墓穴掘り
「……お話は分かりました。これも良い機会なのでしょうね。トオルさん達の要望に合う物件を探しましょう」
おっ、やったね!野望に向かって一歩前進。……で、良い機会って何さ?
「ティアとヒルダには近々お役目に出てもらいます。必然、トオルさんの教育係を自認している彼女達も共に行かねばなりません」
「あれ?もうそんな時期ですか?」
おかしいな?前もって聞いていた話だと、あと一月程は日程に余裕があったような?
「本来なら確かにもう少し余裕があるのですが、今回は特別な事情があるでしょう?」
「……あ~、はい。何となく解りました」
つまりそちらのヒルダの尻拭いなんですね?他のルートでもあの欠陥のある術式を用いていて、そちらの期限がそろそろヤバい、と。で、状況説明が不要なティアに白羽の矢が立った、と。そういう事ですね?
「申し訳ございません。貴方達には迷惑ばかりを掛けてしまって」
再度、深々と頭を下げてくるヒルダ。もう初対面時の気の強さは見る陰もなくなってんな。図らずも鼻っ柱を圧し折っちゃった感じか。でもこっちの方が好感持てるし、良い変化だよね?
そっかー。皆とも暫くお別れかー。まあ、こればっかりはしょうがない。………………べ、別に淋しくなんてないんだからね!ヒューイ居るし、唯も居るし!他にも、別にあいつらは友達じゃないけどルーやケイのファンクラブの連中だって……!
あれ?こう考えるとあんまり人付き合いしてないな、俺。うん、深く考えるのはやめよう。なんか悲しくなってきた。
「ヒルダ、ティア。詳しい日程は後日連絡します。準備だけは怠らないように」
「「はい」」
そして退室を促され、部屋の外へと。おっと、忘れない内に声掛けしとこう。
「ヒルダ……さん。お役目に出る前に、商会への口利きは可能だろうか?」
「ヒルダで結構ですわよ、トオル様。ユイ様も。勿論ですわ。最優先で取り掛からせて頂きます」
「あっ、様付けやめて。ムズムズするから」
「ふふっ、かしこまりましたわ、トオルさん。ユイさんもそれで宜しいかしら?では商会との話が決まりましたら予定を伺いに参ります。それでは、ごきげんよう」
会釈を残し去って行くヒルダを見送ってから、一旦自室に引き戻る。ちなみに唯の部屋は俺の部屋の左隣となった。
さて、ここからが本番だ。リオを呼び止め、話し掛ける。
「夕方の訓練の事なんだけど……」
「ああ。折角戻ってきたのだ。久々に私が相手しよう」
どことなく楽しみにしてるように見えるリオに、少し挫けそうになっている心を奮い立たせて、つっかえながらも一気に言い切る。
「その……あ、新しい言霊を試したい!タイマー役と腕利きの医療班の手配をお願いします!」
言った!言えた!根性見せたよ!良く頑張った、俺!
ひとしきり自分自身を褒めてから、未だ無言のままのリオに目を遣ると──爛々と目を輝かせ獰猛な笑みを浮かべるモノがそこにはあった。
ヒィィ!!既に興に乗ってしまわれている!?
いやいや。ははは、そんな馬鹿な。いくらリオが戦闘狂だとはいえ、話を聞いただけでスイッチが入るなんて有るものか。あれは見間違い。そう、目の錯覚。疲れてるんで幻影が視えたんだな。パチパチと瞬きをしてリオを見れば、いつものクールビューティな顔がほら、そこに……ねえよ!ヤバい!墓穴掘った?
「……まさかトオルの口からそのような言葉が聞ける日が来るとは思わなかった。タイマー役と腕利きの医療班だったな?任せろ。必ず手配しておく」
「いや、あの、リオ、さん?それらの手配を願ったのは俺ですが、理由は俺の安全を第一に考えたからですよ?そこんとこ理解してる?」
「いやあ、愉しみだなあ!」
駄目だ!全然聞く耳持ってくれない!……早まったかなあ?
そんなこんなで訓練場です。はぁ~、気が重たい。足取りも重たい。おかしい?何故こうなった?俺としては、リオ達の庇護下にいる今の内に自分の限界を知ろうと提案しただけなのに。なんか自分の耐久値だけしか測れそうもない雰囲気なんだけど。
もうどうにでもなれ!と半ば捨て鉢になって、タイマー役と医療班を揃えて上機嫌なリオに歩み寄る。周囲には物見高い連中が集まっていた。【聞き耳】スキルのお陰か、ヒソヒソと交わされる会話の端々が否が応にも耳に届いてしまう。
「おい、聞いたか?今日の訓練、何でもアイツ自ら、手加減抜きを願い出たとか」
「おお。マジかアイツ。俺にはとても真似出来ねえ。変態じゃなかろか?」
「だから俺は言ったろ?奴は俺達とはどこか違うってな。見ろよ、あの眼になったあの女の前に立てる、その勇姿。俺の目は正しかった」
出てねえよ。違えよ。節穴だよ。
つーか、お前らも専属護衛だろが。何で同じ戦闘職の者までが逃げ腰になっているのさ?そんなにあの状態のリオは危険なの?俺、もう何遍となく対戦してるんだけど。
「……お手柔らかに願います」
「それはお前次第だな。で?今度はどんなものを試す気だ?」
先程よりは落ち着いたが普段よりギラギラした眼を向けてくるリオ。いや、まだ大丈夫な筈だ。会話もきちんと出来ているし、いきなり我を忘れたりはしないだろう。だけどちょっぴり恐いので与える情報をこころもち暈してしまう。
「使う言葉は【一騎当千】。効果は強化系かな。リバウンドが怖くて今まで使わなかったんだけど、奥の手にするにも効果のほどを知らないといけないと思って」
「ほう、確かにいきなり実戦で試すよりは前もって知っている方が遥かに良いな。では、まずはじめの三分間は、どれほどの性能か確認に費やすとするか」
打ち合わせを終え、少し離れて一礼。
「お願いします!」
「来い。……一度も効果を試した事もないのに奥の手呼ばわり出来る魔術とはどんなものか。実に楽しみだ」
唇の端をチロリと舐めて笑むリオの姿は、蠱惑的な妖しさと、舌舐めずりをする餓えた獣の雰囲気を持ち併せており、決して無事では済まない訓練になる事を嫌でも予感させられた。




