第八話:議員と支援と名刺と
市役所の喫茶スペースに、鈴木圭一は先に座っていた。
グレーのスーツに小さな市章のピンバッジ。
地元ではそこそこ知られた三期目の議員だ。
「おう、大友くん。あのときの資料、今でも印象に残ってるよ。
で、なんだ?会社辞めたの?」
「いえ、今も勤めています。
ただ、地元で週末だけ、個人店の経営支援を少しだけ」
「……なるほどね。で、どう?面白い?」
「正直、今までよりずっと、手応えがあります」
大友の言葉に、鈴木は小さく笑った。
「それ、いちばん厄介なやつだな」
「俺さ、商工振興課の職員と話してるとき思ったんだよ。
“予算はあるのに、使い道がわからない”って」
「え?」
「たとえば、**“伴走型支援”とか“小規模店舗デジタル化補助”**とか、名前だけ立派なのに誰も申請してこない。
書類が煩雑で、要件も難しい。結局、何も起きない」
「……それは、確かに感じてました」
「だから、お前みたいなやつが“間”に入ってくれると助かるんだよ。
行政と、現場の人たちのあいだの翻訳者として」
大友は黙って、ノートに何かを書きとめた。
帰り道、会社からのチャット通知がスマホに届いた。
「来週の提案準備、日曜出勤でも間に合うかな?」
「前の案件も手離れてないし、少し優先順位整理しないと」
「外部活動、多すぎない?」
一瞬、手が止まる。
大友は、土日の支援活動を会社には明確に話していなかった。
副業禁止ではないが、黙認ベースの不文律がある。
家に帰ると、恵里が夕食の支度をしていた。
息子の湊は、保育園で書いた「まちのえ」を見せてくる。
「パパ、これ大友コーヒー!」
「……それはまだ店の名前じゃないぞ」
笑いながら、大友は少しだけ目を伏せた。
その夜、彼は手帳にふたつの円を書いた。
一つは、現在のコンサル会社の収益源とキャリアパス
もう一つは、地場支援のネットワークと未来の可能性
そして、交わる部分に、こう書き加えた。
「翻訳者としての役割」
「見えない価値を、言語化し、可視化する人間」
それは、自分自身の再定義だった。




