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第二十九話 夫婦の呼吸

 五所瓦家の朝の食卓には焼き鯖が並んでいる。

 これぞうとみさきは隣り合って座り、箸の先で鯖の柔らかい身をほぐしては口に運ぶ。

 これぞうは鯖の上に置かれた大根おろしに醤油をかける。最初の一かけでは足らなかったからこれは追加分だ。

「みさきさん、醤油は?」これぞうはみさきに尋ねた。

「じゃあ少し」とみさきが返すと、これぞうはみさきの鯖に少しだけ醤油を垂らした。この「少し」の加減は、夫婦の間で合致していた。

 これぞうは何事もなかったように醤油瓶を机に置くとまた鯖を食べ始めた。みさきもまた同じように食べ始めた。

 これを桂子は向かいの席で見ていた。「え?何、今の?」

 これを聞いてこれぞうとみさきは桂子の顔を見た。

「醤油少しの注文で、これぞうはみさきの思い描く『少し』の範囲をまったく出ることなく当たり前のように醤油をかけた。そしてみさきは、これぞうの奇跡の目分量に対して、そんなの出来て当たり前って態度でいる」

 ここで桂子はぐいっと向かいの席に体を乗り出した。

「つまりこれが夫婦の息!これまでの歩みが凸凹な二人ではこうは行かなかった。夫婦の契を結んだ仲だと、こうも調子が合うものなのね」

 愛がコンビネーションを進歩させた。そう思った桂子は感動してそんなことを言った。

「あのね、あんたはバカ言ってないでさっさとご飯を食べなさいよ。うるさいわね醤油をかけるくらいで。朝からテンションが高いのよ」桂子の隣で鯖を食うあかりが言った。

「ははっ、そうだよ桂子ちゃん、大げさだよ。まぁ確かに今まで以上に足並みが揃ったカップルにはなっていると思うけど、さっきの醤油に関しては偶然だよ、ねえみさきさん?」これぞうは横を向いてみさきに話を振った。

「ええ、本当のところを言えば、ちょっとかけすぎって思ったし。かけた分を戻すわけにもいかないから黙っていただけ」

「えっ……みさきさん?僕、かけすぎたの?僕の少しと君の少しにはまだ距離があったんだね……」これぞうはみさきの一言に落ち込んで箸を落とした。

「冗談だよ」

「な~んだ。じゃあ良かった」

 二人は微笑み合うとまた鯖を食べ始めた。


「う~ん、これぞうは口数多くグイグイくるから手数も多めに攻めてリードしてるように見えるけど、それでもみさきのたまの一発の方が勝っているから、結局は尻に敷かれるタイプだと思うのよね」桂子は鯖を口に運びながら夫婦の力関係を分析していた。

「ははっ、みさきさんはお尻もキュートだよ」

「あらあら、夫婦のみ知るボディの情報ってわけね?」これには興味を持ったのであかりが突っ込んだ。

「もう!」と言うとみさきはこれぞうを小突いた。

「ああ、食事中にはふさわしくない話題だったね」と言うとこれぞはもう骨だけになった皿を置き、次には汁椀を手に取って味噌汁を飲み始めた。

「いや~甲本さんのお土産の鯖は美味しいし、味噌汁もご機嫌だぁ~」これぞうは朝からご機嫌だった。

 現在皆が口にしている鯖は甲本が持ってきた土産だった。朝飯を食わずに空からダイビングしてきた桂子も一緒になってそれを食っているところだった。

 食卓は笑顔で溢れている。

 

 それを台所で見ていたごうぞうは、洗い物をするしずえに言う。「なあ母さん、あれが僕の築いた家庭の食卓の風景だよ。すばらしいなぁ。まるで花が咲いたみたいじゃないか。ここで二人で始めた時からすると、なかなか様変わりしたよね?」

「ええそうね。でも、あの頃からある一輪だけじゃ満足できない?」

「いいや、僕にはその一輪だけで十分さ。ただ、花がたくさんある分には綺麗で良いって話さ」

 ごうぞうはしずえの横に立って、しずえの横顔を覗き見た。「ははっ、次の種を飛ばした後でもまだ枯れていない良い花じゃないか」

「ふふっ、あなたったら学生の頃からそうして独特な口説き文句を言うわよね。それで効果が得られてたの?」

「はっは、得られたから今があるんじゃないか」


「あ~!お父さんとお母さんまでイチャついてる~。朝から止めてよね」あかりに見つかってしまった。

「という訳だ母さん、こういうことはまた遅い時間にしよう」

「はいはい……」しずえは微笑むと台所仕事に戻った。

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