119. 初めての夜です!?
謁見の間での大騒動のあと。
私はひとまず、ギル様と一緒に王宮に留まらせてもらうことになった。
転送用の魔道具でシニストラ卿に事態を報告して、今は直近の方針が決定するのを待っている状態だ。
私が新しく筆頭聖女として認定されたこと、そしてギル様と私の結婚に関しては、特に問題なく正式に発表できる。
だが、それ以外の件については、何をどう処理し、いつどのように発表するかが問題となるということで、あれからずっと会議が続いているようだ。
私とギル様は、一番の問題である神殿とマクファーソン侯爵家の件についてはほとんど関係がないので、そのまま客室で休ませてもらうことになった。
今は、二人がけのソファーに並んで座り、食後の琥珀珈琲を楽しんでいたところである。
ただ。
大部分の話題は関係ないのだが、私たちにも、クリアにすべき問題が一つだけあった。
「問題は、結婚発表の際に、ティーナの出自と経歴を明かすかどうかだな」
「そのお話なんですけど、私の本当の名前がアンブロジオっていうのは……?」
「君は、ウォード殿からは何も聞いていないか?」
「はい。ウォードは、全然お喋りしてくれないので」
ウォードは、一体何を知っているのだろうか。
グリーンフィールド領内の街で出会った時に、私の顔を一目見てすぐ跪こうとしたり、『殿下』という敬称で私を呼んだり、初対面の筈なのにいきなり騎士の誓いを立てたりと、不思議な行動がいくつもあった。
「少し複雑な話になるのだが……ティーナ、君は、十三年前から、戸籍上メリュジオン王国の国民になっている。しかしその出自は、アンブロジオ王家。君は隣国の王族のひとりだったのだ」
「え……と、私が王族……? どういうことですか……?」
「君は、訳あってメリュジオン王国に密かに亡命してきたアンブロジオ王国の王女、グレース・アンブロジオ殿下の娘だ」
「亡命……?」
ギル様の話に、私はますます混乱が増した。
亡命ということは、グレース殿下……私の母は、祖国アンブロジオ王国にいることが出来なくなって、メリュジオン王国に逃げてきたということだろうか。
「亡命の理由は……、王族間のトラブルとだけ伝えておこう。グレース殿下は、以前交流を持ったことのある私の叔母――メリッサ前フォレ公爵を頼って、彼女が社交シーズンのため滞在していた王都の別邸を訪れた。そこで痛ましい事件に巻き込まれて……」
「……もしかして、その時に私は孤児に?」
ギル様は苦しげに顔をしかめて、頷いた。
セレス様が言っていた、「死の淵から生還して――」という話も、その時のことなのだろう。
「これは可能性の話だが、その事件の際に、君は叔母の宿していた女神の神力をその身に強く浴びた。それが君の身体の奥に眠っていた聖魔法の魔力と融合して、君は強い魔力と、神力を視る特別な能力を得たのかもしれないな」
「なるほど」
確かに、死に瀕することで聖魔法の力が発現するのなら、その原因となった力が聖魔法の魔力と混ざり合う……こともあるのかもしれない。
私は魔法に詳しくないからよく分からないが、ギル様がそう考えるのなら、きっとそうなのだろう。
「……すまない、横道に逸れた。それで、その後の話だが――ここから少しややこしい話になる」
ギル様は謝罪して、続ける。
「現在アンブロジオ王国では、ティーナの存在は認知されていないか、もしくは死亡扱いとなっている。さらには、君が神殿に拾われた際に、君はこの王国の戸籍を取得している――故に、君はアンブロジオ王家の血を引いているが、戸籍上はメリュジオン王国の正式な国民なのだ」
「えっと……つまり?」
私は、ぱちぱちと瞬きをして首を傾げた。
「考えなしに、アンブロジオの名を公にするのはまずい。外交問題が発生する可能性があるからだ。しかし、逆にそれを上手く使えば、今後の外交のカードとして利用できる可能性もある」
「外交のカード……ですか」
その言葉を聞いて、私の心に不安がよぎる。
しかし、ギル様は私の不安をすぐさま察知したようで、口角を上げて私の頭を撫でた。
「もちろん、君に危険が及ぶようなことや、望まぬ事態が起こりそうになれば、私が全力で阻止するから、安心してほしい。何と言っても私は、公爵で王弟で辺境騎士団長で、女神の祝福をこの身に宿しているからな」
「ふふっ、そうでした」
悪戯に片目をつぶったギル様に、私の不安は一瞬で溶け消えた。
そうだ、私の旦那様は色々な面において最強の人なのだ。何を不安に思うことがあるだろうか。
私が「頼りにしてます」と言って微笑むと、ギル様の口元もゆるりと弧を描いた。
「とにかく、この件に関しては、私たちの一存では決められない。外交官たちと王宮の決定を待とう」
「はい。――あっ、ところで、ウォードの話って、何だったのですか?」
「ああ……そういえば、言っていなかったな」
ギル様は、思い出したように私に衝撃の事実を打ち明けた。
「ウォード殿は、ティーナの父君、ユージーン・ディミトロフ殿の遠縁の親戚であり、ディミトロフ家に迎えられた養子。戸籍上は、ユージーン殿の義弟だ。つまり、ティーナの叔父上に当たるな」
「叔父……え……えええ!?」
「グレース殿下と君が生きていると信じ、十三年もの間、君たちを探してメリュジオン王国内を旅していたようだぞ」
「じゅ、十三年も?」
その言葉に、私はちょっぴり放心状態になった。どれだけ根気強く探してくれていたのか。諦めて国に帰ろうとは思わなかったのだろうか?
ギル様は、私の頭を撫でるのをやめ、放心状態の私を抱き上げ自分の膝上へと座らせた。
私を膝上に乗せたまま、ギル様は再び髪を梳くように撫で始める。その甘さと色気に、私はどきりとした。
「それよりティーナ。婚姻誓約書にサインをして、私たちは今日から正式に夫婦になったな?」
「そ、そうですね」
「つまり――夫婦になって最初の夜な訳だが」
ギル様の甘く掠れた声が、耳をくすぐる。
その意味を瞬時に理解して、私の頭は一瞬でぼふんと茹で上がった。
「ももももしかして、そ、そそそれってしょや」
「――ふっ。冗談だよ、ははは」
私が挙動不審になっているのを、ギル様はおかしそうに見つめて、吹き出した。
「ここは王宮だし、いつ呼び出しがかかるか分からない状況だし、今日は徹夜したしな。君の心身の準備が出来るまで待つさ」
「じゃ、じゃあ――って、やっぱりギル様徹夜だったんですか!? 何でそんなにいつも通りなんです!? 早く寝ないと身体に悪いですから、ほら、もう休みましょう、ね? ね?」
「ははは、分かったよ」
私は慌ててギル様の腕から抜け出して、彼の手を懸命に引っ張った。
ギル様は、ますますおかしそうに、けれど愛おしそうに笑いながら、素直に立ち上がる。
「じゃあ――楽しみは、結婚式の後まで取っておくとしようか。おやすみ、私の愛しい奥さん」
「お、お、おやすみなさいっ」
そうして、私の部屋からギル様は出て行ったのだった。
甘い微笑みと、唇に残していった熱の余韻を置いて。




