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王都前にて


 王都まであと少しという所で、後ろから数台の馬車が追い付いてきた。

 邪魔にならないよう脇に避けて道を譲る。先頭の馭者が軽く会釈して、追い抜いて行った。隣に座って居た男は護衛だろうか。身軽さを重視した鎧を纏い、背中に矢筒を掛けていた。

 馬車を見るのは初めてだったので、目の前をガラガラと通り過ぎて行く馬車を興味津々といった面持ちで観察していたら、斧を背負った髭面のおじさんに睨まれた。どうやら何台かに護衛を配置してるみたいだ。

 最後尾の馬車が通過するのを待って歩き出す。すると馬車の荷台から顔を覗かせ、こちらに手を振る若い男が居た。武装しているので、あの男も護衛なのだろう。


「知り合い?」


「元同業者。腕は立つし、悪い奴じゃないんだけどね」


 そのぼかした言い方に首を傾げていると、ケイは何とも言えない表情を浮かべつつ説明してくれた。


「何故か昔から女にモテるんだよ。アイツのパーティーは、全員がアイツの女なんだ」


「ほほう」


 なんと。ハーレム持ちだったのか。


「うん?全員、女だったら、先頭にいた兄さんは?他にも厳めしい髭面のおじさんもいたけど」


「あれは別パーティーだよ。あれくらい大きな商隊となると、幾つかのパーティーを護衛に雇うんだよ」


 ほうほう。するとあの男達は、仕事とはいえハーレム野郎と一緒に居なきゃいけなかったのか。

 ……俺を睨んだのって同類と見たんじゃあるまいな?断じて違うぞ。


「ふんふん、それで?見たとこケイはあの男が苦手なのか?」


「苦手と言うか、アイツの女の中に勝手にアタシ達に嫉妬してくるのが居てね。正直会いたくないのさ」


 ああ、それはめんどくさいな。てか、そんなタイプがよくハーレム入りを決意したな。絶対嫌な思いをするだろうに。


「もしやトールも大勢侍らせたいとか思ってるんじゃニャいだろうニャ?」


「まさか。俺にそんな甲斐性は無いよ」


 冷めた目で見てくるルーに、手をひらひら振って否定する。


「俺の国は一夫一妻制でね。複数の相手と付き合ったりなんかしたら、周りから白い目で見られるんだよ」


 まあ俺の場合、身内(男女問わず)に好き勝手する者が多数居たもんだから、そこまで忌避感や嫌悪感はないのだが。少ない例外で最も身近なのが兄夫婦だ。マジ尊敬します。お兄様。

 その説明で納得してくれたのか、それ以上の追撃はなかった。


 話題が尽きた頃を見計らって、ティアが物語をせがんできたので快諾する。

 うんうん。情念渦巻く愛憎劇なんかより、夢物語の方が楽しいよね。

 微妙な空気を振り払うべく、少年少女が活躍する冒険譚を話し始めた。




 漸く王都の入り口に辿り着いたのだが、門の前は馬車による渋滞が発生していた。


「ありゃ?入れない?」


「んー?いや。これは検査が入っただけだね。たまに抜き打ちでやるんだよ」


 先頭を眺めてそう結論づける。


「荷台だけ?手荷物も見られる?」


「形だけは、ね」


 その言葉を聞き、皆から離れて荷物を漁り、携帯の電源を切る。これは何だ?と聞かれたら鏡だと言い張ろう。


 周りを見ると先程すれ違った護衛の人達が、仲間内で固まり身体を休めている。

 その内のハーレムパーティーから男が立ち上がり、にこやかに話し掛けてきた。


「やあ、初めまして。さっきリオ達と一緒に居た人だよね?」


「ども。初めまして。亘理透といいます。こっちじゃトオル=ワタリですかね?」


「へえ、異国の人かい?僕はテオドールだ。テオと呼んでくれ。間違ってもテディと呼んでくれるなよ?」


 それは彼女達以外には呼ばれたくない、と言いながら、恋人達を愛おしげに見つめる。


「ほいほい。俺もトオルでいいよ。よろしくテオ」


 初対面の人間にいきなり惚気を聞かせる屈託の無さに呆れ、敬語をやめる。


「珍しくリオ達が知らない人間、しかも男を連れていたから、気になったんだ。トオルは新しいパーティーメンバーなのかい?」


「いいや違う。森で迷子になってたら拾ってくれた。で、ここまで送ってくれた」


「王都に何か用事が?」


「出稼ぎ、になるのかな?故郷では仕事が無くてねー」


 当たり障りのない範囲で適当に会話を転がす。こちらの人となりを確認し終えたのか満足そうに頷き、リオ達にも挨拶をと離れていくテオを観察する。

 短めの金髪にブラウンの瞳。腰には剣を佩き、重そうな鎧を纏っているが、動きを見る限り全く問題が無いようだ。顔はそこまでイケメンと思わなかったが、笑顔に不思議な魅力を感じさせる青年だ。

 モテる男はオーラが違うね~と感心して眺めていたら、背中にルーがよじ登ってきた。


「あれ?どしたん?」


「面倒ニャ奴と関わりたくニャいだけニャ」


 不機嫌そうに鼻に皺を寄せるルーの視線の先に、テオの仲間が歩み寄る姿があった。

 テオの仲間は三人。

 先頭を歩くのは魔術士風の小柄な女の子。ふわふわした綿菓子のような髪に、吊り上がった碧の瞳。視線はまっすぐテオに固定され、大股に歩く姿に苛立ちが透けて見える。

 少し離れて歩く二人は、少女に呆れた素振りも隠さない。

 無言でティアを手招きする。この後の展開は彼女にはまだ早いだろう。

 彼女がテオの腕にしなだれかかるのと、ティアが俺の元に辿り着いたのは、ほぼ同時だった。


「ねぇテディ様~。こんな女達に構わないで、私とお話しして下さいな」


「うわ。マジ面倒な子」


 ついポロっと本音が漏れた。しまった。聞こえてないかな?


「ウニャ?トールもそう思うニャ?」


「思う思う。てか本当にあの子、ハーレムに向いてないな」


 親しく話している間に割り込んで、こんな女呼ばわりはないだろうに。

 あと、私じゃなくて私達だろう。一人の男をシェアしているのだから、そこら辺にも気を遣え。

 二人きりの時に甘えて言うのは良いが、今は人目がありすぎる。

 加えて言うなら、今はまだ仕事中の筈だ。


 そう小声で感想を漏らすと疑惑の目を向けられた。


「えらくハーレムに理解があるニャア?一夫一妻とやらは何処にいったニャ?」


「……幼い頃に英才教育を受けてね~」


 視線を逸らしてぼやく。

 そういう事にしてくれ。今思えば、小さな子供の前で修羅場を繰り広げた当時の大人達に物申したい。


 甘えてくる少女を相手に、優しく言い諭すテオの姿を見て、眉をひそめてしまう。少女の様子を見ていても反省しているようには見えない。それどころか更に甘えて嬉しそうに笑っている。

 その姿に俺もあまり関わりたくないなと思い、そっと視線を外した。




 さて、残る女性二人はといえば、嫉妬するような素振りも見せず、今もケイと仲良く談笑している。

 すると、何故かケイがこちらを指差してきた。二人は感心したような表情を浮かべ、ケイに伴われこちらに向かって来た。


「トオル、紹介するよ。アンジェとパティだ。二人ともテオの仲間で腕利きの冒険者だよ」


「初めまして。トオルと言います」


 先程のテオに倣い、名前だけを名乗る。初対面の相手に名字を省いて名乗るという行為は、どこか落ち着かない感じがした。

 アンジェと呼ばれた女性は、短槍を得物としている。水色の髪をポニーテールで纏め、紅い瞳は静かな光を湛えている。

 パティと呼ばれた女性は、短剣を二本、腰に差していた。テオより淡い金髪を短めに揃え、空色の瞳は生き生きと輝いている。

 二人とも身軽さを重視した装備で身を固めていた。


「よろしくー。あとルーと巫女様も久し振りー。ところでさ、ケイに聞いたんだけど珍しい魔術が使えるんだって?」


 挨拶もそこそこにパティが好奇心全開で捲し立ててくる。


「あーその、えーと?」


 一体、どれを指しているのか、そしてどこまで話していいのか分からずに、返答に詰まる。


「落ち着きなさいな、パティ。いきなりごめんなさいね。私達が聞きたいのは、衣服の汚れを落とす魔術の事なんです」


 そう言いつつ自分の衣服をつまんでみせる。

 肌の露出を抑えた旅装は、やはり多少の汚れが付着している。


「どんなに冒険者やってても、やっぱうら若き乙女だからさー、汚れは気になるワケよ。つー訳でお金なら払うからさ。こう、パパっと落とせるヤツ頼むよー」


「それなら問題ないです。でも俺、魔術の相場を知らなくて。うーん。衣服なら半銅貨三枚だと高いですかね?」


「いいえ。どころか逆に良心的過ぎます」


「だよねー。倍吹っ掛けてきても喜んで払うよ?」


「魔術を掛けるだけなのに?」


 納得出来ずに首を傾げると、未だに人を乗り物にしているルーが頭をぺしぺし叩いてきた。


「トールの魔術は特殊だと言った筈ニャ。相場ニャンてニャいんだから、トールの好きにすればいいニャ」


「そっか、それなら好きにする」


 二人に向き直り、価格は衣服が上下セットで半銅貨三枚、毛布が半銅貨六枚。匂い消しの魔術も同価格で、両方を掛けるなら半銅貨五枚と十枚に割引とした。

 二人とも衣服に両方掛けて欲しいと言ってきたので、俺の魔術は接触型だと伝え、衣服に触れる許可を求める。


「服になら触れてもいいけどさー。私はテディのだかんね?もし変なトコ触ったら承知しないよ?その腕、切り落とすよ?」


 警戒心を滲ませて、物騒な事を言ってのける。


「おっかねえな!?やらねぇよ!」


 いかん、敬語が吹き飛んだ。

 不埒な事を考えていた訳ではないが、いきなりの「血ぃ見せるど?」な発言に動揺してしまった。なんでこちらの人は、こうも過激派揃いなんだろう?

 ああもう。もともと敬語は苦手だし、もういいや。


「一応確認しとくけど、俺の魔術は生き物には効果はないからな。衣服の汚れや匂いは消えるけど、体臭なんかには全く意味がないから、そこんとこは了承してくれ」


 二人が頷くのを確認し、まずパティから、上着とズボンに掛けていく。続いてアンジェにも掛け、銅貨一枚を受け取った。


「毎度ありー」


 こちらに来てから初めての収入、しかも魔術に対しての代価に、抑えきれない喜びが湧く。

 銅貨を手に相好を崩してホクホク喜ぶ俺を怪訝そうに見つめるパティ。


「子供のお駄賃程度で喜ばれても……いや、トオルも充分若いけど……」


「言っとくけど俺二十二だからな!?成人してるからな!?」


「ウソォ!?せいぜい十五くらいだと思ってた」


 ……泣いてもいいですか?

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