第四十話 継続は力でしかない
「う~む……」
これぞうの大学の卒業式があと一週間に迫った三月のある日、これぞうは実家の自室の机に向かって悩んでいた。片手には鉛筆、もう片手には春の朝方の爽やかな暖気を握っている。机にはノートの切れ端が広げられていた。
「う~む、どうしようか。こういう時にはなかなかアイデアが降りて来ないものだな」
「どうしたのこれぞう?壁を伝ってあんたの悩ましげな独り言が聞こえてきたわよ」
姉のあかりは壁越しに弟の悩みを察知した。しかしその内容までは分かっていない。
「ああ、姉さん。そりゃ悩みもするさ、なにせ僕らの子供の名前を考えているんだから」
「へぇ~あんたがね。でもまだ気が早いんじゃない?だいたい男か女かも分かってないんでしょ?」
「そりゃそうだがね、いずれはやってくる未来だから、なるたけ早くに手を打ちたいっていうのが、この計画性の男、五所瓦これぞうの理想なんだ」
「何が計画性の男よ。随分あやふやな計画の下で恋活をしていたじゃない?」
「それを言うのはよせよ。なにせ全く素人の状態で色恋の世界に頭を突っ込んだんだから、それに、計画通りに行かないのが色恋ってものだぜ」
「確かにね。経験者は語る、てことね。でもそれが醍醐味でもあるわよね」
「ははっ、姉さんの言う通りだ。物事には先が分かってしまうつまらなさと、先が分からない楽しさってのがある。人はスリルってのを求める生き物だよね」
こんな感じで姉弟は、色恋を絡めた人生論という高尚なテーマを用いて談笑した。
「で、べらべら喋ってるけど、あんたの悩みはどうやって解決を迎えそうなの?」
「まぁ、名前が決まればいいのさ。いくつか候補を書き出してみた」
これぞうはあかりに机の上のノートの切れ端を渡した。
「なになに……みさぞう、さきぞう、みきぞう、これさき、これみさ、みこさき……」あかりはこれぞう考案の名前候補を読み上げた。「はぁ?駄目ね、あんたのことだから、父と母の名前を半々で合体っていう安易を通り越した愚直な路線で行こうと思っているようだけど、そこに引っ張られすぎよ。そこを離れた全く新しい路線で素敵な名前を発見するのもいいんじゃない?」
「はぁ……これぞう、みさき、この二つの名前は思いきって忘れて考えるのも手か……」これぞうは腕組みして考え始めた。
「あんた、これはみさき先生には見せない方が良いわ。でもこれさきには笑ったかも」
名前というのは誰の場合でも安産とはいかないらしい。命につけるものだから軽い想いで命名はできない。こいつは難産になるかもしれないとこれぞうは思った。これぞうは親としての最初の仕事を一旦置いておくことにした。
ここであかりは話頭を転じた。「ところでさ、結婚といえば、持参金っていうのがあるわよね」
「姉さん、そいつはちょいといやらしいよ。愛と金ってのは同じ天秤に乗せるものじゃないぜ」これぞうは己の恋愛論を語った。
「分かってるって、でもやっぱり気になるものでもあるでしょ?どうなのよそこらへんのこと」
「まぁみさきさんは、ああして僕らを叱って教え導いた頃から今日まで稼ぎがあるんだ。で、あんな安いアパートに住んでいるし、女性の割りにはファッションに頓着しない。これといった金のかかる趣味はしていないし、賭け事もしない。全体として生活の中で行き過ぎた贅沢もしていない。結論を言えば、毎月ちゃんと実入りがあって豪遊しないのだから、それなりに蓄えがあって然るべき。まぁ実際の数字は知らないけどね」
「だよね。先生はきっと蓄えがあるわよね。そこへ来てあんたはまだ学生なのだから、そう考えると先生は先行きが謎の男と一緒になった訳よね。女としてはリスクもあるかもしれない道を行ったのよね」
「ちょっと姉さん、僕という男を選ぶことを茨の道を行くことみたいに思ってもらっては困るよ。僕は確かに学生だが、学生の時分から将来を考えた相手がいる以上、大人しく勉学と遊び事だけをしている訳にはいかないよ」
「すると、あんたはバイトでもして稼ぎがあったの?向こうで何かしてたっことは聞いたことがないけど」
「まぁ……500万くらいはある」
「え!」あかりは驚きの声をあげた。
「あんたそんなに貯めてるの。一体何をしたのよ」
「姉さん、それなら姉さんも知ってるだろう?まだ高校の時からこの部屋で、パソコンを広げてやってたあの仕事があるじゃないか」
これぞうはいわゆる在宅ワークというのを高校の時からやっていた。実はそれを今日までだって時間があればやっていたのだ。彼はずっとあの仕事を継続していた。少ないその稼ぎも重なれば当然大きくなる。
「ああ、あのみみっちい稼ぎしか出ないアレ!あんた、ここを出て大学に行ってる間もあれを続けていたの?」
「そうだよ。みみっちいは余計だけどね。まぁ高校一年からやってるから、足掛け7年程この小金集めを続けたことになる。500万なんて人によっては一年や半年で稼げる額だろうけど、僕には7年分の給料だったよ。口座を作ってそこにお金が入るようにしているけど、一度も下ろしたことはないよ」
実はこれぞう、たくさん本を読んで得た文才が多くの依頼者に評価され、あれこれの文章を書いてくれないかという依頼を再び、それも複数の者から継続的に受けていたのだ。学業の合間を縫って書いた様々な文章で、彼は大学生の小遣いにしたら十分な額をほぼ毎月稼いでいた。
「まぁ仕事っていうか、趣味でやってたことだからね。振り返ればそれがけっこうな大金になっていると想えば、ちょっとは誇らしいよね。まぁ持参金って言っても、みさきさんは僕の金はあてにしないとおもうけどね」
こんな感じでこれぞうの意外な資産が明らかになった。これは、これから育てる明るい家庭のために全て投資するものとする、というのが彼の希望だった。




