エピローグ
俺は、洞窟から持ってきたダカット金貨を、定夫と航、に一枚ずつ渡した。優希の言う通り、あの奇跡のような夏の冒険の証として。
二人は今でも、その金貨を誰にも言えないお守りのように大切に持ち続けている。
こうして、俺が十二歳だった一九九八年の夏は幕を閉じた。
◇
修一さんが乗っていたボートの無惨な残骸は、ほどなくして笠島の荒々しい岩礁に打ち上げられて漂着した。
だが、修一さん自身は、とうとうどこからも見つからなかった。
航海を終えて鷗ヶ埼に戻ってきた父さんは、事件の顛末を聞いて絶句し、優希のお父さんと二人で、主を失った汐見堂へ飛んで行った。
二人は奥の居間で、桐箱の中に大切に保管されていた「若い頃の修一さんと、自分たちの少年時代の夏休み」を写した一枚の白黒写真を見つけ、人目もはばからずに号泣した。
父さんがあんなに声を上げて泣いたのを、俺は生まれて初めて見た。
「修一さんは……世間という名の怪物に呑み込まれてしまったんだな」
優希のお父さんはポツリと呟いた。
父さんも、優希のお父さんも、子供の頃からずっと、あの不器用で真っ直ぐな修一さんのことが本当に好きだったのだと思う。
◇
俺たちが中学に進学した最初の夏、この鴎ヶ埼を巨大な台風が直撃した。
猛烈な高潮と激しい雨により、白鴎丸が置かれていたあの崖の上が大きく崩落した。
白鴎丸は、そのまま海へと還っていった。
そして、あの宝へと続いていた海底洞窟の入り口も、膨大な土砂によって完全に押しつぶされ、二度と誰も辿り着けないように深く埋没した。
俺たちは思った。
白鴎丸は宝の番人としての役目を終え、俺たちの子供時代の思い出をたっぷりとその船倉に載せて、冒険の海へ旅立っていったのだと。
◇
夏帆さんは高校を卒業すると、単身ハワイへと渡った。
本格的にサーフィンを学び、インストラクターになるためだ。
鴎ヶ埼の駅前で、みんなで見送りをしていると、夏帆さんは、
「隆がお子様すぎて、あたし、隆が大人になるまで待てないしー」
なんておどけて言いながら、優希に近寄って何やら楽しそうに耳打ちした。
優希が顔を真っ赤にしてうつむいた瞬間、夏帆さんはいきなり俺の唇にちゅっとキスをした。
「あ、ああああっ!?」
優希が涙目になって叫ぶと、夏帆さんはニヒヒと悪戯っぽく笑った。
「お別れの挨拶だよぉ。あたしの夢はさ、いつかこの鳴浜の海岸に最高のサーフショップを開くことなんだ。絶対に来てよね!」
眩しい笑顔を残して、夏帆さんは旅立っていった。
◇
優希のおじいちゃんである源さんは、今でも現役の頑固な漁師だ。
相変わらず毎朝毎晩、愛船「大源丸」に乗って鴎ヶ埼の海へ出ている。
「おらだけでも漁師を続けないと、じいさまに申し訳ないずら」
そう語る源さんの今の夢は、将来生まれてくるひ孫を大源丸に乗せて、一人前の漁師に育てることらしい。
◇
それから季節が巡り、今年もこの町に強い「春一番」が吹き抜けた。
優希は無事に小田原から、私立の中学へと進学した。
「優希ちゃん、湘南女子大付属中学に進学したんだってさ。あいつ頭いいもんなぁ、すげえよな!」
ある日、定夫が心底感心したように言った。
「湘南付属ってさ、制服のブレザーもめちゃくちゃ可愛いじゃん? あいつに似合うと思うんだよなー」
「……えっ? そういえば湘南女子大付属って、女の子の学校だろ? なんで優希が……」
俺が本気で首をかしげると、定夫はまるで信じられないものを見るような目つきで、呆れ顔になった。
「はぁ!? 優希ちゃんは最初っから女の子だろ! まさかずっと男だと思ってた!?」
◇
その日の放課後、優希から久しぶりに電話がかかってきた。
『……昔、白鴎丸があった丘の上に来てくれると、嬉しいんだけど』
白鴎丸そのものは海へと還ってしまったけれど、あの場所に立っていた大きな一本の桜の木は、変わらずそこに立ち続けていた。
吹き荒れる春一番が、満開の桜の枝を優しく揺らす。
花びらが舞い散り、俺の中学の詰襟の肩に静かに落ちた。
かつて秘密基地があった場所。その桜吹雪の真下で――一人の「天使」が俺を待っていた。
優希は、紺色の可愛らしいブレザーの制服に身を包み、桜色に頬を染めていた。
少し伏し目がちに、恥ずかしそうにブレザーの裾をぎゅっと掴みながら、ちょっぴり不安そうな声で尋ねてくる。
「おにいちゃん……どう、かな……?」
「……優希」
俺はは言葉を失った。
桜の下に立つ優希は、
今まで知っていた"弟分"ではなかった。
「お前……! 女の格好、めちゃくちゃ似合うなぁ!」
ドカッ!
即座に、優希の鮮やかなパンチが俺の胸に飛んできた。
「ボクは、最初から女の子だ! いい加減気づけよ、バカおにいちゃん!」
ポカポカと胸を叩く優希に、俺は照れくささを隠しながら笑った。
「中学進学、おめでとう。……すごく、可愛いよ」
優希は、つぶらな瞳をさらに大きく見開き、それから舞い散る桜の花びらよりももっと真っ赤になってうつむいてしまった。
あの日、あの十二歳の夏、僕たちは海中の暗闇で失われた歴史の宝を見つけた。
けれど――本当にかけがえのない「本当の宝物」に気がついたのは、きっと、この瞬間だったのだと思う。
俺たちの、あの夏休みは終わった。
けれど、ここから始まる未来という冒険は、これからもずっと続いていく。
――大人になった優希は、今でも時々、愛おしそうに笑いながらあの夏の思い出を語り始める。
「パパはね……」。
(おわり)
【完結御礼】
最後まで『龍の眠る入江』をお読みいただき、本当にありがとうございました!
隆と優希、そして修一たちの夏の物語を無事に最後まで書ききることができたのは、ひとえに日々温かいアクセスや応援をくださった読者の皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。
【読者の皆様へのお願い】
本作は現在**「集英社小説大賞7」**に応募しております。
もし「面白かった」「二人の結末を見届けられてよかった」「夏の雰囲気が好きだった」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の**【評価(★★★★★)】や【ブックマーク登録】**で応援していただけますと、選考の大きな後押しとなり、大変励みになります!
改めまして、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました!
また次の物語でお会いできることを楽しみにしております。




