いのちだいじに
自らの肉体を使った人体実験の翌朝。
目を覚ますと、身体に篭っていた熱は抜けていたが、両腕が使い物にならなくなっていた。全く力が入らないのだ。なので体を支え起き上がる事も、寝返り一つ打つ事も出来ず、ただ天井を眺めるだけ。五分経ち、十分が過ぎても、未だにベッドから脱け出せそうにない。
(あーくそ、昨日、治癒を受けた後はちゃんと動いていたのに。ぶり返したかー。流石に無理をさせ過ぎたからな。陽の位置は……ヤベえ!訓練もう始まってる?今朝の相手はルーだったよな。怒ってるかな~)
焦り出した気持ちを鎮めて、ベッドの中でモゾモゾ動き、自分の状態を確認してゆく。
(多少身体が重い感じはするけど、腕以外は動かせないわけじゃない。取り敢えず、どうにかして身体をベッドから引き剥がそう)
掛け布団を蹴落とし、ずりずりと身体の位置を替え、向きを調節。腹筋に力を入れ、両脚を高く掲げ、身体を揺らしていく。
「いち、にい、のぉ……さんっ!」
勢いをつけ身体を起こし、床に足を着け立ち上がる。成功!
立ち上がった際、太腿がプルプル痙攣を始めたけど歩けはするので問題ない。着替えは諦めて早速訓練場に足を向けようとした刹那、開いた扉の向こうにいるルーとバッチリ目が合った。
何とも言えない沈黙がその場を支配する。
「……トールがニャかニャか姿を見せニャいから、わざわざウチが迎えに来たってのに、ニャア~にを呑気に遊んでいるんニャ?」
「……一体いつから見てたのさー!!あ、遊んでないよ?起きたら腕が全く言う事を聞いてくれないんだよ。起き上がる事すらままならぬ身体でベッドからの脱出を懸命に試みていたの!」
「あ~、ニャるほど。昨日、トールがリオと互角の戦いをしてみせたとは聞いてたニャ。よっぽど無茶ニャ闘い方をしたんだニャ。さもありニャン。しかしリオの病気も困ったものニャ。お陰でウチがトールと遊べニャいニャ」
「……俺ではなく、俺だよね?もしくは《俺を玩具に弄ぶ》が正しいんじゃないかな?」
ルーとの訓練内容は鬼ごっこだ。定められた範囲内で、狩猟本能を剥き出しにしてくるルーから必死に逃げ回る。そこで繰り広げられる光景は、まさに猫が鼠を嬲るが如し。捕まえては離し、逃げれば捕まえ、の繰り返しだ。
『貴様のっ、体力がっ、尽きるまでっ、嬲るのをっ、やめないっ!!』
そんな幻聴が聞こえてくる中で、ガンガン体力が削られていきます。だが決してトドメはささない。
「……ルーの習性とリオの病気。俺からすれば、どっこいどっこいなんだけど……」
俺が痛い目に遭うという点では。
「減らず口を叩くだけの元気は有るようニャー。治癒術士を探してこようと思ったけど取り止めにするニャー。今すぐ訓練にGoニャー」
「ごめんなさい助けて下さいお願いします」
この後、部屋の近くを通りかかったティアの姿を見つけ、治癒魔術を掛けて貰い、漸く本調子に戻った。
一体誰が言い出しっぺだったのか。
食事の後のまったりとした時間帯。前回のクエスト《はじめてのおつかい》の反省会を行っていた時だった。
初日に馬車を護り、街道のお掃除も済ませ、村では山賊を駆逐し、怪我人の救助に治療、後片付けも頑張った。
ケイの個人的思惑満載のルート選択も結果を見ればファインプレー。あれが無ければジマ婆ちゃんの命は崖下に消えていただろうし、脱出組にはもっと多くの犠牲者が出たと予想。
依頼品は破損した物があり、全てを揃える事は出来なかったが、搬送中の事故によるものではないので、こちらが責任を問われる事もない。被害者である村の者達も同様。何より、村がそんな大変な状態にも関わらず、あの短期間で代替品を用意する為に奔走してくれたのだ。悪者は山賊一択。これは間違いない。
帰りはイドゥンの町から奴隷商人の馬車を護衛し、野盗化した残党に一撃くらわせつつ、無事に王都までの護衛を務め、そして依頼品をギルドに納め、こちらの依頼も完遂した。
……こう列挙してみるとはじめてのおつかいは面倒事が目白押しだったなー。
唯とも出逢えたし、やれるだけの事はやった。俺の中でのクエスト採点はまあまあ成功、よくがんばりましたと自分を褒めて良い内容。……だと思うのだが、高ランクの冒険者達は違った。けちが付いたのが業腹らしい。
──本業を再開するのに否やはないが、折角、一時復帰したのに仕事納めがコレと思うと納得いかない。ランクは問わない。短期でこなせる仕事を探しに行くぞ──という事になった。
冒険者や傭兵といった命懸けの稼業に身を置く者達は験担ぎが好きだ。これも一種の厄落としなのかな?と思うと、反対も出来なかった。
ギルド見学と称して唯も誘ってみた。だけど冒険者ギルドに入会したいと言い出したのは正直予想外だった。
「入会費はどこも同じなんでしょう?なら私は透さんと行動を共にする為にも、冒険者ギルドに入りたいわ」
「え、それは嬉しいけれど危険だよ?よくよく考えて決めた方が……」
「その意気や良し!いやー、トオル一人にするのはちょいと不安だったんだよね」
「基本、トオルさんは~誰か尻を叩く者が居ないと~なかなか行動に移りませんから~。ユイさんがその役目をこなしてくれると助かります~」
「ウチらがこんニャに面倒を見てやったのに、トールのヘタレは根が深いニャ。ちっとはシャンとしてくれニャいと、ウチらの沽券に関わるニャ」
失敬な。俺だってやる時はやる男。ただ普段は「いのちだいじに」をモットーに動いているだけだ。
それに昔の人も言ってるじゃないか。『己を知り相手を知れば百戦危うからず』とか。『三十六計逃げるに如かず』とか。つまり、敵わぬ相手と分かっていれば敵前逃亡は罪じゃない。
「なーんで、アンタから出る格言はヘタレなヤツが多いのかね?慎重論も結構だけどさ。別の方向性の格言は無いのかい?」
「あるわよ?『虎穴に入らずんば虎児を得ず』。意味は……」
「教えなくていいから!」
なんてこった。唯はこちら側の人間だと思っていたのに。
咄嗟に制止の言葉を口走った俺に、冷たい視線が突き刺さる。
「……ほう?その反応は、知っていたが黙っていたと受け取るぞ。是非ともお前の口からその言葉の意味をご教授願いたいものだな」
「いやいやいや、別に悪気があった訳じゃ……。そもそも虎の仔を捕える為に巣穴に赴くとか、マジ意味ワカンナイ。そこまで危険を冒してまで欲しい物か、まず自らに問えって話だと思うわけですよ」
「……あー。言葉だけ知ってても意味ないわ、コレ」
「我々のシゴキに付いてくるだけの気概はあるくせに、どうしてこれだけは直らなかったのか……」
ケイが処置なしといった具合に首を振り、リオは理解不能といった様子で腕を組む。
うん、自分でもここまでヘタレだったかなー?と思わなくもないが、仕方ない。
これは自己満足以外の何物でもない、口に出すのも気恥ずかしくて誰にも言っていないが、俺にもこの世界に来てから定めた目標があるのだ。
最低でも五十歳までは生き抜く。
(親より先に死ぬのは親不孝って言うしなー。俺がその歳の頃になりゃ、あの人は八十歳超え。「八十までは現役で!」ってのが口癖だったし、そっから先の目標は十年刻みでいいや)
それが、散々迷惑を掛けた挙げ句、どうしようもない親不孝をやらかしてしまった母親に対する、せめてもの孝行だと信じて。
【ちょっこっとカミングアウト】
腰をいわして動けない時に作中のやり方で起きようとしたら、勢いが足りず戻ってきたところで、壁で頭を強打した事があります。他にも、日によっては腹に力を入れた時点、もしくは立ち上がった瞬間に激痛が走った事も。
ネタとしてぶっ込みましたが、危険ですので真似はしないでください。(特に腰痛持ちの方)




