第十二話 もしも姉さんが北国に旅立ったら……
「ただいま~」
これぞうは元気に挨拶して実家に帰還した。玄関には両親が出てきて快く迎えてくれた。
「これぞう!待っていたぞ。大きくなったなぁ~」と言って父ごうぞうはこれぞうを見る。
「やだなぁお父さん、正月にも会ったし、僕の身長は高校の終わり頃からさほど変わってはいないよ」
「さぁこれぞう、晩ごはんにしようね。美味しいのをたくさん作っているから」エプロン姿の母しずえが言った。
「ありがとうお母さん。向こうで自炊するとさ、やはり自分の料理では味気なくてね。人が愛情こめて作った物の方がやはりありがたい。お母さんの元を離れてから得た気づきがこれだよ」
親子三人は玄関先で早速談笑していた。
「ところで、あかり姉さんはどうしたの?可愛い弟が帰ったというのに、まさか留守かい?こんなに陽が暮れて乙女がまだ外で遊んでいるなんて感心しないなぁ」
「いや、あかりは別に遊びになど行ってないぞ……」そう返した父はなにか浮かない表情をしていた。
これぞうは靴を脱ぐと二階に通じる階段に足をかけた。
「またまたあの姉さんは例のケツアゴ男の落書きに夢中なんだろうなぁ。姉さんは昔からケツアゴが好きだからな。おーい姉さ~ん、あなたの弟これぞうが帰りましたよ~」
これぞうはご機嫌に言いながら階段をリズム良く登る。両親はそんな彼の背中をなにやら心配そうに見つめていた。
階段を登ると、向かって右側に部屋が二つ並んでいるのが見える。手前が姉の、奥が弟の部屋だ。そしてその先の突き当りにもう一部屋ある。この部屋は以前、住んでいるアパートが倒壊した時にみさきが避難した部屋で、結婚後にも彼女に住んでもらおうとこれぞうが勧めたこともある部屋だった。しかし二人の新生活はここではない別の地でスタートすることになったので、今では用のない部屋となっていた。二階にはこれら三つの部屋があった。
これぞうは姉の部屋の扉を叩いた。
「姉さん、いるのは分かってるから開けるよ」
ガチャリ。久しぶりに聞く姉の部屋の扉が開く音だった。
「姉さ……」言葉が途中で途切れ、同時にこれぞうの笑顔もそこまでしか続かなかった。
「なんだこれは……姉さんの部屋にしては……片付きすぎじゃないか……?」
姉はそこそこに物を持っていて、そのために部屋はそこそこに散らかっていた。なのに今はどうだ。以前よりも明らかに畳が覗く面積が多い。物がないのだ。箪笥も机も無くなっていた。
「姉さん、ここでいつもケツアゴ男を書いていたじゃないか……」
机が取っ払われた箇所は明らかに畳の色が若い。他の部分と均等に歳を取らないそこに目線を落とし、これぞうは弱々しく呟いた。
「これぞう……」部屋の入口に立つ父が声をかけた。「これぞう、忘れたのか?あかりは去年の末に片付いてしまったじゃないか。皆で喜んで悲しんでからまだ数ヶ月だろう?」
父の口から衝撃の事実が飛び出した。
「片付いた!姉さんが!あかり姉さんが一体どこの家に片付いたと言うんだ!」
「これぞう……あんた寂しいからって、姉さんのことが分からなくなったの?」母は悲しそうな目で息子を見て言った。
「あの子は、この二十一世紀の発達した交通機関を用いても会いにいくのに半日以上かかる遥か遠い北国に旅立ったよ。まったく、あんなに気配りの出来る子が、我が子を遠くにやることを悲しむ親の気持ちをなぜ考慮できなかったのだろう……それほどにあの北国の男が愛しかったということか……」父は目を潤めて言った。
ガクリ。これぞうはその場に膝を折った。
「聞いてないよ……弟の僕に一言も無しに、あの姉さんが……」
これぞうは何も思い出せない。だが、両親は皆で姉を送り出したと言う。
両親は彼を心配して彼の肩を揺らす。
「おい、これぞう。しっかりしろ!」
「そうよこれぞう。あかりが心配して向こうでお嫁さんが出来ないじゃない!」
両親は激しく彼を揺らす。彼は次第にボゥーとして来た。
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「そこで起きたらさ、家の前をドリルでガガガって掘ってたんだよね。なにせ家はボロだからさ、もうベッドが揺れちゃって~はっは~」
「なんだこれぞうってば~、心配しなくてもお姉ちゃんはそんな北国になんて行かないわよ」と言うとあかりはこれぞうの肩をポンと叩いた。
これぞうはすき焼きを食いながら、つい最近見た夢について家族に語っていた。彼は無事実家に辿り着き、久しぶりの家族団欒を楽しんでいる。両親も姉も健康で変わりなかった。
「でね、そんな夢を見たよってみさきさんに言ったらね、あなたはちょっとシスコンが過ぎるんじゃない?って言うんだよね~」
これぞうはゲラゲラ笑いながら、かき混ぜた生卵に肉を浸して頬張る。
「いや~いい肉、いい卵。これを食すが至福ってね!」
家族四人は楽しく笑いあった。




