虚しき真実
訓練を終えると、フローラさんから呼び出しが掛かったので部屋まで赴く。中に入ると、フローラさんの他に一人の巫女が居た。
年の頃はティアより少し上だろうか。ティアと同じ巫女服を纏ってはいるが、あちらこちらに装飾品を着けていて、きつい眼差しを向けてくる、気位の高そうな娘さんだ。
「いきなりお呼び立てしてごめんなさいね。この子は巫女の一人で、名をヒルダと言います」
「はじめまして、トオルと言います。一週間程前からこちらでお世話になっています」
こんな派手な子は見た事がないので、はじめましてで間違いない。軽く頭を下げつつ自己紹介したが、ヒルダ嬢は一瞥を寄越しただけで、すぐにフローラさんに視線を戻した。
「どういう事ですの?わざわざ家の方にまで人を遣わせて呼びつけて。この男は誰ですの?」
フローラさん相手に偉そうな物言いだな。お貴族様か何かか?すっげえ関わりたくないんですけど。
礼儀作法を教えてくれているクリスにも、「トオルさんは貴族には関わらない方が良いかと思います~」と言われたし。物覚えの悪い生徒ですまん。
「ヒルダ、貴女を呼び出したのは幾つか聞きたい事があるからです。以前貴女はポーラ女史に新たな術式を披露したと聞きました。あれは、いつ開発したものですか?」
ポーラさんなら知っている。年齢を理由に巫女職を退いたが、優秀な時空魔術の使い手で、今は後輩にあたる巫女達、見習い達の良き教師であり相談役だ。
「あら?変な事を聞きますのね?ええと、あれは……そう、クルタ~ユミル間のお役目の途中ですわ。時間だけは沢山ありましたもの。馬車の中での暇潰しでしたわ」
「え?馬車?」
おっと。つい口を挟んでしまった。
俺の認識では、町中を走る辻馬車は市営バス、町と町を繋ぐ駅馬車は高速バスだ。王都発ならそれなりに路線はあるだろうが、そう毎度都合良く、次の目的地までの馬車があるのだろうか?
俺の疑問の声にヒルダはフフンと鼻を鳴らし自慢話を始めた。
「ええ、普通ならば不便な思いをするでしょうね。ですが、わたくしの実家は王都でも名高いアインズ商会ですもの。当然、馬車など複数台所有してますわ。わざわざ必要以上に歩く真似など致しませんわ」
ほー。つまり自家用車か。で、この子は貴族じゃなくて金持ちの娘か。実家が神殿に多額の寄付金でも積んでんのかな?でなければ、こんな態度はあり得ない。
「……そうですか。では貴女はその術式の欠陥を御存知でしたか?」
「なっ!わたくしの組んだ術式に欠陥などありませんわ!」
「ええ、そうね。貴女の組んだ術式は見事なものでした。魔力消耗を下げつつ、現行の封術と同効果を発揮しました。……一見は」
あれ?なんだかな?話の方向がおかしいぞ?
「ですが、封術の有効期間がかなり短くなっています。その期間もまちまちで、およそ三分の二から半分に。これでは実用に耐えるとは言えない、というのが私とポーラ女史の意見です」
「……そ、そんな」
フローラさんの言葉を受けて、ヒルダの顔色がどんどん悪くなっていく。
……ああ、成程。俺を呼んだのはその為か。
「さて、これが最後の質問です。貴女はお役目の際に、この術式を用いましたね?」
うわぁ、フローラさん。それ質問ちゃう。断定や。
穏やかそうに見えて内心ではかなり今回の件に腹を立てているようだ。言い逃れすら許すつもりはないらしい。
「貴女のもう一つの質問に答えます。こちらのトオルさんは、ユミルの森の祠に現れたアウターです」
「う、嘘。わ、わたくしは……そんなつもりは」
告げられた言葉に、愕然とした表情を浮かべこちらを凝視してくる。
「貴女の軽はずみな行動を私達は許す事は出来ません。追って沙汰を下します。それまでは自室で待機、謹慎を命じます」
「…………はい、申し訳、ありませんでした」
俺とフローラさんに深く頭を下げて、部屋から出ていくヒルダ。その姿はあまりにも小さく見え、初対面時の気の強さは見る影もなかった。
ヒルダが退出し、部屋の中には俺とフローラさんが残された。フローラさんは改めて俺に向き直ったが、その瞳には深い哀しみが漂っていた。
「いきなりのお話でさぞ驚いたでしょうね。トオルさんが来られた日から各地の情報を集めた結果、あの子が担当したルート以外は異変は無かった、との事でした。ポーラ女史とも話し合い、まず間違いないだろうと結論に達しましたので、当事者であるトオルさんにも聞いて欲しかったのです」
「ああ、うん。理解しました。……なんつーか、才能ある馬鹿って厄介ですね。……っと、失礼」
まだ頭が混乱しているのか、ついポロっと本音が漏れてしまう。
「ええ、才能はあるのです、間違いなく。ですが今回はそれが仇となりました」
うん、本人も暇潰しとか言っていたし、本当に才能はあるのだろう。しかし、その才能を無駄遣いとまでは言わないが、正しく使えていない。
魔力消耗を下げて、なんて、自分が楽する方向にだけ使ってないかい?
「有効期間、ですか。流石にその場では確認は出来ないわなー。考えても無かったんだろうなー」
「……そうでしょうね。そのような未熟な業を役目に用いるなどと、許せるものではありません」
フローラさんの静かな怒りはまだ鎮まってないようだ。本人も巫女としてお役目を務めていた人だから、ヒルダのした事は裏切り以外の何物でもなく、哀しく、そして悔しいのだろう。
逆に俺はそこまで感情を昂らせる事が出来ないでいた。怒りや憤りが全く湧いてこない。ただ虚しく、ただただ寂しかった。「そんな理由だったのか」と。
自分に宛がわれた部屋に戻り、ベッドに潜り込み、……少し泣いた。




