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第10話 黄金のシャハラト

第10話 黄金のシャハラト


 朝日が砂漠を黄金色へ染めていた。


 かつて死の大地と呼ばれたシャハラトには、今、巨大な水路が張り巡らされている。


 透明な水が陽光を反射し、風が吹くたび水面がきらきら揺れた。


 その横を、一台の魔法鉄道が滑るように走っていく。


 低い駆動音。


 蒸気ではなく、青白い魔力光を帯びた車輪。


 砂除け術式を刻んだ線路は、灼熱の砂嵐にも埋もれない。


「うわあぁぁっ!」


 子供たちが歓声を上げる。


「速ぇぇぇ!」


「見て! 次の便も来る!」


 駅舎は人で溢れていた。


 色鮮やかなローブ。


 温度調整布。


 防砂ケープ。


 かつてぼろ布しかなかった砂漠国家とは、まるで別世界だった。


 シャハラトは変わった。


 いや、生まれ変わったのだ。


「北区便、到着します!」


 鐘の音が響く。


 列車から降りてくるのは、疲れ切った人々だった。


 ルミナスから逃げてきた民たち。


 痩せた母親。


 やつれた老人。


 怯えた子供。


 皆、乾いた顔をしている。


 だが駅員たちは慣れた様子で迎えた。


「こちらへどうぞ!」


「水があります!」


「防砂服を配ります!」


 温かいスープの匂いが漂う。


 人々は泣きそうな顔で器を受け取っていた。


 白髪の老人が震える声で呟く。


「……水が、綺麗だ」


 その一言に、周囲が静かになる。


 ルミナスでは、もう清潔な水は贅沢だった。


 浴場も閉鎖され、水道は腐臭を放ち、人々は汚水を避けながら生きていた。


 その地獄から逃げ延びてきたのだ。


「大丈夫です」


 柔らかな声。


 駅員の少女が笑う。


「ここでは水は流れますから」


 老人はその場で泣き崩れた。


 その様子を、エルゼは高架通路から見つめていた。


 風が銀髪を揺らす。


 彼女の服は、もう灰色の作業服ではなかった。


 深い青を基調とした軽装ローブ。


 だが装飾だけではない。


 温度調整。


 防砂。


 防水。


 魔法繊維による長時間作業対応。


 機能性と美しさを両立させた、シャハラト式正装だった。


「また難しい顔してるな」


 隣へ並んだバドゥルが笑う。


 以前と変わらない砂色の外套姿。


 だが彼の背後には、巨大国家の王としての風格があった。


「人口増加速度が予測より早いんです」


 エルゼは地図を広げる。


「南区の排水路を拡張しないと衛生環境が――」


「ほんと仕事好きだなお前」


「好きというか必要なので」


 真顔で答えるエルゼに、バドゥルは吹き出した。


 眼下には巨大都市が広がっている。


 導水路。


 鉄道。


 市場。


 農業区画。


 新住宅地。


 緑地帯。


 全部、エルゼが設計した。


 砂漠の国だった場所に、今は人の暮らしが息づいている。


「陛下!」


 若い兵士が駆け寄ってくる。


「東部区画の導水接続完了しました!」


「死者は?」


「ゼロです!」


 歓声が上がる。


 バドゥルは満足そうに頷いた。


「よし」


 兵士は興奮気味に続ける。


「それと、各国使節団が視察希望を!」


「またか」


「“世界で最も美しい都市国家”って呼ばれてます!」


 エルゼは少し困った顔をした。


「……大げさです」


「事実だろ」


 バドゥルは街を見下ろす。


 砂漠の上を、水が流れている。


 色彩豊かな布が風に揺れている。


 人々が笑っている。


 死の国だったとは思えなかった。


 その時、背後から小さな声が聞こえた。


「あの……」


 振り返ると、一人の少女が立っていた。


 ルミナスから来た避難民らしい。


 痩せた体。


 けれど新しい防砂ローブを大事そうに抱えている。


「エルゼ様、ですか」


「はい」


 少女はおずおずとローブを見せた。


「これ……暖かいです」


 エルゼは微笑む。


「よかった」


「ルミナスでは、こんな服なかった」


 少女は布をぎゅっと握る。


「寒い夜も、砂嵐も怖くない」


 その声は、震えていた。


「……ありがとう」


 エルゼは一瞬、言葉を失う。


 昔の自分が浮かんだ。


 地下水路。


 泥だらけの手。


 誰にも見られない仕事。


 感謝されることなんて、ほとんどなかった。


 でも今は違う。


 作ったものが、人を守っている。


 ちゃんと届いている。


 少女が去った後、バドゥルがぽつりと言った。


「お前、変えたな」


「何をですか?」


「国を」


 エルゼは静かに街を見る。


 水路が光る。


 列車が走る。


 人々が行き交う。


 鮮やかな布が風を踊る。


 その全部が繋がっていた。


「……一人じゃ無理でした」


「でも最初に始めたのはお前だ」


 バドゥルは笑う。


「未来を設計する魔導士、だろ?」


 エルゼは少し照れたように目を伏せた。


 その時だった。


 遠くで汽笛が鳴る。


 新型魔法鉄道の出発合図だった。


 歓声が上がる。


 駅へ人々が集まっていく。


 子供たちが笑いながら走り抜ける。


 色鮮やかなローブが風に揺れた。


 赤。


 青。


 金。


 緑。


 砂しかなかった国に、今はこんなにも色がある。


 エルゼはそっと目を細めた。


 熱い風が吹く。


 けれど、もうその風は死の風じゃない。


 人の暮らしの匂いがした。


 水の匂いがした。


 生きている国の風だった。


 バドゥルが隣で笑う。


「さて、次はどこを作る?」


 エルゼは地図を開く。


 白紙の区画が、まだたくさん残っていた。


 彼女は静かにペンを走らせる。


「全部です」


「は?」


「この国の未来、全部作ります」


 一瞬の沈黙。


 そしてバドゥルは声を上げて笑った。


 その笑い声が、黄金の砂漠へどこまでも響いていった。


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