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お喋りな口紅  作者: はる
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20/20

最終話

「私を塗ると、あなたもお喋り上手に」



 捨てたはずなのに、まだ声が聞こえてくる。


 恐ろしくなって、夕夏はその場から逃げ出した。一刻も早くこの場を立ち去りたかった。


 夕夏は口紅から逃げるように、必死で走った。足から血が流れていたが、痛みは感じなかった。




 やっとの想いで家に辿り着き、夕夏は家の中にある口紅を全てゴミ袋に捨てた。自分でも驚くぐらいの量の口紅が家の中にはあった。


 最後のゴミ袋の口をしっかりと結んでいると、夕夏の携帯が鳴った。画面を見ると、母と表示されていた。


 懐かしい気持ちが湧き起こってきた。


 長い間、誰とも話していなかったような気がした。



「もしもし。あ、母ちゃん。うんうん。元気でやっとるよ。仕事も慣れたし、良くしてもらっとる。友達も出来たし、なんも心配なか。大丈夫。楽しくやっとる。うんうん。正月には帰るけん……」



 夕夏の目から涙が零れた。



「……母ちゃんの、お雑煮食べたか」



 夕夏の言葉に、『帰ってきたら、たんと食べればいいさ』と母が笑った。


 母に会いたいと思った。


 夕夏は泣きながら笑った。



 自分は何をしていたのだろう。


 どうして口紅を塗るだけで、生まれ変われるなどと思ったのだろう。


 これは全て自分の心の弱さが原因なのだ。




 久しぶりに熟睡できた。


 翌朝、目覚めた夕夏は、前向きな気持ちになっていた。鏡に映るスッピンの自分の顔を見つめた。



 悪くない。そう思えた。 


 私の人生はここから始まるのだ。



 テーブルの上には、昨夜書いた退職届が置かれてある。



 やり直すんだ。やり直せるはずだ。 



「私は、私らしく生きていけばいい」



 夕夏は、鏡の中の自分に話しかけた。顔を洗いタオルで拭き、鏡を見た。



「なんで?」



 夕夏の笑顔が恐怖に変わっていく。


 化粧をしていないのに、夕夏の唇は赤かった。まるで赤い口紅を塗ったみたいだった。


 夕夏は慌てて、タオルで口を拭った。なのに、口紅が取れない。夕夏は必死で、何度も何度も唇を拭った。


 唇が切れて血が流れたが、どうやっても口紅を取ることが出来ない。足元から恐怖が襲いかかってきた。



「いやー!」



 夕夏は悲鳴をあげた。


 鏡の中の、赤い唇が歪んでいく。




 どんよりした曇り空だった。


 線路わきのフェンス沿いを夕夏が歩いている。


 白いワンピース姿に裸足の足。長い髪は乱れ、不自然に赤い唇の夕夏が、どこを見ているのかわからない虚ろな目で歩いていた。


 夕夏の横を電車が通過した。


 その時、赤い口紅が笑ったように見えた。



 前から若い女性が歩いてくる。その女性は、見てはいけないものを見たかのように、夕夏から目を逸らした。


 夕夏とすれ違った時、女性が道に落ちている口紅に気づき、何気に拾った。


 女性は口紅のキャップを開け、中の色を見た。


 赤い口紅。



「綺麗……」



 女性は、魅せられたように、自分の唇に口紅を塗り始めた。


 赤い唇が歪んでいく。




                    おわり

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