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Sugarless SugarLady  作者: アベシ
第八章
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33/33

第30話

 私は、椅子に座っていた。

 気づかないうちに、ギターをスタンドに立てかけて。

 鏡に映る自分が、ひどい顔をしている。前髪が額に張りついて、肩が小さく上下していた。


 アンプのパワーランプだけが、赤く点いたままだった。

 肩が重い。力の抜き方を忘れている。

 胃の底にあった泥を吐き出したみたいな、生理的な嫌悪感が喉を掻きむしる。

 私――何をしてたんだっけ?


「アヤ。飲みなよ」

 手渡されたペットボトル飲料は、スタジオの熱気にそぐわない冷たさだった。


 顔を上げる。

 お姉さんが私を見ていた。

 ああ、そうだった。この人と、スタジオに入ったんだった。


「目……」

「目?」

 咄嗟にまぶたに手を当てた。

 目玉がチカチカする。頭が爆発した気がする。何が見えてたんだろう。


 覚えていない。

 指先が震えていて、錆びた鉄を舐めたみたいな味が、口に残っている。

 ひとつあるとすれば、彼女の音がとてつもなく怖かったこと。整った響きが胸の奥に渦巻いていて、それがただただ恐ろしかった。

 なのに今、終わったことを受け入れると、漠然とした寂しさが込み上げてきている。

 矛盾した感情を、どう言えばいいのかわからない。


「最後の、よかったよ」

「最後……?」

「アヤは獣だね。ライオンが叫んでるみたいだった」


 その言葉の意味を、私は測りかねた。

 頑張って追いつこうとした。苦しくて叫んだ。それは、確かだった。


「いいよ、思ってた通りだ。結構好きだよ、アヤのこと」

「え……えっ!?」


 思いがけず立ち上がる。

 お姉さんは笑わなかった。私の反応を面白がるでもなく、ただ黒いギターをケースに収めていた。

 その手つきが丁寧で迷いがなくて、見ていたら胸が痛んだ。


「やろうよ、バンド」

 ケースの金具をパチン、と閉じながら、こっちを見ないまま。


「……え?」

「今のアヤが一番いい。私はそういうのを探してた」

 ついにこちらに向き直った彼女は、ふっと微笑んでそう言った。


「これからは私とやろう」

 目の前に差し出された手を見る。白く、鋭い。

 この人が何を言っているのか、わからなかった。

「で、でも……私、下手くそですから……お姉さんは、私なんかとは――」

「いいよ、それで。プロの技術は求めてない。私は、私を壊してくれる人がいればいい」

「それは――」


 どういうことですか? とは聞けない。

 まだ飲み込めていないから。

 まるでそれは――

 ……駄目だ。その先が浮かんでこない。

 やろうよ、バンド。

 その言葉が胸の中で転がるたび、別の声が混ざった。


 スバルちゃんが「行こ」と言った暗がり。イブキ先輩が頷いてくれた気配。

 あの人たちとの音は、まだここにある。ぐしゃぐしゃのまま、消えていない。

 だけど、私はこの人の前に立っている。


「あの……」

「何?」

「私……まだ名前を伺ってないです……」

「ああ、そうだっけ?」

 彼女が手を引っ込めて、顎に指を当てた。

「私は――」


 トクン、と鳴った。それが何色かは、まだわからない。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


『Sugarless SugarLady』第一部は、これで完結です。


アヤが音楽に出会い、ギターを抱え、はじめてステージに立つまでの物語でした。

静かな作品ですが、最後まで追いかけてくださった方がいたことを、本当に嬉しく思っています。


第二部は鋭意執筆中です。初稿が完了し、推敲と校正作業に入っております。

なるべく早く続きをお届けできるよう、努力してまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。

ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。

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