118. サイン、しちゃいました
黄金色に光り輝く、上級ポーション。
私がたった今精製したそれを、王太子殿下が受け取り、国王陛下の元へ赤絨毯をゆっくりと歩く。
国王陛下は玉座から立ち上がり、上級ポーションを掲げて宣言した。
「――クリスティーナ嬢こそ、まことの筆頭聖女である!」
わああ、という歓声と拍手が、謁見の間に響き渡った。
*
「さて。セレスティア嬢、マクファーソン侯爵、神官長、そして我が愚妹の処遇は後ほど決めるとして――今ここで確認したいこと、並びに、新たに発表したいことがいくつかある。皆、心して聞くが良い」
再び謁見の間が静かになったところで陛下はそう告げ、上級ポーションを侍従に渡すと、再び玉座に腰を下ろした。
「まずは、先ほど宣言した通り、クリスティーナ嬢をメリュジオン王国の筆頭聖女として認める。ただ、彼女はフォレ公爵であるギルバートの婚約者だ。フォレ領は大切な防衛の地……フォレ公爵もその妃も、頻繁に領地を離れるわけにはいかぬ」
その言葉に、ギル様は私の手を取り、目礼を返す。
「ギルバートよ。ひとつ尋ねるが――そなた、次期国王の座に興味はないか?」
「――何のご冗談ですか」
「冗談などではない。真面目に尋ねておるのだ。命令などではなくただの質問故、素直な気持ちを聞かせてくれぬか」
「私は――」
ギル様は眉間にわずかに皺を寄せて、皆に聞こえるよく通る声で、はっきりと告げる。
「王位には一切興味がございません。私には、フォレの地が肌に合っております」
「ふむ、やはりそうであるか。そなたたち二人の、結婚の意思は固いな?」
「勿論でございます」
「はい、私もです」
続けての陛下の問いかけに、ギル様も私も首を縦に振った。陛下は満足げに頷く。
「では、こうしよう。筆頭聖女クリスティーナ嬢を、我が弟ギルバートの妃として、ここに認める。そして、筆頭聖女をフォレ城辺境騎士団所属の聖女として認定する。ギルバートよ、引き続きフォレ公爵として彼の地を守ってほしい」
「はっ。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
陛下の言葉に、私とギル様が深く礼をすると、再び周囲から拍手が巻き起こった。
いつの間にやら私たちのもとに運ばれてきた婚姻誓約書に、ギル様はさらさらとサインを書いた。
私も彼の名前の横にサインをしようとしたところで、ギル様が私の耳元で囁いた。
「クリスティーナ・アンブロジオ。そう記してくれ」
「えっ?」
「君の本当の名だ。後で説明する。スペルは分かるな?」
「えっと……隣国、アンブロジオ王国のスペルと同じで良いのですか?」
「ああ」
私は疑問を抱きながらも、ギル様が自信満々に頷いているのを見て、言われたとおりにサインをした。
婚姻誓約書が、陛下の元へと運ばれてゆき、陛下は再び立ち上がって朗々と宣言をした。
「ここに、ギルバート・フォレ・レモーネ・メリュジオンと、クリスティーナ・アンブロジオ、両名の婚姻が成立したことを認める。二人とも、おめでとう」
割れんばかりの拍手の音と、あちらこちらから飛び交う「おめでとう」の声に、私は夢見心地だ。
「これで、君は私の妻だ。――ようやくだな」
「ギル様、私……、これからも、フォレ城で、あなたと一緒に過ごせるんですね」
「ああ。もうティーナが何を言っても離してやらないから、覚悟してくれ」
「ふふ、私だって、絶対にギル様から離れませんよ」
何だか、あれよあれよという間に、ギル様の妻になってしまった。
蕩けそうに甘く微笑んでいる、この美しく愛しいひとが、私の夫なのだ――。
「愛しているよ、ティーナ」
「ギル様、私も、愛しています」
どちらからともなく、唇が触れ合う。
結婚式もまだだけれど、私たちはたった今夫婦になったのだ。
嬉しそうに愛しそうに微笑む最愛の夫の表情に、皆がそれを祝ってくれる幸せに、私は胸がいっぱいになった。
「皆の者、静粛に」
たっぷりと間を置いて、国王陛下が、再び口を開いた。
「婚姻はこれにて成立したが、二人の結婚を披露する場が、いずれ設けられることだろう。祝いの言葉はその時に改めて伝えてやってくれ。――余にはまだ、発表せねばならぬことが残っておる。王太子ロレンツォよ」
「はい」
「そなたはとうに気がついておろう。そなたとマクファーソン侯爵家との婚約だが、実のところ、まだ継続しておる。――婚約当初と同じ形でな」
「やはり、そうでしたか。それを聞いて安心しました」
王太子殿下は、目尻を下げて柔らかく微笑んだ。
「王家からの公式発表では、王太子は『マクファーソン侯爵令嬢』と婚約を結んだ、と――そのように発表していた。セレスティア嬢がロレンツォの婚約者だと巷には知れ渡っているが、王家としては肯定も否定もしてこなかったはずだ。そうだな、王妃よ」
「ええ、仰せの通りですわ」
国王陛下が確認をすると、王妃殿下は首を縦に振った。
「全ては、セレスティア嬢とマクファーソン侯爵が広めた、出鱈目な噂に過ぎない。我が愚妹も、この件については明言はしていないはずだ。何故なら、王命による婚約の書面を変更するには、実の姉妹間の交換であっても幾重もの手続きが必要になる――愚妹もそれぐらいは理解していただろう」
王妹殿下は、マクファーソン侯爵と、元筆頭聖女セレス様に、完全に買収されてしまっていたらしい。
神官長様の後ろに隠れるようにして、うつむいている。
「つまり――」
王太子殿下は、ずっと側に佇んでいた使用人の女性をすぐ隣まで手招きすると、彼女がかけていた眼鏡をその手で外した。
眼鏡に隠れていた目元から、殿下を見つめていたのは、アメジストのような美しい紫色の瞳だ。
殿下は、そのまま彼女のかぶっていた使用人の頭巾も脱がせる。そちらからは、白銀色の艶やかな髪が、露わになった。
「――アリスティア……!?」
セレス様が、思わずと言った風に声を上げた。
アリスティアと呼ばれた女性は、王太子殿下の隣にぴったりと寄り添う。
その所作は、使用人のものではなく、由緒正しい高位貴族令嬢のそれだった。
王太子殿下も柔らかく微笑んで、彼女の腰を引き寄せる。
アリスティア様も、王太子殿下に微笑み返した。
「僕は、予定通りアリスと婚姻を結ぶことが出来るのですね?」
「うむ。アリスティア嬢と――そなたが望んだ愛する者と、幸せになりなさい。余も、王妃も、そなたの親として、そなたの幸福を望んでいる」
「これまで辛い思いをさせましたね、ロレン。上級ポーションの納品や筆頭聖女の存在は、貴族たちにとって、非常時の備えとして重要なものでしたから……機が熟すまで、はっきりと公式に否定することができず、申し訳なかったわ」
眉尻を下げる王妃様の様子から見るに、王家の方も、何とかしてセレス様の尻尾を掴みたかったのかもしれない。
それか、新たに上級ポーションを精製するほどの力を持つ聖女が現れるのを、待っていたのか。
どちらにせよ、王太子殿下も、ようやくセレス様の打った楔から解放されたということだ。
「皆の者、そういうわけだ。今ここに、王太子ロレンツォと、アリスティア・マクファーソン侯爵令嬢との婚約を、改めて発表する」
――こうして。
突如王宮で開かれることとなった大舞台の幕は、降りることとなった。
ザビニ商会とマクファーソン侯爵家、神殿、そして元筆頭聖女の不正。
新たな筆頭聖女誕生の知らせ。
王弟殿下の結婚、王太子殿下の正式な婚約発表。
どれか一つでも大ごとなのに、そんなニュースがいっぺんに齎されて、王宮勤めの貴族たちを中心に、王都は史上類を見ない大層な騒ぎとなったのである。




