第十一話 さよならの城
自分が生まれ育った街は相変わらず平穏だった。もう夕陽も沈んでしまった頃、これぞうは懐かしの故郷を目にしていた。せっかく久しぶりに見るのだからしっかりライトアップされた状態で見たいと想ったが、生憎時間の都合上そうもいかない。道を照らすのは明度の低い電灯と電力に頼らずとも闇夜に煌々と輝く月だけだった。
この道を何度となく通った。学校や図書館に行く度に通った。日常生活の場だったここを後にして4年。懐かしいけど、通ればすぐにもあの頃の感覚になった。これだから故郷ってのは愛しくてたまらない。
現在もみさきが暮らす「ニューメゾンオロチ」が見える。これぞうにとっても色々と思い出深い地だ。
「いや~こうして見ると立派立派。旧メゾンオロチは、僕の暮らしたアパート以上にボロボロだったな~。そういや、ここにはまるで化石みたいなおばあさんの大家さんがいたな。息災なのだろうか」これぞうは足を止めてそんなことを言った。
「元気じゃよ」
「うわぁあ!」
闇から返ってきた声にこれぞうは驚きの声を上げた。彼の後ろから聞こえた声の主こそ、彼が化石と例えた婆さんだった。
「あぁ、これは大家さん。お元気そうで……あ~びっくり……」
「ん?あんたは、ちょいちょいここに出入りしてたガキ?」
「そうそう、ガキではなく五所瓦これぞうです」
これぞうは挨拶を済ませた。
「大家さん。ほら、あそこの部屋に住んでるみさきさんっているでしょ?」これぞうはみさきが住んでいる部屋を指差して言う。
「は?見えん」婆さんは目が悪い。それに今は夜だ。これぞうの野獣のごとき冴える目ならまだしも、一般人の視力なら見えない距離と暗さだった。
「ああ、ほら二階の一番奥の、ねぇ?」
「ああ、二階の一番奥の……みさきさん?」
婆さんは「そいつは誰だ?」と言わんばかりにこれぞうを眺めた。
「やだなぁ、店子さんですよ。あそこに住んでるのは水野みさきさんですよ」
「ああ……水野さんね。あのおっぱいの大きいねぇ」
婆さんはそこの部位を頼りに彼女を記憶していた。そしてこれぞうに対しては「下の名前は知らんし」と想った。
「いやねぇ、実は僕たち結婚するんですよ。彼女は三月一杯であそこからおさらばというわけで、大家さんの収入を減してしまうようで申し訳ない」
「なんと、こんなガキと?水野さんが?」
「そうそう、こんなガキと……だから僕は五所瓦これぞうと」
「ほうほう、五所瓦とやら」
「これぞうでいいですよ」
「じゃあこれぞうとやら、めでたいね。あんた、水野さんを幸せにしてやんな」
「ええ、そりゃもちろん」
「ふーむ、しかしこれぞうとやら、よくも水野さんをものに出来たね」
「ええ、あそこがまだ倒壊する前のボロだった時分から僕はみさきさんにアプローチをかけていた訳ですからね、長いこと粘っての結果ですよ~はっは~」これぞうは上機嫌に笑って言った。
このアパートはボロを極めた結果一度倒壊している。今は新装オープンして立派な建物になった。そこら辺のお話は前作参照。
「大家さん、夫なので代わりに一言。今までありがとうございました。彼女はボロの時でも今の姿でもこのアパートを気に入っていましたよ」
「ふふっ、そりゃいい。あんたもしっかりやりな。かつてのガキが大きくなるのを見る度に、私は長生きしすぎたねって実感するよ」
婆さんが大家をするようになってからもここには複数の人が身を寄せ、次のライフステージに上がる時期に合わせて旅立って行った。それを見る度、彼女は時の流れを感じてなんだか切なくなるのであった。
「あんた、これをお上がりよ」
「ははっ、かたじけない。では、ありがたく……」
こうして二人は別れた。これぞうは実家を目指す。
「久しぶりに食べたけどやはり味わい深いなぁ~。うん、美味しい」
彼は自宅に向かいながら婆さんにもらったそれを味わっていた。婆さんがくれたのは柿ピーの小袋だった。




