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サクラスイレンプロトタイプ  作者: 水沢里穂
記憶のない黒猫~
1/5

第一話 記憶のない黒猫

このプロトタイプの話は全三話です。三話以降もあるのですが、まとめなおしている小説の妨げにならない程度にあげていきます。

ちなみにこれは没になりました。頑張ったけど仕方ないです。なのでここで供養です。

時は半年遡る。



※※※



「ダダダ、ダーッシュ!!」


 ぜいぜい息を吐きながら、黒髪の少年キーツがようやく街の北門の検問に辿り着いた。


 ここはダーラの街。紡績ギルドフリージアの本拠地だ。


「おう、お疲れさん」

「フェサってば酷いよ!」


 門のところで待っていたのは、フェサと呼ばれた茶髪に長い三つ編みのしっぽがトレードマークの小柄な青年、フェサだ。


「おめー、アイツから逃げるの上手くなったなぁ」

「呑気に言ってる場合じゃない!フェサが元凶でしょーがっ!!」

「だっけ?」

「ボクはルーンが稼げるからオリンピア(武闘技祭典)に出たいの!ガルーダみたいなゴリラに鍛えてほしい訳じゃないの!!」

「お、強くなれっぞ!」

「ボク死んじゃうよっ!」


 笑顔のフェサと対照的にキーツは半べそだ。


 相手は世界最強の呼び名の高いガルーダだ。毎年行われる武の祭典オリンピアでは個人戦連続一位、傭兵ギルドデュエルはその名の通り武闘派集団の中で、そのトップのギルドマスター通称ギルマスという立場にいるのが今キーツを追っかけている男、ガルーダという男なのだ。


 更にいえば、キーツの所属はデュエルではない。目の前のフェサがギルマスを務めるフリージアだ。


 そもそもキーツは戦闘初心者だ。なのに、何故かキーツの特訓依頼がフェサからガルーダに向けて出された。


 最強男ガルーダのしごきは容赦ない。


 初日は日が昇る前から日暮れまでザルツ山の山中を走らされ、キーツは終わるとげーげー吐いた。


 次の日からは流石に12時に特訓終了と決められたが、それでもガルーダの特訓は大変だ。


 まずは追っかけっこ、追いつかれると拳骨だ。追いつかれまいとしても山の中には獣も魔獣も出る。エンカウントするとどうしても足が止まる。撃退するのはガルーダの役割だが、それでも並の魔獣相手なら瞬殺だ。すぐに真後ろに迫ってくる。


(どうせ走るなら……)


 もう逃げるしかない。


 ひたすら逃げるしかない。


 一応ゴールはあるのだ。所属ギルドの本拠地ダーラの街だ。


 そして次はガルーダにキーツのしごきを依頼した張本人フェサを探して、彼に泣きつく。フェサは数少ないガルーダの友達らしい。その彼に土下座謝罪して、依頼を取り下げてもらうほかない。


(なんでボクが!!)


 自分の記憶でもみんなの話でも、フェサはガルーダのような鬼ではなく、かなり温和な性格だ。


 拗ねることはある。だけど怒ることはめったにない。


 その彼が、何故かガルーダのような鬼にキーツのしごきを依頼した。


 確かに理由はアレコレある。


 この間の害獣グリーンドラゴン退治では、足をもつれさせて転んで危うく炎で焼かれるところだったし、それを助けてくれたのがギルマスのフェサだ。


 ギルメンがピンチの時は、率先してギルマスとしてフェサが助けてくれる。


 キーツだけが特別ではない。


 それ以外だと怒らせた記憶はないからこそ、今回彼から出された依頼の理由がわからないのだ。


 ちなみにフェサは拗ねることはあっても、怒るところは誰も見た事がないらしい。なのにその温厚なフェサが、鬼のガルーダに何故かキーツのしごきを依頼した。


(とりあえずスライディング土下座だ!ひたすら土下座して謝り倒そう!)


 キーツは心に決める。


 土下座は気にならない。それよりも今は、状況の打開だ。


 フェサは温和で人が良いのは本当だ。実際に下っ端の自分にも誰にでも優しいし、怒る事はほとんどない。謝り倒せば何とかなるかもしれない。


 だからここはまずダイビングからのスライディング土下座だ。


「ごめんなさいっ!」

「へっ?」

「なんか悪い事したんなら謝るから、ガルーダなんとかしてよっ!」

「なんとかっつったってよー」


 フェサは困ったようにため息ついた。そうすると彼の目尻が困ったように下がって、それが本人の人の良さを物語るのだろう。眉尻と一緒に綺麗に垂れ下がる。


「強くなんないと、オリンピア(武闘技祭典)でもそんなに稼ねーだろーが」

「『ほどほど強く』で良いの!ガチでやる訳じゃないの!」

「でもさ、おめーってば甘やかすととことん甘えっだろ?オレが鍛えても強くできねーし」

「フェサ強いじゃん!本っ当に甘えない!ちゃんとやるから、だからフェサが教えて!」


 その時だった。


「ほう……」


 二人の背後から、低い声が静かな怒りを携えて現れた。


「トンボに甘え中か……」

「お、ガルーダ。流石だなぁ」


 ゴチン。


 ガルーダの拳骨が落ちた。


 ただしキーツにではない。何故かフェサに落ちた。


「あったーっっ!!い、いてぇ……相、変わらずの、馬鹿、力……」

「トンボのくせに、ネコ飼おうとするからだ!」

「は、はは……」


 ネコとはキーツのあだなだ。


 キーツは記憶がない。彼を拾ってきたのが、このフリージアというギルドのギルドマスターであるフェサだ。


 彼は記憶のないキーツを迎え入れると、とりあえず世話を焼いてギルドに登録し、彼が生活していけるよう、下準備を全部整えてくれ、ギルド登録の保証人になってくれた。いわばキーツの今の状況の恩人だ。


「き・さ・ま・の依頼だからな」


 ガルーダが胸に手をかざすと、紫紺の宝石が現れた。マイルーンだ。主に身分証明や金銭の取引に使われる物で、入金に際しては『双方の同意』があって初めて行われる。


 そう。大事なのは『双方の同意』だ。だがフェサはガルーダの同意を得ずに、彼のマイルーンに『クロネコの特訓依頼料』の名目で一万ルーン勝手に入金した。勝手にだ。勝手に、である。


 一万ルーンはこの世界では破格の高額だ。何より商業通貨ではない。魔導通貨だ。


 この世界には魔導通貨と呼ばれる《ルーン》と、商業通貨である《ブル》がある。


 現時点では1ルーンが一万ブルで取引されているが、この相場も各ギルドの総本部にある取引所によって変わるし、個人間と取引によっても変わる。だがだいたいそんな物だ。


 ブルは野菜1個が150ブルぐらいか。生活に使うなどその程度のものだ。


 その普通の人間が使う商業通貨での一億ブルが、勝手にガルーダのマイルーンに入金されたのだから大問題だ。普通ならあり得ないし出来ない事だ。


 だがしかし、だ。あの時は、何故か『勝手に』ガルーダのマイルーンにフェサからルーンが支払われてしまったらしい。


 謎の入金音に気づいたガルーダがマイルーンを確認すると、巨額のルーンだ。履歴を見ると旧知のフェサだし、通信欄には『クロネコの特訓依頼料』との記載もある。


『貴様!何かしただろう!!』

『不正』


 ガルーダがダーラの街に来て、ギルドマスター室通称《ギルマス室》にいたフェサに怒鳴り込んだのは言うまでもないが、フェサはいつも通りこんな感じだ。


 怒り狂う彼の抗議をフェサが全部華麗に受け流してスルーしやがった。しかもものすごく華麗にだ。当然ここで一発目の拳骨だ。


『いーじゃんいーじゃん』


 フェサは軽い。なのに更に軽ーく言ってのけた。


『アイツ、鍛えればモノになりそーなんだよなー。しごくの得意じゃん』


 軽い。


 本当にめちゃくちゃ軽ーく彼は依頼して、結局拳骨は貰ったもののガルーダは依頼を飲まされたらしい。


 何故ならば返金出来なかったからである。


 あくまで『双方の合意』がないと決済されないのであって、普通はあり得ない事なのだ。しかもフェサが依頼した張本人だから返金は拒否。強引な入金手段はガルーダにはない。


『施しなど受けてたまるかぁっ!!』


 結局最後は、ガルーダが折れた。


 それでもガルーダからしたらフェサへの拳骨も謂れのない訳でもない。むしろ正当性がある。


 ギルマスはギルドのトップだから、本来とても忙しい。更に諸事情から他のギルドのギルドメンバーを特訓する事はない。あくまでガルーダとフェサの関係だから成り立っている取引で、これだって普通なら決して有り得ない事なのだ。


 今でも思い出して頭から湯気でも出そうな程怒っているガルーダはかなり怖い。そんな彼にフェサは恐る恐るといった風でそうっと問いかけた。


「やっぱ、怒ってっか?」

「当たり前だろう!」

「や、やっぱり……」

「ったく、貴様といい、あのクソネコといい……」

「けどよー」


 フェサがボソッと言った。


「あんまり怒っとハゲっぞ?」


 ゴチン。


 また拳骨が響いた。


「~~~!!」


 ガルーダは手が早い。


 いらん事言えばまず鉄拳が落ちる。フェサが他ギルドのギルドマスターだろうと関係ない。ふざけた事に対しては拳骨を落とすのがガルーダという男である。


「いった……っ~~っ!!」

「全くあのクソネコめ!剣術の稽古もせんと、逃げ足だけ早くなりおって!」

「いー事じゃん!」

「貴様はまだ拳骨足りんのか?」

「や、それはもういい。オレの頭壊れっから!」


 フェサは頭抑えて後退りした。もう完全に涙目だ。


 ガルーダの力は元々ものすごいものがある。これでも手加減してるのはわかっているが、それども見事なまでの鉄拳だ。数発も落ちてれば、涙目も当然だろう。


 今日既にガンガン殴られてるフェサはジリジリ後退りしながら、そうっと機嫌を伺うように言った。


「ってか、考えてもみろよ〜」


 彼はしゃがんだまま上目遣いで、チラチラとガルーダを見上げた。


「二週間だぜ?」

「ん?」

「二週間で一人で帰り着くようになったぜ?」

「ん、んん?」


 苦み走った顔だ。


 だがガルーダも頷いた。


「まぁな」


 言われればわかる。


『ガルーダから逃げる』というが、それは決して簡単なものではない事を。


 修行先のザルツ山には魔獣も出る。木や岩に擬態した魔獣だっている。完全な魔獣の巣窟だ。


 それをキーツはなるべくかわすか、倒す方が早い場合、迎撃してから逃げている。更に気配を消すのも上手くなり、魔獣に気付かれずにすり抜ける事も増えた。


 その彼の迎撃力。


 確かにそれはすごい。


 ガルーダもそこは一目置いている。


 彼はようやく怒りを抑えて、大きく息をついた。


「確かにヤツは混血のガラフ族にしては潜在能力は相当だ。貴様の見る目も間違ってはいない、だな?」

「だろ?」


 フェサが人を食ったような笑みを浮かべた。


 ガラフ族。


 この世界での《ハンパ者》という意味だ。


 だがハンパ者と言っても、決して能力的に使えないとかいう訳ではない。決まった証がハッキリ出るほどの純血の一族ではなかったというだけの事だ。


「仕方のない」


 ガルーダはため息をつくと、ジロリとフェサに凄んでみせた。


「いいか?『貴様の』依頼なんだ。都合の良い時だけアイツを甘やかそうとするなよ?わかってるのか?」

「わーってるよ」

「本当か?」

「本当だってば」


 フェサは頭を降ると、殴られたところを押さえながら、街の奥を指差した。


「だから言うけどよー」

「ん?」

「アイツいねーぞ」

「!!」


 既にキーツはその辺に居なかった。


 すばしっこいクロネコとは良く言ったものだ。もうその辺りにいない。


(流石フェサ!逃亡大成功です!!)


 怒り狂ってるガルーダを尻目にキーツは気配を殺してそろーりと逃げに入っていた。更にはフェサも後ろ手でヒラヒラ手を振ってくれてるから逃げて良いという事だし、ここは遠慮せずにフェサに任せて逃げるにかぎる。


 二人が会話している隙に、キーツはさっさとガルツ山の麓まで飛べるワープゾーンに逃亡していた。フェサはわかってて、ガルーダの目を引き付けておいてくれている。ならば気配を殺して音も殺して、しっかりキーツはその場から姿を消すのみだ。


 現在進行形のガールダとフェサのやり取りは、首から下げている《ライのペンダント》が音声で実況中。フェサが通信石の通信をオンにして、教えてくれている。


(ボク、ダッシュ!!)


 もうじきリミットの12時だ。それが終わればしごきも終わる。ようやくキーツの平穏な休憩タイムがやって来るのだ。



※※※



「はぁ、はぁ、はぁ………」

 という訳で、キーツは再度、ザルツ山を走っていた。


 街へはもう逃げられない。フェサをすり抜けて街に入り込むには、ガルーダの目が光っている。


 だからキーツに出来るのはUターンしかない。


 キーツはこっそり北門を再度潜り抜けて、北門からすぐに聳え立つザルツ山に戻った。元々の特訓終了時刻は正午。それまで逃げ切れればいい。


 ある程度走ったところでキーツは木に寄りかかると、ズルズル座り込んだ。もうかれこれトータル5時間は走ってるだろうか?これ以上走りたくもないし、太陽見ればそろそろリミットの筈だから、安心してもいい筈だ。


(やっぱりアレ、ゴリラだ)


 ガルーダの事だ。


 いや、頭は悪くないと思う。会話が成り立たない訳ではない。


 だがなんせ求める強さに容赦がない。


 そもそも彼は、オリンピア個人戦連続首位の、いわばバトルマスター中のバトルマスター。更に生真面目な性格でめちゃくちゃ怖い。


 初日ガルーダにしごかれたキーツは、早速逃げる算段に入った。剣術の訓練も容赦なくフルボッコ。ならば逃げるしかない。


 だがあのゴリラの脳みそは、意外にも結構よく回るのが厄介だ。


 二日目も三日目もキーツは逃げに逃げた。更には早朝も早朝、夜明け前からやってくる彼に見つからないように、立夏堂と呼ばれるアパートの自室にも帰らなくなって街中逃げた。ある日では、ガルーダから逃れるために閉店後の酒場に潜り込んで、テーブル下で隠れて寝ていた日もあった。だが起きてみたら、夜明けのガルツ山山頂。キーツの驚き様ったらない。


『何でボク、ここにいるの!?』

『始めるか!』

『なんで!?』

『煩い、始めるぞ』


 それからすぐに猛ダッシュだ。


 ガルーダは三分は待ってくれる。スピードにおいてもハンデはくれている訳だ。


 だが三分後から追っかけてくる。ハンデなどものともしない。


 ガルーダは強い。そして捕まったらボコボコにしごかれる。


 そんな状況で泣いてる暇などない。


 ただひたすら逃げるしかない。


(いい迷惑だよ!)


 そのガルーダにしごかれるキーツは涙目だ。


(大体魔法って何なの!?そーゆー時、使わないでよね!!)


 ガルーダ本人は、魔法は得意ではないからあまり使えない。だが使えない者の為に魔法を込めた《魔法札》というものがある。


 帰ってから聞いた話では、こっそり潜り込んだキーツが酒場の主人の朝の掃除に邪魔になったらしく、ガルーダに密告が入ったらしい。そしてそのガルーダは睡眠魔法イープノスが込められた魔法札イプスカリヤを使ってキーツ更にを深く眠らせて、そのまま肩に担いでガルツ山の山頂まで行ったそうだ。


 という訳で、依頼が取り下げられない限り、キーツに安寧の場所はない。キーツの居場所など、情報屋に金を握らせれば終わりだ。


(フェサなら優しいのに)


 拗ねたくもなるが、実際そうだ。


 フェサは本質的に穏やかで気がいい。彼のそういう性格を慕ってフリージアに入る者が後を立たないくらい、人望もある。だから教えるにしてもかなり優しい筈なのだ。


 それがいきなりガルーダに丸投げした。


(ボク、何した訳!?)


 あの温和なフェサを怒らせた覚えはない。


 ガルーダならわかる。オリンピアで金儲けしたいなんて言ったらものすごく怒る。


 そもそもオリンピアは公平を司る女神リーブラへ、その力と技量を示すべくやる神聖な儀式だ。金儲けの為にする事自体不謹慎という話ではあるのだが。


(みんな金儲けしてんじゃん)


 キーツの言いたいのはそこだ。


 最初はそうだったかもしれない。だが得られるルーンが有難いからこそ、みんな金儲けにしか考えていない訳で、なのに自分だけ何故こんなに厳しくされるのかわからない。


(フェサ何か怒ってんのかなぁ?)


 わからないから少し凹んでる。


 だけど今日みたいに助けてくれる日は助けてくれる。


 だから余計に彼の考えてる事がわからない。


 フェサはみんなの憧れだ。誰にでも優しくて愛されているフェサが、自分にだけ少し厳しい気がする。

 他の人間になら、彼はこんな事はしない。少なくともガルーダに特訓丸投げなんてしない。


 ガルーダの特訓は手加減知らない事でも有名らしい。なのに素人の自分をガルーダに丸投げした。


(フェサはなんで、ボクには自分で教えてくれないんだろ?)


 彼は武の祭典オリンピアでも屈指の実力者だ。だから教える事はできる筈なのに、それは拒絶して他の者には優しく教える。


(ちょっと凹む)


 彼はキーツをデュエルにでも追い出す気だろうか?面倒は見てくれたけど、フリージアに置いておけない理由でもあるのだろうか?


(デュエルかぁ)


 武闘派ギルドデュエルに行く自信はない。


 更に他のギルドに逃げ出すにも、あのフェサとガルーダの二人に目をつけられている自分を受け入れてくれるかは甚だ疑問だ。


 経済的に豊かなフリージアと、総合武力に秀でたデュエル。これら2つの巨大ギルドを敵に回してまで受け入れてくれるギルド。これは相当厳しい条件だ。というより、おそらく存在しないだろうという気がする。


 だから拗ねてても仕方ないといえば、仕方ない。それはわかってるし、オリンピアに出ても、強くないと意味ないのもわかってるのだ。


 それにキーツには、記憶がないのも負い目だ。


 素性が分からない。どこの誰ともわからず、家族だってわからない。


 そのキーツを見つけたのはフェサだったそうだ。彼は記憶のない自分を拾って身の回りの世話も焼いてくれた、いわば恩人というべき存在だ。


 だからその彼に嫌われるような事は、絶対にしたくない。


(落ち着いたら帰ろ)


 キーツは考える事を投げた。


 ガルーダはフェサから『歩くルールブック』と言われてるぐらい生真面目で、時間はキッチリ守ってくれる。


 朝の鍛錬は確かにかなり早い。


 だが必ず正午には終了する。理由はガルーダもギルマス業務があるからだ。


 それにキーツだって依頼をこなして日々の食事を稼がなければならない。


 だからどのみち正午には特訓終了なのだ。


(まぁ、フリージア自体はかなり裕福なギルドだけどね)


 キーツは本当は仕事しなくとも食べていけない訳でもない。ギルドが豊かで、恵まれないものにも施しがあるぐらいだからだ。


(ギルマス本人が人が良いもんね)


 キーツだって素性がしれない人間だ。


 自分ですら自分がどこのどいつかもわからないのに、それを黙って受け入れてくれたフェサは相当気がいい部類に入るだろう。


 不安で押しつぶされそうな時がない訳ではない。


 眠れない事だって良くある。


 だがこの数日はガルーダのしごきから逃れるのに必死で、その不安も忘れていた事を思い出した。


(フェサの事だから『忘れさせて』くれたのかな?)


 フェサの評判は、ともかくかなり良い。


 街やギルドじゅうの人気者だ。


『まぁ、素性でわかるのはガラフ族ってことぐらいか』


 その言葉を思い出して、ふとキーツは己の首元に手をやった。


 キーツはガラフ族として、首元に黒い文様がある。ガラフ族は混血を重ねた結果だから、文様の色は黒で、形は様々だ。昔の血族の純血に近い血筋だけが、《種族の証》と呼ばれる色鮮やかな決まった文様が色濃く出るようになっているらしい。


(これ、何を模ってるんだろうな?)


 つい辿ってしまうのは、これに触れて考えていると浮かんでくる声があるからだ。


『コイツの下、絶対おっきくて美味しそうと思うんだよね!』


 明るい声だ。


 感じる夏らしき日差し。


 照りつける太陽と、水面に浮かぶピンクの花。


 懐かしさでいっぱいになるその声は、一体誰の声だろう?


 ズキン。


(いたっ!)


 キーツは頭を押さえた。


 割れるような激しい頭痛。


 覚えがある。


(いつもの頭痛だ…で)


 そうだ。


 これはキーツが『何か思い出しかける時』に起こる頭痛だ。


 あの声は一体なんだろう?


(ボクは一体何者なんだろうか?)


 自分の過去が知りたい。


 家族はどうだっただろうか?


 友達はどうだっただろうか?


 頭痛なんかどうでもいい。


 過去を思い出したい。


 不安と寂しさで涙が出そうになる。


 その時だった。




 森の奥の方で水音がした。

X見ている方に「キーツとは?」と思われそうですが、一樹君です。最初はここから始まったのですが、冒頭の「半年ほどさかのぼる」を切り捨てて、半年後開始になったので、これが没になりました。

次回更新は手が空いてるときですね。三話まではサクサク進めたいですが、ガルーダ巻き込んでの女装話も早めに上げたいので悩みます。

女装話番外編はXメディア欄探せば出てきます。また番外編だけ同人誌にまとめているので、良ければどうぞ。

尚、ここにあげるのが初めてで、機能はまだわかってません。誤字脱字アラはスルーしてくださいませ!!

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