第十四話 あなたにスカートを穿かせたい
ブルル……。これぞうの携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし」
「おはよう」
電話の向こうからは愛しい声が聞こえる。
「昨日はよく眠れた?」
「それはもう。やはり住み慣れた家の蒲団は違うね」こんなことを言うが、快眠快便が売りのこの男は仮に馬小屋の中であっても夜になればしっかり眠ったことだろう。
「みさきさんこそ、僕がいなくて寂しいから寝れないってことはなかった?」
「お生憎様、すご良く眠れたわよ」
みさきもまたいつだって質の良い睡眠を取る女だった。体のコンディションを整える上で質の良い睡眠を取ることは大変重要なのだ。
「私も明日にはそっちに帰るから。学校のこともあるし、アパートを引き払う準備もしないとね」
「そうかそうか、また会えるね。ウチの家族もみさきさんに会いたがっているよ」
「じゃあそういうことだからね」
「あっ、じゃあこちらからも話をしていいかい?」
「うん、いいけど、今冷凍たこ焼きをチンしてるから、五分くらいにして」
「ははっ、みさきさんは食事がなにより大事なんだね。夫の話よりも空腹を満たすが優先。分かるけど、ちょっと寂しい……」
「で、何?」
「ああ、今ね、そこらに転がってるものだからファッション誌を眺めていたんだよ」
これぞうは電話を受けるまで居間に転がってファッション誌を読んでいた。これはあかりの持ち物だった。
「これを読むとスカートを穿きこなしているモデルさんがたくさん登場するんだよね。そこでみさきさんと来たら女性なのに全くスカートを穿かないじゃないかと想ってね」
「……好きじゃない」
みさきはスカートを穿かない理由を端的に話した。
「え、どうして?」
「動きづらいっていうか……動き回るならジャージとかの方がいいし」
「みさきさんってばいつだって体を動かすことが頭にあるものだから機動性重視なんだね。じゃあさ、今度全く走ったり跳ねたりしない落ち着いたデートをするとして、その時はスカートで来てよ」
この問いに対してみさきの返答はやや遅かった。
「……嫌」
「何でさ、綺麗な足をしてるのに勿体ない」これぞうの口から素直に出たその言葉を世ではセクハラと呼ぶ。
「……恥ずかしいから嫌」
そこで電子レンジが止まった「ピー」という合図音がした。
「あっ、たこ焼きできた。じゃあこれからご飯だから」
「え?ああ、熱いから気をつけて食べなよ」話を中断されたのに戸惑いつつも、これぞうは気の利いた一言を残して通話を終了させた。
「これぞう」
これぞうが後ろを振り返るとニヤケ顔の姉が立っていた。
「あんたってば、ふふっみさき先生と上手くいってるみたいね。何よさっきのおバカで背中が痒くなる程恥ずかしい通話は」
「ははっ、上手く行ってなきゃ籍なんか入れないし、子供も作らないさ……」ここまで言ってこれぞうはあのことを思い出した。みさきの父との対決のことだった。
「あっ、そう言えば、ちょっと頭を悩ますこともあったなぁ……」
「え、なになに?」姉は興味津々だ。
これぞうは水野家の父との対決のことについて姉に話し始めた。




