エピローグ
事件の後処理が落ち着くと、アランは報告のためレオハントの元を訪ねた。
いつものようにレオハントはアランを私室に迎え入れ、二人だけの空間を用意してくれた。
「ルワンダ公をはじめとする裏ローチェのメンバーはどうなりましたか?」
軽い世間話の後にまずはレオンに任せていた裏ローチェの件を訊ねた。
「彼らを表立って裁くには証拠が弱く、社交界に与える影響も踏まえるとさすがに厳しい。しかし釘は刺して置いた。今後無能な古狸共を黙らせるいい材料となるだろう」
レオハントは優雅にカップを持ち上げ簡単に報告したが、彼の性格を理解しているアランはそんな生ぬるいものでは済まないだろうと理解した。
「脅したのですか?」
呆れるアランにレオハントは肩を竦めて紅茶をすすった。
決定的な証拠がない中で、公爵家や上位の貴族を表立って裁くことはレオハントでも無理があったようだ。
彼は直ぐに方向転換し、その罪を上手く自分の代になった時の牽制として使うことに決めたようだ。
アランには計り知れない政治の駆け引きがあるのだろう、そのカードを何時如何なる時に使うかはレオハントに任せるべきである。
これ以上は口を挿むべきではないとアランもカップを手に取った。
「……君のそういう所を私は気に入っているのだよ」
「?」
『殿下はアラン=ブライトンと親しくし過ぎだ』
『我々を差し置いて守り役が侯爵家から選ばれただと!』
レオハントの耳に、ルワンダ公爵を筆頭に上位貴族からのやっかみの声が届いていた。
レオハントはアランの誠実で正義感の強い所を買っていた。
人が良く優しすぎるのを危惧していたが、彼はどんな問題や困難が起ころうとも、いつだって真っすぐに彼らしく解決していった。
政治とは奇麗事だけでは済まされない。アランだってそれは分かっているだろうし、レオハントは卑怯で汚い駆け引きもたくさんしてきた。
それでも、彼は子供の頃から変わらない誠実さを持ち続け、レオハントを理解しついてきてくれる。
変わらないということが、どんなに難しいことかレオハントは分かっていた。
だからこそアランを信頼し、側に置いておきたいのだ。
前々から考えていたことがある。
レオハントが結婚し世継ぎが生まれたならば、守り役であるアランのいるブライトン家と姻戚を結び、公爵位を授けるつもりだ。
今回の件はそれを踏まえた上位貴族の反感を抑えるのに使えそうだ。
「君は私の良心だ」
アランが側にいるうちは暴君にならずに済むだろう。
アランのカップは口に届く前に下げられた。
「……あまり不用意にそのようなことを公言しないでくださいよ?」
「また我々の仲を勘繰る輩が現れるか?」
揶揄うレオハントに「冗談じゃない」とアランは小声で呟いた。
「それで? ルディは結局メルディのままかい?」
レオハントが話題を変えたので、今度はアランの本題へと話が移った。
「ええ。ルディがそう強く願いました。自分が偽者で伯爵の婚外子と公表すれば、本物のメルディはどうしたということになる。メルの死とその身に起きた悲劇は何を犠牲にしても世間に知られるべきではないと、ルディは望んでいます。メルが守り続けた矜持をルディも守るために、自分はこのままメルディとして彼女と一緒に生きるそうです」
伯爵のルディとして迎え入れるという提案を彼女は頑なに拒んだ。
「それに伯爵のスキャンダルも、クライシス家の娘である母親の不貞も世間から守りたいと――。ルディは決して保身からメルディであり続けるわけではない。彼女はいつも大切な人のために自分を犠牲にしてしまうんですよ」
「なんだ。君は納得していないようだな」
「……」
彼女は自身を見失い、苦しんでいた。救いを求める様に問うた姿を思えば、心配せずにはいられない。
しかし――。
『いいんです。私がメルと一緒に生きていきたいんです。それに家族が私を分かってくれて、アラン様が本当の名を呼んでくれる。だからもう大丈夫です』
「……何をニヤついているのだ」
無意識に口角が上がっていたアランは、咳払いをして再び気を引き締めた。
世間には公表しなくとも、王族であるレオハントには真実を伝えねばならない。
「しかし婚外子よりも伯爵夫妻の血を継いだ令嬢のままの方がブライトン家としては嫁にもらいやすいだろう」
「関係ありませんよ。ルディが伯爵令嬢でも孤児でも、彼女以外結婚は考えられないんですから」
はっきり答えるアランに、レオハントは呆れて笑っていた。
「君は初め親同士の口約束で決めた許嫁で正式なものじゃないと否定していただろう」
「これから正式にしてみせます」
昨日両親には結婚の意思を告げたし、ロックベル伯にも根回しは済ませた。
両親なんてアランの結婚に泣いて喜んでいたくらいだ。
「ルディに同情するな。『女嫌い侯爵』に愛されたのだ。今までの反動も含めて色々と大変そうだ」
レオハントの呟きを無視し、アランはわざと紅茶に口をつけた。
「伯爵夫妻も君も、メルディがメルではなくルディだと分かっているのなら、今度こそあの親子は本物の家族になれるだろう」
「……ありがとうございます」
レオハントの許しは得た。
「時止まりの令嬢は偽者から本物になったのだな」
最後にそうレオハントが呟いた。
***
「アラン様、大丈夫ですか?」
ルディがプロポーズを受けてウキウキだったアラン。
それが今は揺れる馬車の中で窓に寄りかかって放心していた。
馬車に二人きりのアランとルディ。
心弾むはずなのに、アランはひどく落ち込んでいた。
それというのも外出の前に、父にからロックベル伯爵家から結婚の返事をもらったと呼び止められた。
答えは、結婚はしばらく待ってほしいというものだった。
その理由はやっとルディと家族として暮らし始めたのだから、もう少し娘と一緒にいたい、家族として過ごせる猶予が欲しいというものだった。
誘拐され、家族の時間を奪われたロックベル親子に理解を示したアランの父も、待つという結論を出した。
勝手に……。
もちろん、アランもロックベル夫妻やルディのことを想えば異論はない。
ないのだが……、不安でしかない。
なぜならルディは本当に可愛らしい。
結婚するまでに他の男達が放っておくわけがない。
その中で自分とすでに婚約していると声を大にして言えれば牽制できるというのに。
近づいてくる男の中にルディが心変わりするような色気のある男が現れるのではと気が気ではなかった。
つまりは自分に自信がなく、ルディを絶対に手離したくないのであった。
「あの……」
「あ、はい! すみませんぼんやりしてました」
直前に聞かされた両親の結論にルディを余所に落ち込んでしまったアラン。
「私、お父様を説得してみます」
「え?」
「アラン様と今すぐ結婚したいって言います!」
「ル、ルディ?」
拳を握って思い詰めた表情のルディ。
「だってアラン様すごくモテるでしょう!? 私なんて大して美人でもないし、下町育ちでレディとして未熟でアラン様に恥をかかせて呆れられそう……! 他の方と比べたらきっと直ぐに飽きられてしまうわ!」
堰を切ったように顔を覆って一気に捲し立てるルディ。
彼女もアラン同様、出発前に結婚延期を聞かされ思い悩んでいたようだ。
その杞憂が、落ち込む仕草が、もう可愛くて仕方がない。
「あー……違う意味で早く結婚したくなってきた……」
「はい?」
顔を上げてこちらを覗き込むルディに、アランは咳払いをした。
ついつい触れたくなってしまう。
邪な考えを誤魔化しながら、ルディの心配していることには決してならないと励ました。
「実はまだルディ以外の女性が怖くて、君が心配するようなことにはなりません。それを抜きにしても君のことが本当に好きで、好きすぎて……想像で色気のある男に嫉妬しているほどです」
正直に話し過ぎて余計なことも言った気がする。
「私も想像で豊満な女性に嫉妬して気がおかしくなりそうです」
「ルディが嫉妬してくれるなんてうれし……あ、いや」
二人は気まづなくなって外に目をそらした。
「あの……それなら結婚は先にして、婚約期間を長めに設けませんか? 両親には呆れられそうですが。その、ルディがよければだけど――」
「はい! 婚約式をしましょう」
花が開いたような満面の笑みでうれしい返事をするルディに、アランはついつい触れたくなって手を伸ばしてしまう。
「あ……」
ルディの体が緊張で強張るのもまた可愛くて、その頬に手を伸ばしそっと触れた。
くすぐったいのか、きゅっと目を閉じたルディが、アランの手に擦りよった。
心臓がとくとくと脈打つ。
その先へと進みたい衝動が過る。
目を瞑るルディの後頭部に手を添え、アランは顔を傾けてゆっくりと近づけた。
「あ……着いたみたいですね!」
「……」
しかし馬車が到着したのでルディの体が離れてしまい、悪だくみは未遂に終わってしまった。
タイミング悪く会場へと到着した馬車を恨めしく思いながら先に降り立つ。
今日はルディと観劇のリベンジにやって来た。
「楽しみでドキドキします!」
胸に手を当て嬉しそうにするルディに、アランも自然と顔がほころぶ。
「うん。ルディと一緒ならきっとどんなことでも楽しいよ」
差し出した手にルディは微笑んで手を添えた。
メルディの止まった時間は動き出した。
彼女はもう、時止まりの令嬢ではない。
今を、生きる
愛する人と共に――。
『時止まりの令嬢と女嫌い侯爵』これにて完結となります。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
二作目がこなにも大変なんだと身に染みて実感しました。
一作目はがむしゃらに書き進めて、ある意味自己満足に進めてきましたが、二作目になると文章やストーリーなど事細かに気を使い、キャラクター設定とか、とにかく苦労しました。
そんな時は前作の感想を読んでやる気を出したり、誤字報告を見て一緒に作品を良くしてくれる仲間がいる~と勝手に思ったり、とにかく皆様に励まされながらここまで進められました。感謝です!
次回作もゆっくり自分のペースで考えながら、今後も作品作りに邁進していきます。
また読んでいただけたらうれしいです。
ちやま




