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第三十三話 墓参りと顔合わせと美の鬼

 学校を出て家に帰る途中、これぞうとみさきは霊園に寄った。ここには幾人もの魂が眠っている。その内の一つがこれぞうの祖父のものであった。たまの帰郷の目的の一つが祖父への挨拶であった。それも妻が出来たという嬉しい報告だ。

 これぞうは祖父が大好きだったし、人として尊敬もしていた。


 これぞうは墓の前で両手を合わせて言った。「お祖父さん、久しぶりです。どうです?二月末の昼時なんて穏やかで良いものでしょう」

 今日は快晴、穏やかで暖かく、辺りには鳥のさえずりも聞こえる。少し歩くと体も熱くなってくる。もう春は近い。

「お祖父さん、仏壇の前には立ったことがありますが、こうして墓前での顔合わせは初めてになりますね。この人が僕のお嫁さんです」これぞうはきっと見ているであろう祖父にみさきの姿をしっかり見せた。

「きっとお祖父さんの好みにも合うと思いますよ。だってお祖父さんは胸はボイン、尻はキュッとした娘が好みだって言ってたし、その点こちらのみさきさんなんて条件にぴったりだ」

「ちょっと、ふざけてるの?」

「ははっ、ごめんよ。お祖父さんにみさきさんを見せてあげたかったのだけど、こうして本人を連れてくると照れてしまってね。冗談の一つも挟まないと間が持たない」これぞうなりに緊張したり照れるところがあった。

 みさきも手を合わせて挨拶を済ませた。


「いきなりだからお供え物も無しで来ちゃったけどよかったの?」

「ああ、それなら気にせずともいいよ。お祖父さんが死ぬ前から言ってたことなんだけど、焼いてしまえば死人には口すら残らない。だから墓前に食い物なんて置かなくていい、カラスや猿の餌にされるだけで癪だってさ。それから、死人のために饅頭なんか買うくらいなら、その金は将来のために貯金しときなさいとも言ってた」

 みさきはそれを笑って聞いていた。

「あなたのお祖父さんらしい」

「ああ、そりゃもうどうしようもないくらい僕のお祖父さんだもの。まぁ本人が言うのだから良いだろうけど、よそでこういうことを言ってると、宗教的もののを見方を否定しているようで褒められた話じゃないけどね。とにかく、食い物よりもこうして若くて綺麗な女性を見せた方がお祖父さんは喜ぶんだよ。団子よりも花な人だったからね」

「それってちょっと意味違わない?」

「ははっ、お供え物の団子よりも、花と例えられる美人さんの方が良いってことさ。そのままの意味だよ」 

 こうして二人は墓前で談笑した。家族の談笑を横で聞くのが墓の下の祖父の楽しみだった。


「そんな訳でお祖父さん、僕はこの人をパートナーに選んでこの先を楽しく生きて行きます。お祖父さんがすっかり人生を終わらせてしまったのに、僕はまだ人生の前座の終わりを迎えた段階にいます。これからが本番。僕ばかり楽しんでしまって申し訳ない。そちらに行くのはまだまだ先ですね」

 みさきは祖父に語りかける感性豊かな夫の横顔を見ていた。

 みさきは気になったことをポツリと口にした。「お祖父さんはどんな人だったの?」

「ふふっ、お祖父さんかい?僕の知る限り最も面白い人間だよ」これぞうは笑いながらそれだけ答えた。


「さて帰ろうか、昼ごはんが欲しい」これぞうの腹が鳴った。時刻はもう12時前だ。

「みさきさんの腹の虫もそろそろ鳴く頃だろう。さぁ帰ろうか……仲良く手でも繋ぐ?」

「嫌」と言うとみさきはもう歩き出した。言葉とは裏腹に嫌悪感はない。ただ恥ずかしかっただけだ。

「みさきさん!こういう恥ずかしいことを楽しむのも若い内の醍醐味だと想うけどな?」

 これぞうはみさきを追いかけた。

 二人はしっかり食える腹を作って帰宅した。


 そして帰宅後。玄関で二人を迎えたのはあかりと桂子だった。

「おかえりなさいこれぞう。お出かけでみさきとの仲を深めることは出来たの?」と桂子が問う。

「ああ、おそらくね。桂子ちゃんと姉さんは午前中は何をしてたの?」

「ふふっ、よくぞ聞いてくれたわね。これを見なさい!」

 これぞうが桂子から受け取った物には、この世の「美」が集約されていた。

「ぬぉ!!!これは!!!!」

 これぞうは両目を大きく開いて驚きの声をあげた。

「そうよ。みさきに振られたから、あなた達が留守の間にあかりを書いてみました~」

 これぞうに手渡された物はなんと、あかりのヌード画だった。

「ねっ、姉さん!これが!姉さんの……」言いながらこれぞうは画と姉さんを交互に見比べた。

 桂子は自信満々でこれぞうに言った。「これぞう、美に対する私のポリシーはズバリ『真実トゥルース』よ。そのヌード画にはどこかを盛った、削ったの小細工は一切なし。私が描くのは真実のみ。それは画に起こしただけの真実、まったく嘘のない100%そのままあかりの裸体よ!」

 そう、桂子の徹底したポリシーとそれに見合っただけの画力が生んだ本作は、確かに手書きのものだが、鏡写しや写真と大差ない仕上がりだった。これぞうは桂子の鬼がかった美への執念と、作品の美しさに感動していた。騒がしくておバカな一面が目立つ従姉妹だが、その美の才覚は本物だと認めざるおえなかった。

 これぞうは作品に魅入っていた。これのみさきバージョンだと破壊力はもっと増す。そちらも是非見たいと思った。すると手が震えた。

「これぞう、何よあんた。お姉ちゃんをいやらしい目でみないでくれる?」とあかりは指摘した。

「何を言うんだ!愛する姉を汚らわしい情欲を込めた目で見たことなど僕の生涯において一瞬たりともない!神に誓ってない!」これぞうは全力で弁解した。

 そして横を見て言う。「本当だからねみさきさん……」

 みさきは相手に対する不信感が拭いきれない何とも微妙な感じの目でこれぞうを見ていた。

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