プロローグ
この小説はタイトルと同名の自サイトに載せている物を転載した物です。水の国編が書き終わったので、お世話になっているこちらにも載せてみようと思ったのです。更新は予約掲載を使って一日一話です。
それとはまったく関係ない戯れ言。
私自身、ファンタジー物が大好きで、特に魔法や魔法使いがある話が好きです。
そんな私の印象に残っている魔法使いゲームはウィズ・アニバーサリー、魔女っ娘ア・ラ・モード、そしてシャマナシャマナ。興味があるならやってみるのがいいかもしれません。もう古いゲームですので、今なら安く手に入ると思います。
そしてこの話はトリップ物でもあります。こういう話もかなり好きです。勿論、このジャンルで影響を受けた物があります。これもゲームで、永遠のアセリアというタイトルです。知っている人も多いかと思います。あのゲームを初めてプレイした時に受けた衝撃は今でも忘れません。この物語はアセリアのような壮大な戦いとかはありませんが、少しでもその面白さに近づければと思っています。
それでは、ぜひ楽しんで下さい。
「「ありがとうございました!!」」
剣道の練習を終えた少年と少女が元気よくと挨拶を交わす。少年、土神空理は汗を道着で拭いながら向かい合わせている少女、土屋真由に声をかける。
「真由)、今日は調子良かったな!」
「ふふーん、そうでしょ。何せもうすぐ全国大会だからね! クウリこそよかったじゃない!」
「ああ、まあな。俺は今度の大会でどうしても勝ちたいからな。結構がんばってるぜ。」
「ええっ? そんなの初めて聞いたよ・・・なになに、どうしても勝ちたい理由って?」
「ウッ・・・・・・」
空理は真由の質問にちょっとどきっとしながらなんとか答えようとする。
「まあ・・・その・・・なんだ・・・あっ! 中学最後の大会だし! 日本一の剣士になってじっちゃんを安心させたいんだ!」
と、ちょっと勢いよすぎる返事をしながら真由の反応を見る。
「・・・ふーん・・・まぁ、べつにいいけど。確かに早く立派になって天国にいる先生を安心させたいのは分かるし・・・」
真由は微妙に疑いの眼差しを向けながら返事をする。そして次の行動で違う意味で空理をどきっとさせた。空理に息が感じられるほどその綺麗な顔を近づけて上目使いでこう言った。
「がんばるのはいいけど、はりきりすぎて倒れないように気をつけるのよ。体調を崩して大会に出られないなんて事になって逆に先生を不安にさせちゃ駄目だからね。」
最後は空理にウィンクを送って空理からはなれた。空理は必死に動揺を隠そうとしてオドオドしているといきなり真由が笑い出した。
「あはは、ちょっとどきどきしたでしょう! 私に隠し事なんかするからよ!」
(うあ〜〜〜〜、やっぱりバレてたか。でも何を隠してるまではバレてないよな?)
これが真由の侮れないところの一つである。自分の容姿の良さを知っててこういうふうにからかうために使ってくる。今まで空理がこの罠に引っかかった事か・・・空理がちょっとすねた顔をすると、真由が笑いながら謝ってくる。
「ごめんってば! も〜そんな顔しないの。」
別に本気で怒っていた訳でもないし、空理はすぐに真由に笑顔を向けた。
「それで、真由は大会の自信とかどうなんだ? でもまぁ、真由なら大丈夫だろうけど。なにせこの俺よりちょっとだけ弱いしな。」
「なんだとぅ! 誰が誰より弱いって? クウリって最近ちょっと生意気になってない? 昔のあの泣きながら“まゆちゃ〜〜ん”って言いながら私に抱きついてきたかわいいクウリはどこに行ったんだろう。」
「うわっ、ばか! 何年前の話だよ! わかったからもうやめろ!」
「うん? なにをわかったって?」
「真由は俺と同じぐらい強いから!」
「同じぐらい? まあ、いいわ。今日はこのへんで許してあげる。でも今度はないからね! 覚えておきなさいよ。」
「肝に銘じておきます。」
助かったと思いながら空理が壁の時計を見る。
「うわ! もうこんな時間なのか?!」
「あっ! 本当! さっさと掃除をすませて帰らないと! さ、あと少しがんばろ、クウリ。」
と言いながら手を差し出す真由。
「ああ、さっさとやるか。」
と少し照れながら手を取る空理。
それから十分ほどかけて道場を綺麗にした二人が道場を出た。空理は真由を家の門まで送るとちょっと寂しげな顔をしている真由に別れのあいさつをした。
「じゃあな。お互い大会ではがんばろう。けど、お前もがんばりすぎるなよ。」
「うん、またね!」
真由は大きな笑顔を浮かべながら手を振って土神家をあとにした。空理はしばらく真由の笑顔の破壊力でぼーっとしていたら妹の柚木が戻りが遅い兄を叱りに出てきた。
「全く。そんなに真由ねえのことが好きならさっさと告白したらいいじゃない、お兄ちゃん。」
「うるさいなぁ。わかってるよ。」
** *
夕食のあとに部屋に戻るといつもの散らかし放題の机や床が空理を迎えた。空理は理系が好きで、いつもなにか怪しげな絡繰り装置を作っていたり不思議な薬品を調合していたりしていつも部屋を散らかしている。そんな光景を目に入れながら空理はベッドに身を投げ出した。
「告白か・・・」
土神空理は15歳の剣術や剣道が割と得意な中学生。実家は土神流の剣術道場をやっていて、空理はそこの師範代である。身長は165センチほどで、中学三年生としては普通よりちょっと低いくらいで、幼なじみの真由とは最近になってようやく追いついてきた。家には両親と妹の柚木と一緒に住んでいる。あと、少し前に祖父が他界するまでは祖父も同じ家にいた。そもそも空理が剣術を始めたきっかけは祖父が他流稽古で相手を翻弄する姿を見て憧れたからだ。そして空理と同時期に剣術を習い始めたのは先ほどまで一緒に練習していた土屋真由だ。それ以来二人はよきライバル、よき友として励まし合い、力を付けていった。
真由は小さな頃からいつも空理の隣にいた。学校でもよく一緒のクラスになったし、放課後には一緒に遊んだり、剣術の練習をしたりとかなどしていた。小学校の真由はとにかく元気でどちらかというとおとなしかった空理を引っ張っていってクラスの子達の輪の中に入れてもらっていた。そんな真由だったけど、中学に上がる頃ぐっと女の子っぽく感じるようになっていった。髪の毛は昔のようにショートのままだったし、身体も特別に驚くほど成長した訳じゃなかったけど、小さな仕草の変化で急に「女の子」を意識するようになった。例えば今まではなんとも思わなかった距離に近づいた時、真由はちょっと恥ずかしそうに視線をそらすようになった。そういった僅かな変化に戸惑いながら空理は徐々に真由を女の子として認識していった。そしてそんな経験が続くうちに空理に恋心が芽生え始めた。
今年に進級した頃にはもうそれははっきりとした気持ちになっていたが今の関係を壊すのが怖くて何も行動を起こせずにいていた。けど一学期の終業式のあとに真由が告白される現場に遭遇してから急な焦りを覚えた。もしこのまま真由に他の彼氏ができたら? それか急に引っ越すことになるかも。真由が離れていく理由はいくらでも思いつけた。だから空理はある決心をした。
「今年の剣道の全国大会が終わったら告白しよう。」
と、自らに誓った。できれば優勝して告白する勇気をもらいたいが、もし優勝できなくても決心は鈍る事はないだろう。そしてその全国大会はすでに目前に迫っている。
** *
そのころの真由はベッドの上で枕を抱いて悶えていた。
「うわぁ〜〜〜〜〜〜。今日はちょっとやばかったかも〜。」
ちょっと前に道場で空理のことをからかった時の事を思い出してすごく恥ずかしくなった。空理には知る由もないが、あの時の真由の心臓は破裂するのを心配するほどどきどきしていた。そしてついに我慢が出来なくなってつい茶化してしまった。本当ならそこでいい雰囲気でも作ってあわよくばキスでもしたかったけど、哀しいかな、恋する乙女にそれは無理な頼みだった。
「でもあの時のクウリはちょっとかわいかったなぁ。」
とまた思い出し悶え転がるはめになる真由だった。
空理を好きになったのはいつだろう。多分きっかけは小学の高学年の頃に剣道の練習で空理に勝ちにくくなってきた時だろう。それまでは自分と空理の間に違いなど感じた事などなかったのに。そのころは“男の子はなんてずるいんだ!”なんて思っていたっけ。それからしばらくはちょっと拗ねていたのだろうか、真由は時々空理にいじわるをし始めた。でもそんなことをしても空理はいつも笑って許してくれた。空理のそういう顔を見ると真由は自分の頬が火照っていくのを感じて急にそっぽ向くことが多くなった。思えばそんな出来事が続くうちに空理を見る目が変わっていったのだろう。そして中学にあがって一年が過ぎた頃に真由の気持ちを本気の恋心に昇格させることが起きた。
その日はいつものように空理の実家の道場で剣道の練習をしていた。でも自分の気持ちに気づき始めた真由はちょっと集中しきれていなかった。そのためか練習の途中にひどく足をひねって倒れてしまった。それを見た空理は真由のもとに駆けつけて真剣な顔で「大丈夫か?」と聞いてきた。ようやく「ちょっと足をひねっただけ」と答えた真由だったけど、はっきりいって空理がしゃべっていたことはほとんど聞こえていなかった。真剣に自分の心配をする空理の顔に見惚れていたからだ。その時真由はーー
「そっか、私空理の事が好きなんだ。」
と自分の気持ちに思い当たったのであった。
それから自分と空理の関係が変わったかどうか聞くのなら答えは「ノー」である。今までの関係でも十分幸せだったし、やっぱりもう一歩踏み出すにはちょっと勇気が足りなかった。自分の気持ちを柚木に打ち明けて相談したときはただーー
「早く告白しちゃいなさい! ユキも応援するから!」
と言われ、正直困ってしまった。
「そんなに簡単に告白が出来るなら相談なんかしないでしょ!」
と言いたかったが、柚木も良心で言っていたわけだし、応援してくれるのはすごく嬉しかった。
それからも何度か柚木に相談にもらって色々と告白ができそうな機会を作るのに協力してもらったが、最後の最後で結局ヘタレて告白できずにいた。そして、そのままずるずると今までの関係が続いてきたのであった。
「やっぱり告白したほうがいいよね・・・」
過去には自分が告白される事はあったが、今の自分を考えるとその人たちを尊敬する気持ちでいっぱいになってしまう。どうしてこんな怖くて恥ずかしいことが出来たのだろう。
しかし怖いと思うと同時にやはりこのままではいけないのだろうと思う気持ちもある。自分達はいつまでも子供のままというわけにもいかないし、空理との関係が変化するのが避けられない運命ならできるだけ幸せな結末を迎えられるように努力したいと思っている。そのために今日のようなちょっとどきどきするシチュエーションをたまに作っては、勢いにまかせて告白しようとしていたがいずれの試みも失敗という結果を残してきた。
「勢いまかせなのが悪いのかな。ちゃんと呼び出して面とむかって気持ちを伝えないといけないよね!」
真由は決意を新たにしたようだが・・・
「でも、やっぱり恥ずかしい〜〜〜〜〜〜。」
その決意はすぐに萎んだようだ。はてさて告白できる時は来るのだろうか・・・
** *
数日が過ぎていよいよ全国大会は明日から始まる。そんな夜に空理はベッドに寝転がりながらメールチェックに励んでいた。携帯の画面にはクラスのみんなや学校の友達からの激励の言葉が綴られている。
『土神君、がんばって!』
『いよいよ明日からだな! いきなり負けんじゃねーぞ!』
『お前が負けたら土屋さんをもらうからな!』
『がんばれよ、クウリ!』
『実はアタシ空理君の事がずっと好きだったの。全国大会でがんばってね!』
などというメール(一部冗談が混じっていたようだけど)を読んで適当に返事を打ちながら空理は結構元気を分けてもらっていた。昔の事を思うと空理にとっては友達がいる事自体がとても嬉しい事である。
小学生の頃、空理は真由を除いて友達は皆無といっても過言ではない。いじめにあっていた訳ではないが性格がおとなしかったので友達を作るのが苦手だった。時々真由に引っ張ってもらって他の子達と遊んだ事もあったがそれでもきっとその子達にとって空理は「真由の友達のおとなしい子」だったのだろう。そのせいか、空理は一人でいる時間も多々あった。そのほとんどの時間は剣術の鍛錬に打ち込んで、残りの時間は絡繰り装置作りの作業や、薬品の調合や、それに連なる理系の勉強に費やしていた。そのおかげで今は理系の教科では満点に近い成績を残せている。文系の成績は聞かぬが花。
そんな友達が少なかった空理だが、真由や妹の柚木のおかげで徐々に元気になって今ではクラスや部活で仲良くなっている子達(男女含めて)は結構いる。昔おとなしかった反動で今はちょっと調子に乗りがちだけど嫌味がないのでそれのせいで煙たがれる事はない。
(そういえばまだ真由からのメールはなかったな。でも真由にも全国大会の準備とかいろいろあるだろうし仕方ないかも。べつにこっちから送ってもいいし。)
真由にメールを送ろうと携帯を開けると突然携帯が鳴りだした。
「うお!?」
いきなり鳴りだした携帯電話の着信音を真由に設定しているものだと気づくと空理はちょっと焦りながら電話に出た。
「もしもし?」
「もしもーし。クウリ〜? 私、真由ちゃんですよ〜。クウリからメールが来ないから電話掛けちゃった。今話するの大丈夫?」
「ああ。ちょうど真由にメールを送ろうとしていたところだ。話をするのも大丈夫。大会のための荷物も全部用意が終わってるしな。」
「そう? よかった。私もね、今準備が終わったところなの。クウリ、調子はどう? 大会はいけそう?」
「調子はかなりいいな。大会も全力で行くつもりだ。」
(どうしても勝ちたいし。)
「あはは、全力出しすぎて間違って土神流を出しちゃ駄目だよ。多分失格になるから。」
「ふん、そりゃこっちの台詞だ。お前、剣道の練習で俺に負けそうになると時々土神流使ってるからな。本番でも使ってしまうか不安だぜ。」
「むむっ! 大丈夫だもん。本番じゃそんなヘマしないもーん。」
「はは、冗談だって。拗ねんなよ。」
「拗ねてないもーん。大体、そこまで私を追い込める相手がいたら素直に負けてあげるわよ。」
「おっ? えらい自信だな。逆に相手を舐めてかかって簡単に負けるんじゃね?」
「いつもクウリの相手をしてるんだもん。そんじょそこら辺の娘には簡単に負けないもん。でも別に舐めてる訳じゃないんだよ? ただクウリがそれほど強いってだけ。」
「うっ、そうか?」
「そうなんだよ。クウリは今まで大会とか出てなかったからわからないかもだけど、かなりすごいよ。」
「そっか・・・まぁ、舐めてるんじゃなかったらいいんだ・・・うん・・・」
「うん・・・」
その後、二人の間に沈黙がしばらく続いたがそれはどちらも別れの挨拶を惜しんでいたからである。
やがて話題が何も思いつかない空理が諦めるように小さくため息をつくと、最後に激励を真由に送った。
「それじゃあ、まあ、お互いがんばろうぜ。真由の事を応援してるからな。あれだけの啖呵を切ったんだ。中途半端な結果じゃあ許さないぞ。」
「ふふ。うん、がんばるね! クウリも負けるなよ!」
「ああ、ありがとう。じゃあ、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「早く切れよ。」
「そっちこそ。」
「「・・・ふふ・・・ははは」」
「じゃあ、今度こそおやすみ。」
「じゃあな。」
通話終了のボタンを押すと空理はベッドに身を投げ出した。
(さてと。あとは大会で優勝して真由に告白するんだ!)
目標の再確認をしながら空理は眠りについた。
** *
「————勝者赤、土神!」
「・・・ふぅ。やっとここまで来たか。」
準決勝で勝利を挙げた空理はやはり疲れてきたのか、少し安堵のため息を吐きながら面を外した。ここまで一本も取られずに勝ち上ってきたけど、さすがに準決勝にもなると相手も一筋縄では行かず空理はちょっとした苦戦を強いられた。
「さてと・・・」
適度な休憩を終えた空理は決勝戦にあたる相手の試合を見ようとして立ち上がった時——
「おにちゃ〜〜ん!」
という声を聞いて発声元を探すために辺りを見回した。やがて応援席で手を振っている妹の姿を確認した空理は家族達が座っている場所に駆けつけた。そして思わぬ姿を見つけて心臓が一回り大きく跳ねてしまった。なんと家族の近くに真由も座っていた。遠くからはよく見えなかったらしくその姿を見逃していたらしくて、近づいてやっと真由を認識できたようだ。
「お兄ちゃん、がんばってるね! みんなもお兄ちゃんの事すごいっていってるよ!」
「ははは、そっかそっか。柚木もお兄ちゃんの事見直したのかな?」
「うーん・・・べつに?」
「あらら、そうなのか。」
と少したじろぐ空理だったが・・・
「だって、ユキ、お兄ちゃんがすごいってもう知ってるし。」
これに周りの人たち(親含む)は二人に生暖かい視線を送りながら苦笑した。
褒め慣れていない空理は照れたみたいで、話題を変える選択をした。
「それにしても、真由はここで何をしているんだ? もう終わったのか?」
「うん、終わったよ。」
「もうかよ。ずいぶん早いな。もしかして途中で負けたのか?」
「しっつれいね! そんなに私の事信用できないの? そんなはずないじゃない。私はちゃんと優勝しましたよ、優勝・・・・もう、何よ。もっと感動的な優勝報告とか考えてたのに。これじゃあ台無しじゃない・・・ぶつぶつ・・・」
「むっ、そうか。そりゃ悪かった。真由、優勝おめでとう! やったな。」
本当に喜んでいるとわかる笑顔を真由に向けた空理は賛辞を述べた。これに続いて真由は少し照れた様子で俯きながら返事をした。
「うん、ありがとう・・・」
隣で真由と空理の会話を聞いていた柚木だったが、ほっとかれた事に我慢が出来なくなりついに間に入った。
「お兄ちゃん、あとは決勝だけだね! ユキ、すごく応援してるからがんばってね!」
「ああ、ありがとうな、ユキ。お兄ちゃん、がんばるぞ!」
力こぶを作りながらそう告げると真由も激励を送ってきてくれた。
「クウリ、あと一つで日本一だね。がんばって、私も精一杯応援するから!」
「おう、まかせとけって。」
その時、会場アナウンスで自分の名前が呼ばれているに気づきーー
「おっ、そろそろ行かないと駄目みたいだな。それじゃあ、ちょっと行ってくるよ。」
空理は軽く言ってみたが緊張でちょっと震えていた。それに気がついた真由は最後にもう一度空理に声をかけた。
「クウリ!」
真由の声で振り向いた空理にーー
「勝ったらキスしてあげる!」
「ば、ばか! 大声で何言ってんだよ!」
周りが笑い出すと二人は真っ赤になって、真由はすぐに席に座って、空理はそそくさと試合の準備に行った。でも不思議と空理の緊張はなくなっていた。
(ありがとな、真由。)
と空理が心の中で多大な犠牲(精神的な意味で)を払って緊張を解してくれた真由に感謝した。
(よし、がんばるか。)
「————始め!」
開始の合図とともに相手が空理に突進をかけてきた。
(むっ! こいつ、結構速い!)
先手を打たれた空理は相手の攻撃を受けていなす事に専念すると決めて冷静に対処しながら相手に隙が出来るのを待っていた。
土神流の基本は力に振り回されないための円の動きである。これは攻撃や防御にも当てはまるがさすがに剣道の試合でそれを出すのはまずい。ここで重要になるのは足運び。防御に専念すると決めた空理は土神流の足運びを使いながら相手の攻撃を外していた。そして時々反撃を繰り出しながら待っていると、相手が苛ついてくるのが伝わってきた。やがて相手が我慢の限界が近づいてきたのを感じ取った時、空理は緩急をつけるために相手から離れた。
離れた空理が相手の顔を覗き込んだら明らかな怒り顔を浮かべていた。
(おお、怒ってる、怒ってる。さて、そろそろ仕掛けるか。)
そう考えた空理は相手と視線を合わせて、相手にしか見えないように挑発するように笑顔を見せた。これを見て対戦相手はついに我慢の限界を突破。相手は開始の突進よりも速い攻撃を仕掛けて来たがこれを読んでいた空理は攻撃の瞬間に横に半歩身体をずらした。攻撃のタイミングを微妙に外された相手は僅かに戸惑いながら攻撃の軌道を修正しようとしたが、その僅かな遅れが命取りになった。空理は相手の隙を見逃すはずもなく、ずっと待っていたこの瞬間に攻撃した。
「面——————————————ん!」
すぱーんと音を立てて空理の攻撃が相手に命中した。
「面有り! 一本!」
審判がそう告げると空理は内心喜んだ。さすがは決勝戦の相手。いきなり防戦を強いられるのは予想外だった。でも最後にはちゃんと勝ったし、次は自分から仕掛けていこうと思っている。
二本目は以外とあっさり決着がついた。一本目で空理の挑発に乗って負けた形になったのだけど、相手はそれが気に入らなかったようだ。その怒りが二本目に持ち越されて最初から冷静さを失っていた。二本目が始まる前にそれに気がついた空理は思っていたように自分から攻撃を仕掛けて相手に我慢の試合をさせた。しかし怒りがあったため、すぐに相手は我慢が出来なくなり攻撃しようとした。これを読んでいた空理は絶妙なタイミングで一歩後退。的を失った相手の竹刀が空を切った後、空理はするどく一歩踏み込み、相手を横切りながら胴攻撃を当てた。
「胴有り! 一本! 勝者赤、土神!」
(よっしゃーーー! 勝った!)
最後の礼をしながら空理は心の中ですごく喜んでいた。今まではあまり大会とかには出ていなかったが、やはり他の強者と競い合うのは楽しいのだ。これを機にもうちょっと真面目に剣道の部活に参加するのも悪くないのかも。
表彰式のあと荷物を片付けていると後ろから声をかけられた。
「優勝おめでとう、クウリ!」
真由だった。
「私とクウリが優勝。これで先生も一安心だね。」
「ありがとう。真由もあらためて優勝おめでとう。」
「うん、ありがと。クウリはすぐに帰るの?」
「そのつもりだ。真由は?」
「私は家族とご飯を食べてから帰る。」
「そっか・・・」
空理はどきどきしていた。優勝したのだ。あとは自分に誓った通りに告白をするんだ。そのためには後で会う約束をしたい。だが心臓の動悸が激しくていまいち言葉にできない。
「えっと・・・その・・・」
「うん?」
言葉ははっきりしない空理を真由はいぶかしげに見ていた。それを見た空理はちょっと焦りながらやっとの思いで真由を誘った。
「えっと・・・真由は後で用事とかあるか?」
「うーん、特にないかな。多分ご飯を食べたらまっすぐ家に帰ると思う。」
「じゃあ、後で会えないかな。」
「いいけど、ちょっと遅くなるんじゃない? 明日じゃあ駄目?」
「ああ、できれば今日で。ちょっと話があるんだ。」
「うん、わかった。何時ぐらいがいい?」
「そうだな。9時ぐらいに昔よく遊んだ家の近くの公園でいいか?」
「了解。それじゃ、遅れそうだったら電話するから。」
「ありがとう。それでは行くとするか。」
荷物を詰め終えた空理は立ち上がりながらそう言った。
「うん、そうだね。」
真由はただ空理が二人でお祝いがしたいのかと思っていたのか空理の様子が普段とちょっと違う事に特に気に留めなかった。
(よしっ、とりあえず約束はできた。勝負の時は今夜だな。)
** *
家に帰った空理は亡くなった祖父に優勝の報告をするため代々の先祖が宿るという家宝(と神棚)が置いてある部屋へ行く途中に柚木に呼び止められた。
「お兄ちゃん、おじいちゃんに報告をしにいくの?」
「そうだ。」
「えっとね、ユキお兄ちゃんにもう一度おめでとうって言いたかったの。お兄ちゃん、優勝おめでとう!」
「そっか、ありがとうな、ユキ。」
「えへへ。やっぱりお兄ちゃんはすごいね。だって日本一だもんね!」
「ははは。ユキに喜んでもらえてなによりだ。そうだ、ユキにもう一つ報告することがあるんだ。」
「え? なになに?」
「実は俺今日真由に告白するんだ。」
「そっかぁ、やっとだね! きっとうまくいくよ、お兄ちゃん。」
「ありがとう。ユキにはずっと応援してもらってたからな。一番に言っておこうと思って。」
「一番なんだ。ラッキーだね。いつ告白するの?」
「今夜近くの公園でするつもりだ。」
「あそこかぁ。思い出とかもあっていいね。それじゃあ、遅くなってもお母さん達にはうまく言っておくからがんばってね!」
「なんか違うがんばりを期待されてるみたいだけど、ありがとう。じゃあ、じっちゃんに報告しに行くからまた後でな。」
「うん! おじいちゃんにユキからもよろしく言ってね。」
居間の方に歩いていくユキの背中を見てから空理はまた歩き出した。
先祖が宿ると云われている家宝は古いガラスのような石でできた黒い玉である。どういった風に出来たのかは謎のようなのだが、土神家にとっては重要なのは先祖の魂が宿っている事だ。神棚からそれを取り出すと祖父への報告を始めた。
「じっちゃん、久しぶりだな。あっちで元気にやってるのか? こっちはみんな元気だから心配するな。ユキもよろしくって言ってたよ。」
「俺、今日剣道の大会があったんだ。どうだったと思う? 優勝したぜ! これで俺は日本一だ! まぁ、中学生限定でだけど・・・だからと言っても何だけど、こっちは大丈夫だ。安心して眠っててくれ。」
「あ、そうだ。大会と言えば、真由も出たんだぜ。」
「そして何と、あいつも優勝ときた! すげぇだろ、俺たち。これで土神流の道場に新しい門下生が来るかもな。」
「最後に一つだけ。今夜、俺は真由に告白するつもりなんだ。ユキは大丈夫って言ってくれてるんだが、やっぱり緊張するもんだな。まぁ、それだけだ。武運を祈っててくれ。」
祖父への報告が終わった空理はガラス玉を元の場所に戻そうと立ち上がった。でもその時、今日の大会の疲れが足に来て思わず躓いた。空理はなんとか踏みとどまったけど手の中にあった家宝がすべり落ちてしまった。
「うわっ!」
声を上げながら空理は必死に落ちる前にキャッチしようとしたーー
(間に合え!)
————が間に合わなかった。そしてその瞬間はまるでスローモーショーンの様にやってきた。何も出来ずにその光景を見ていた空理はガラス玉が床にぶつかる瞬間思わず目を閉じた。
そしてーー
パリーーン・・・・
というガラスが割れる音が無慈悲に訪れた。数秒が経つと空理はやっときっと目の前に広がっている惨状を受け止める覚悟ができてゆっくりとその瞼を開けた。しかし目の前にあったのは思い浮かべていた光景とまるで違っていた。
そこにあったのは無惨に砕け散ったガラス玉の残骸だけでなく、異様な黒い空間だった。そしてその空間は徐々に広がっていてすでに空理の近くまでやって来ていた。
(なんなんだこれは! 普通じゃないぞ!)
さすがにそのままでいるのはまずいと思い、空理はそこから離れようとした。
(おいおいおい。冗談だろ? 体が動かないぞ!)
どうやら黒い空間の影響はその外に及ぶようだ。必死にもがいて空理は黒い空間から逃げようとしているが、体のどこに力を入れてもぴくりとも動かない。そしてついに黒い空間は空理の体に到達して飲み込み始めた。
(やめろ、やめろ、やめろ、やめろーーーーーー! こっちに来るなよ!)
「うわああああああああああああああああ・・・」
しかしどんなにもがいても、泣き叫んでも、黒い空間は止まらず、やがて空理のすべてを飲み込んだ。
それから30秒ほど広がり続けた黒い空間は徐々に小さくなっていった。黒い空間が完全に消えた頃に残っていたのは床に開いた直径5メートルほどの丸い円だけだった。
そのとき柚木が空理の悲鳴を聞こえて部屋に現れた。
「お兄ちゃん、どうしたの! すごい声が聞こえたよ!」
そしてそこに兄がいないと気がついてしまう。
「お兄ちゃん? ここにいるの?」
「ねえお兄ちゃん、お願い、返事をして・・・」
柚木は兄が部屋にいないのを見て血相を変えて両親を呼びにいった。
「お父さん、お母さん! お兄ちゃんがどこにもいないの!」
二人はなぜ柚木がそれほど心配な顔をしているのが始めはわからなかった。でも空理が消えた部屋の惨状を見てからは家族による必死の空理探しが始まった。
数時間後、土神家近くの公園。時はすでに10時を回っていた。
真由は苛立たしげに立ちながら空理を待っていた。
「まったく、クウリのやつ・・・いったいどこをほっつき歩いてるんだろう・・・」
「こんなに私を待たせて・・・来た時とっちめてやる。」
数分が経つと真由の後ろに足音がした。真由は文句を言ってやろうと勢いよく振り向くとそこにいるのが待ち人の姿じゃなくてその妹ということに戸惑った。
「あれ、ユキちゃん? どうしたの?」
すると柚木は顔を上げて真由は柚木が泣いているのに気がつく。
「ユキちゃん! 何があったの? どうして泣いてるの?」
「うぅ・・・真由ねえ・・・」
真由は柚木に近づいてそっと抱きしめながら小さな声で柚木にどうしたのかとまた聞いた。そして柚木が泣きながら真由に告げた言葉は真由の世界を凍らせた。
「真由ねえ・・・お兄ちゃんが・・・お兄ちゃんが消えたの・・・」
** *
「いっつ〜〜。何だったんだ、あれは。っていうか俺は無事なのか?」
黒い空間に飲まれた空理が起きるとまず自分の体の状態を調べて特に異常がないと見ると、次は辺りを見回した。
「あれ? ここ家じゃないぞ。」
空理が見た通り、どうやら空理が起きた場所は実家の家宝が置いてあった部屋ではないようだ。どこか暗くて、茂っているし、鼻を利かせたら強い緑の匂いがした。目を凝らすと色々な木が見えてくる。どうやらどこかの森らしい。でも家の近くにこんな森があったのか?
「どこだ、ここ?」




