者が集まっていた。皆彼に縁ある人物達だった。

 一番に目に入った人物は水野の父だった。「来たね、これぞう君。久しぶり、鈍りに鈍った腕はすっかり研磨してきたんだね」

 このスポーツ公園は野球の試合が出来る作りになっている。両軍のベンチがあり、ベースがあり、スタンド応援席もある。スポーツ公園といっても、専ら野球の練習や試合に使われていた場だった。広いのでサッカーやラクビーの練習、ただ子供が遊ぶだけなど、色んな用途があった。そこに先に来ていた父はグローブを片手に球を投げ込んで肩を作っていた。

「うわぁ……お父さん、久しぶりですが……そのなんと言うか、半月程見ない間に大きくなっていませんか?」

 これぞうは父のシルエットが変わっているように見えた。体が一周り大きくなり、少々だらしなかった腰回りがすっかり引き締まっている。こちらがそうしたように、向こうも準備をしてきている。しかし、この短期間で肉体改造が仕上がりすぎている。

「ははっ、男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言うけど、その5倍、6倍会わなければ再会した時にもっとすごい。それが私だ」それだけのことを言っただけがある見事な進化を遂げた父だった。彼もまた本気で戦いに望んでいた。

 ここで父の球を受けていた捕手がマスクを取って言った。「五所瓦、臆することはないぞ。お前だってその分成長してるよな」

「あっ、誰がお父さんの相手をしているかと思えば、君は我が友、久松君じゃないか。それに他の人達も……」  

 久松の他にも、会場にはこれぞうの父と母、姉のあかり、従姉妹の桂子、高校の同級生の松野ななこ、六平ろくだいらひよりまでが揃っていた。

「なんだいこれは?皆揃ってどうしたって言うんだ?」

「ああ、お前の姉さんと桂子さんが今回のことを言いふらして、それで皆集まった。そして俺は今日の対決を一番近くで見守るキャッチャーをやらせてもらう。よろしくな」久松はミットで軽くこれぞうの胸を叩いた。

「姉さんと桂子ちゃんがかい?また余計なことを……まぁよろしく頼むよ。そういえばいつぞやのお父さんとの対決の時も、キャッチャーは君だったね。やはり再戦の時にもこの三人が揃わないとってわけだね」

「ははっ、そうだな。今回は勝って、スッキリ結婚式に行けよ」

「そいつはあのお父さんに言ってくれよ。なんだいあのすっかり筋肉のついたボディは」そう言うとこれぞうは、半月前に会った時にはカステラをはじめとした甘い物ばかり食って腹を出していた水野の父を見た。

「これぞう君」そう声かけたのは、これぞうにとっては今回の対決の戦利品になる予定のヒロイン水野みさきだった。

「あっ、みさきさん。お姫様はやはりここにいてくれなきゃだめだね」これぞうは笑顔で言った。

「でも、囚われのお姫様じゃないからね。お姉ちゃんと私は守備で出るから。お父さんだけでなく、私達にもアウトを取られないようにね」グローブをはめたみすずが言った。

「え?君たちは一家揃って敵側なの?しかもみさきさんまで?戦利品のお姫様まで戦場に出て、しかも敵軍として働くとか、酷だなこれは」

「そういうわけ。私……戦利品が欲しいなら、本気、出してよね」

「う、うん……」

 敵味方に分かれた夫婦は頬を赤らめてやり取りした。

「見てらんないよ。これがあの変人五所瓦と生徒の憧れの的だった水野先生か。信じられない組み合わせと思ったけど、こういうのを見ると結婚する二人なんだって納得しちゃうよなぁ」と久松は感想を漏らした。


 スタンド席から降りてこちらに足早に向かう者があった。これぞうの高校の同級生で本好き仲間でもある六平ひよりである。「ちょっとこれぞう!」

「うわぁ!」

 ひよりはこれぞうの胸ぐらを掴んだ。

「皆、里帰りしたあんたに会ってるって言うのに、何で私にだけ会いに来てないのよ!」

「いやいや、だって皆とはそれぞれ素敵な偶然で巡り合ったのだけど、君とはそれがなかったことで……」

「なんですって?私だけ運がないみたいじゃない?」

「いやいや、でも図書館に行って本の貸し出しカードに君の名前があったから、それは懐かしい思いで見たよ」

 松野がひよりを抑えに来た。「まぁまぁひよりちゃん、五所瓦君も引っ越しとか色々忙しかったから」

「そうそう、あんたはななこと自転車の特訓デートをしたんでしょう?聞いたわよ」

「特訓とつくデートがあるものか、真面目に練習したさ」

 その後これぞうは家からバッティングセンターまでだって自転車で行けるようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ