これが人の世か
爽やかな風が吹き抜ける青空の下、街道を二台の馬車がガラガラと車輪の音を響かせ闊歩していた。先行する馬車の手綱はおかみさんが握り、護衛としてケイとリオが乗り込み、後続車の手綱を旦那さん、同じく護衛にルー、クリス、俺が乗っている。
馬車の荷台の中は、奴隷が男女に分けられ繋がれており、一度好奇心に負けて荷台を覗き込み、慌てて目を逸らした。痩せ細った身体に虚ろな目。満足な治療を受ける事が出来なかったと一目で判る傷痕を持つ者も居た。決して興味本位で見ていいものではなかったと深く反省した。それ以来、荷台の中に意識を向ける事は無くなった。
そんな馬車の上で俺は新たな魔術を試していた。
「うーむ、……ムムム?むぅ」
俺の手元には直径二十センチ程の黒い石版。断面を丁寧に磨き上げた鏡の代用品だ。
使った言葉は【刻印・天網恢々】。効果は範囲内の生命反応の感知。反応を感知すると黒い鏡面に赤い光点が映る。有効範囲は最大で半径三百メートル位。
使い方は特殊で、使用の度に距離に応じた魔力を流し込まなければならない。
現在は半径百メートル程の探知を行っている。これでも結構な消耗だが、あまり範囲を狭めてしまうと、虫や鼠や小鳥といった小さな個体の反応まで拾ってしまうのだ。夜、台所周辺での使用を固く禁ず。
半径百メートルというのは身長1メートルであるルーをギリギリ拾い、それ以下の個体の反応を弾いてくれる。
で。映し出された光点の位置から不審な者が居ないか調べている訳だが、紛らわしい反応が幾つかあって判断が難しい。考えてみれば野生動物だろうと魔物だろうと不審者だろうと、見つからないように身を隠すのは当然で、見極めが難航していた。
最終的にあからさまに怪しい反応と連携して動く反応の位置をルーに伝え確認してもらう。
「……当たりニャ。人影を確認したニャ。だけど今のところ様子見だけで、仕掛けてくる気配はニャいニャ」
「待ち伏せかな?奇襲かな?」
「待ち伏せはニャいと思うニャ。増援を待ってる雰囲気ニャ」
「じゃあ馬車の速度を上げてもらって振り切ってしまおうか?」
「それよりも~逆にこちらから奇襲を掛けて~これ以上の追跡を諦めてもらいましょうか~」
「それでいくニャ。リオ達に許可を貰ってくるニャ」
逃げ切り先行を主張する俺の意見を封殺し、ピョーンと馬車から飛び降り、テテテと小走りに前を行く馬車に駆けて行くルーの背中を見ながら、堪えきれずに頭を抱える。
(くそう、荒事上等の戦闘脳共め!何の為に開発したと思ってるんだ!?……嗚呼、余計な戦闘を回避する為に作られたモノが、先手必勝を約束する兵器に成りうるとは……。これが人の世というものか)
ガックリと肩を落とし打ちひしがれる俺を見つめる、旦那さんのやけに同情に満ちた目が印象的だった。
かくしてあっさりとゴーサインが出され、奇襲を仕掛ける事が決定した。
追跡者四名VS俺。
……うん、明らかに何かがおかしい。何で戦闘を回避しようと提案した人間に任せるのさ!?こんなモンやりたい奴だけがやってりゃいいじゃないか!?
勇気を出して真っ向から抗議しても、どこ吹く風。他の襲撃も警戒しないといけないから、危険度の低い雑魚の掃除は任せる、とのこと。
そんな感じで、お掃除を命じられた俺ですが、ステータスははっきり言ってゴミ。真っ正面から対峙しようものなら返り討ちになるのは目に見えている。
問題はまだある。奇襲を掛けるという事は馬車から離れる事を意味する訳だが、その間馬車は停まってくれない。どころか加速しそうな雰囲気だ。
つまり、迅速に接敵、即座に目標を沈黙させ、自力で帰投せよ、という事ですね。難易度高っけえ。
最悪、死。無様に敗走を晒せば次の訓練は地獄コース確定。見事完遂したとしても「よくやった」のお言葉を賜るだけだと思う。
……鞭ばっかで飴の量が全然足りないですよ?




