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第十三話 今日という日があるのはあなたがいたから

 これぞうは久しぶりに姉の部屋に入った。

「ちゃんと程々に散らかってる。ちゃんと机があり、ははっ、やっぱりケツアゴ男の落書きもあるや」

 あかりの机の上に置かれた紙には、例のケツアゴ男が描かれていた。

「あっ!姉さんったらこんなものをそこらに置いてちゃいけないよ」

 これぞうは畳の上に転がる「こんなもの」を拾い上げた。

「いくら弟とはいえ、仮にも男の目に入るところに置いてちゃまずいよ」と言うとこれぞうは箪笥の一番下の引き出しを引っ張り、そこにそれをしまった。これぞうが拾って片付けたものは赤いパンティだった。これはあかりのお気に入りだった。

「あんたねぇ……」

「え、何だい姉さん」

「いや、家庭的な男になりそうだなって想ってね」

「ははっ、現に僕は家庭的な男だよ」

 これぞうは、夢に出てきた寂しさしかないあの部屋はやはり夢であり、今目の前にしているこの落ち着く空間こそが現実だと確信した。この部屋だって自分の部屋と同じくらい思い出深く愛しかった。感慨に浸りながらこれぞうは部屋を見渡した。

「姉さん、思えばこの部屋はいつだって僕らの作戦会議室だったね」

「そうね。あんたは何かあればお姉ちゃんを頼って相談に来たものね」

「うん、僕には姉さんくらいしか相談相手がいなかったし、仮に他にいたとしても、姉さん程的確に道を指し示すことが可能な人物はいなかった」

 これぞうは思い出す。高校に入ってみさきと出会ってからもすぐにこの部屋にいる姉を訪ねた。そして恋の相談をしたものだ。

「姉さん、僕が初恋を成就させて今日を迎え、そしてすぐ先にある結婚式を迎えることが出来るのは、やはり姉さんの力添えがあってのことだ。まぁ僕個人だって一生懸命頑張ったけど、それも姉さんの応援があってのことだ」

 姉は椅子に座り、すっかり自分の背を抜いてしまった弟を見上げている。その眼差しは大変優しいものだった。

「姉さんありがとう」

「なによ今更、その気持は遥か昔から、そしてこの先も永劫持っておいて当然のものよ。あんたが今更になって恩義を思い出すようなおバカではないことは知ってるわ。でも、ありがとう。こっちもサポートした甲斐があったというもの。あんなに可愛い年上の妹も出来るわけだしね」

 このように姉は弟に対して過去、現在、未来の時を問わず、命ある限りマウントを取る。それが姉の威厳にして矜持だった。それと同時に、弟をいつだって可愛がることも彼女の流儀だった。

「それにしても、ちょっと前まであんだけ姉さん姉さん言ってたウチのチビがもう結婚とはね。時が刻まれるのもマッハね」

「ははっ、すっかり大きくなりました」

 仲の良い姉弟は住まいを別にしても会えばやはり仲良しだった。

「これぞう、これからは益々しっかりしなよ。あんたはあのみさき先生の夫になるんだから」

「うん。不安もあるけど、自信と希望もそれなりにあるんだ」

「今は、あんたがやっと社会人になるってところ。これからは収入を得て家庭を支えないといけないからね、踏ん張るのよ。みさき先生は社会人としては遥か先を行ってるんだから、さっさと仕事を覚えて地位も収入も安定させるのよ」

「はい。姉さん」

 これぞうは心構えを改めるのであった。

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