第五話
*注意。誰も聞いていない時にクウリは日本語の独り言を言う癖があります。引用符は日本語を示しています
「207・・・207・・・あった。エリお姉ちゃん、207号室あったよ。」
これから5年間自分が世話になる部屋を見つけてクウリが笑いながら後ろにいる姉とその友人に振り向いた。
「もうルームメイト、着いてるかな・・・」
わくわくしつつ、ドアを開けて部屋に入るクウリ。
「こんにちはー。」
部屋を見渡せば机、クローゼットが二つずつ。そして奥に二段ベッド。そのベッドの下段には昼寝をしているらしいルームメイトらしき姿。
「クウリ、部屋はどう?」
扉をくぐりながらアクエリがクウリに部屋の感想を聞いてきた。
「うん、なかなかいいよ。エリお姉ちゃんたちの部屋と比べたらどう?」
同じ寮なのだから同様の作りになっているはずだが、案の定そんな答えがラクの方から帰って来た。
「ふむ、大体は同じだな。おや、ルームメイトは昼寝中のようだな。」
ベッドにいるルームメイトを見つけて声を落とし、アクエリに目配せをした。アクエリはそれを受け、一つ頷くとクウリに話しかけた。
「それじゃあ騒がしくしてルームメイトを起こしたら駄目だから私たちは行くね。私たちの部屋は332号室だから何かあったらいつでも訪ねて来て、歓迎するから。」
「分かった、そうする。」
「ではまたな、クウリ君。これからよろしく。」
アクエリが部屋番号の事を言っていた間に外に出ていたラクが開いているドアの向こうから挨拶をしてアクエリの事を待っていた。
アクエリも自室に戻る事にして部屋を出ようとしたが、ちょうど扉にさしかかった時何かを思い出してそれをクウリに言うために振り向いた。
「そうだ、夕食は寮の食堂で午後五時から八時の間まで食べられるのだけど、今日は一緒に食べましょう?」
「うん、俺もエリお姉ちゃんたちと食べたい。」
「そう、よかった。じゃあ五時半ぐらいに迎えに来るから。」
「了解。待ってるよ。」
「うん。あと、ルームメイト君も歓迎するから起きたら夕食の事を伝えておいて。じゃあ、また後で。」
アクエリは手を振りながら今度こそ部屋を出ると後ろにドアを閉めた。ドアが閉まる瞬間までアクエリを見送っていたクウリは一息をついてから自分の荷物を見て、気を取り直してそれの整理に取りかかった。
「”ふぅ、こんなもんかな・・・”」
荷物はそんなになかったし、それを全部整理するのに一時間もかからなかった。
片付いた部屋を見て何かをやりとげた顔をしたクウリは未だに眠っているルームメイトを一瞥した。結局クウリが荷物の整理をしていた間、一度も目を開けなかった。決して荷物を解いていた間、静かにしていたわけじゃなかったのに。
「”よほど疲れていたか、よほど動じないやつなのかな。”」
苦笑しながらルームメイトを見下ろすクウリ。
そんな折、ベッドのルームメイトが身じろぎして起きる様子を見せた。
「う・・・ん・・・うん?」
「む、やっと起きたか。」
クウリの声に気がつき、寝転がったままクウリの方に頭だけ向けた。
「君は・・・」
「お前のルームメイトになるクウリ・ティアレイクだ。よろしく。」
「む、そうか。ケレイユ・サンテアだ。よろしく。」
体を起こしながら挨拶を返す新しいルームメイト。
「それで、昼寝は気持ちよかったか?」
とニヤリ笑いながら聞くクウリ。ケレイユの方はそれがこたえた様子もなく、平然と返事する。
「ああ、清々しい気分だ。」
「ふっ、そうか。ケレイユはいつこっちに着いたんだ?」
「俺か? 俺は二日前にこっちに来た。お前は?」
「何日か前に王都に着いて、いろいろと買い込んでから今日姉と一緒にこっちに着いた。」
「姉? 姉もここの生徒なのか?」
それは予想外な事だったのか、少し驚いた顔でケレイユが言う。
「うん、それとこの寮にも住んでる。」
「へえ、ここの寮生なのか。」
「そうだよ。あっ、そうだ。晩ご飯を一緒に食べる予定だけどケレイユも一緒にどう?」
「それはありがたい提案だ。ぜひご一緒させてくれ。」
「分かった。お姉ちゃんのルームメイトも一緒に食べるけどいいよね?」
「無論、異議はない。」
「じゃあここに迎えに来てくれる話だからそれまで何する?」
「特にないな。強いて言えば話をすることかな。ここについて何か聞きたいことがあるか? もしくは俺についてでもいいし。」
その後、アクエリ達が迎えにくるまで207号室から話し声が途絶えず、アクエリがドアを開けたらすっかり打ち解けたクウリとケレイユの姿を見た。
「・・・サンテアさんですか。私、クウリの姉のアクエリです。よろしくお願いします。」
バイキング式の食堂で食べ物をとってから四人揃って席に座り、とりあえず自己紹介から始めていた。
「私はアクエリのルームメイトのラク・ドリズクだ。よろしく、ケレイユ。」
「うむ、よろしくお願いします。」
「クウリの事もよろしくお願いします、サンテアさん。」
「任せてくれ。あと、アクエリさんもケレイユって呼んでくれ。」
「やめてよ、エリお姉ちゃん。子供じゃないんだから。」
アクエリの心配性なお願いが恥ずかしくて少し意地になるクウリ。アクエリが自分の心配をしてくれるのは嬉しいけどいくらなんでもこれからのルームメイトに面倒を頼むのってやりすぎではないのか?
それはともかく、食事のほうだ。
「エリお姉ちゃん、これすごくおいしい。」
「そうでしょう? ここだけの話、ここの料理長はこの学校一番のコックさんよ。はっきり言ってクウリ達は運がいいよ。残念なのは校舎の食堂のコックさんが違う事ね。」
「そんなに料理が違うの?」
「言うほどじゃないけど、違いは分かるわ。ね、ラク?」
問われたラクは少し考えてから苦笑しつつ答える。
「いやいや、アクエリのほうが美食家すぎるのだよ。普通の人は違いなど分からん。校舎の食堂でも充分満足できる。」
そういうとまるで心外だとでも言いたそうな顔をアクエリが浮かべる。
「誰も校舎の食堂で満足できないなんて言ってないでしょう? まったく、私の言葉を曲解させないで。クウリに変に思われちゃうじゃない。」
「アクエリ、さっきから地が出ている。」
はっと息を呑み、ごまかすように顔を俯かせ、黙々と食事を進めて行った。
食事の間そのまま無言ですごし、アクエリが元に戻った時にはもう終わりに近づいていた。クウリ、ケレイユ、ラクの皿はほとんど空の状態だと気がつくとアクエリは慌てて自分の分も食べようと食べるスピードを上げた。それは端から見ればとても面白い光景で、アクエリをからかうのが大好きなラクを大変満足させていた。そして微笑を浮かべてケレイユの方を見るとケレイユも同じような顔をしていて、同類なのでは? とラクは疑問を浮かべ、ケレイユと目が合い、思わせぶりな頷きを送られるとそれが確信に至った。
食事が終了し、クウリとケレイユを部屋まで送ってから、アクエリ達はそのまま自分達の部屋へと戻り、風呂に行く前に少し談話していた。
「それにしても、今日は珍しいアクエリの姿をいっぱい見られたな。」
とからかい混じりに言ってくるラク。言われたアクエリは顔を真っ赤にして大声で文句を言う。
「ラク、うるさい!・・・はぁ、もう開き直って猫を被るの、止めようかな。」
なにやら疲れた様子でベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めながらため息をつく。
「そもそもどうしてアクエリはお嬢様の振りなんかしていたんだ?」
ラクはこれを長年疑問に思っていたが、アクエリは今日ほど取り乱したことがなかったのでそのままにしていた。しかし、さすがにここまでくると何も言わずにはいられない。
「べつに大した理由はないよ。うちのお母さんってここじゃあ割と有名でしょう? それで入学の時から先生たちの期待やらがあって私もいろいろがんばったの。そうしてたらいつの間にか優等生なイメージが出来上がってて私もそれを演じるようになってたの。」
「・・・」
今はただ話を聞くべきだと判断し、ラクは言葉を挟まずに聞き続ける。
「だから別におしとやかなお嬢様に拘ってるわけじゃないんだけど、今更変えるのもね・・・」
「それに今はクウリもいる事だしね。」
「そうなのよ! クウリと一緒だとつい素が出てしまうみたい。家とかだとそんなこと考えずにいられるけど外だとどうしても・・・」
「地が出ると。」
「うん・・・」
しゅんとするアクエリ。
「まあ、気にするほどの事ではないと思うよ。」
「でも・・・」
「クウリとはいつも素の自分なのだろう?」
「うん・・・」
「なら周りの目が少しぐらい変なのはいいではないか。どんなアクエリでもクウリは嫌う事なんてしないし、その他大勢にどう思われてもいいと思うが。ようはアクエリがどうしたいかだな。開き直っていつも地を出して行くか、もしくは常時気を張って言動に気をつけるか。クウリならどちらでも応援してくれるさ。」
確かにクウリならばやさしいからどんなアクエリを受け入れるだろう。でもいくら悪く思わなくてもクウリの前で仮面を被るのは少し寂しく思う。
「まぁ、考えておくんだな。なに、授業が本格的に始まるまでは何日かあるんだ。それまでどうするかを決めればいいさ。」
考え込んで何も言わなくなったアクエリにそれだけ言い残しラクはアクエリを一人にするためにしばらく部屋を出る事にした。そして部屋を出る際独り言をこぼす。
「・・・ふむ、クウリ達の部屋に遊びに行くのもいいのかもしれんな・・・」