279 癖の強い新入生 04
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「少なくとも、ミカエル様は成功を目指して研究をしているのですよね?」
私は期待の眼差しを向けてくるミカエルに首を傾げて聞いた。
「それならば、成功する可能性はゼロではないでしょう?」
「ノア兄様はゼロだと思っているはずです。他の兄様たちだって、父上や母上だって、僕がやることは成功するはずないって思っているんです。性転換の魔法だって、可能性としてはゼロですよ?」
「確かに、性転換の魔法ができる確率は極めて低いでしょうね。でも、成功するかどうかはとことんやらなければわかりません。研究しているうちにできる可能性が少しずつ上がることだってあるでしょう」
作ってもらったら困るので、こういう話をするのもどうかとは思うけれど。
「成功する可能性が低いとわかっていることに挑戦する意欲自体が脅威とも言いますか……いや、その魔法を必要としている人ももしかするといるかもしれませんから、希望として捉える人もいるでしょう。でも、政治的な話をすると、魔法学園で作られるのは困ると言いますか……問題があるのです」
「では、魔法学園は退学して、リヒト様の元で研究を進めます!」
突然のミカエルの言葉に私は困惑した。
「……なぜ、私の元で研究を?」
「エラーレ王国のフェリックス様がリヒト様の元に身を寄せて研究をしていると聞きました!」
「それは、フェリックス様はその当時、匿う必要があったからです」
「でも、王位を継承した現在も実務を公爵家に任せてリヒト様の元で研究を続けていますよね?」
ミカエルはなぜこんなにもフェリックスの事情に詳しいのだろうか?
私がノアに視線を向けると、ノアが「申し訳ございません!」と頭を下げた。
「リヒト様の寛大さをつい兄弟たちに話してしまいました!」
フェリックスのことは仕方なく受け入れているだけで、別段、私が寛大なわけではないのだが……
「僕も、僕のことを信じてくれるリヒト様の元で研究がしたいです!」
ミカエルは両親も兄弟も自分がやることは失敗すると思っていると言っていた。
確かに、そのような人たちの元で研究を続けるのは辛いだろう……
いくら頑張っても誰も応援してくれず、認めてくれないなら、心の隙ができた瞬間に諦めてしまうかもしれない。
そう考えると、恵まれない環境で一つのことに集中して研究を進めていたフェリックスは本当にすごい。
「……ひとまずは、私やカルロに性転換の魔法を使おうという考えはやめてもらえますか? 私に魔法をかけて悪影響が出た場合、あらゆる報復があるかもしれませんし……そもそも魔法をかけられたくないので」
「報復……それを早く言ってくださいよ。僕、死ぬかもしれなかったじゃないですか」
いや、攻撃魔法じゃないにしても、望んでもいない魔法を一国の王子にかけたら報復があって当然だろう?
なんとなくミカエルは傍若無人で勝手に人に魔法をかけそうなタイプだと思っていたが、やはりその考えもあったようだ。
ちょっとそばに置くのは躊躇うタイプだ。
「しばらく、ミカエルの魔法の研究の方向性を見てから、どのような対応が適切なのかを決めましょう」
「では、魔塔の魔法使いによる強制送還はひと段落したと判断しても良さそうですね」
ライオスの言葉に私は頷く。
「僕、結構いい子をちゃんと演じられている自身があったのですが、先生たちに目をつけられていたんですか?」
「目をつけられるというよりは、興味深く見守られていたようですよ」
「そのまま強制送還してくれても良かったのですが……」
ノアがつぶやく。
これまで本当に弟に苦労させられてきたのだろう。
明日の朝、全校生徒を集めて企画の話をすることにして、その日の生徒会は解散となった。
「ミカエルは子供の頃の僕に見た目が少し似ていますよね?」
寮の部屋に戻ると、カルロが拗ねたようにそう言った。
ソファーに座る私の隣に座っているカルロの頬は少し膨れているようだ。
「リヒト様は小さい頃の僕をとても可愛がってくださいましたから、ミカエルのことも可愛く思えたのではないですか?」
カルロの言葉に私は少し考える。
確かに、サラサラの金髪や大きな瞳がカルロの幼い頃に似ていた。
年齢からするとミカエルはかなりの童顔だ。
「ミカエルが可愛く……ああ、そうか。カルロに似ていたということは、ミカエルは可愛い容姿をしているということだね」
「ミカエルのことを可愛いとは思わなかったのですか?」
私の様子にカルロが首を傾げた。
「ミカエルの容姿を見て私が思ったのはカルロに似ているなということだよ。それからはカルロの幼少期を思い出して、微笑ましくはなったけど、ミカエル自身が可愛いとは考えていなかった……でもそうか。カルロに似た容姿なのだから、ミカエルも可愛いということなんだ……」
言われてみればと、私はミカエルの姿を改めて思い出してみる。
私が思い出すミカエルの姿を打ち消そうと思ったのか、カルロが目の前で手を振った。
「ミカエルが可愛いというのは忘れてください!」
「嫉妬した結果墓穴を掘っているじゃないですか?」
ヘンリックが冷静にカルロにツッコミを入れている。
今日もカルロとヘンリックは仲良しだ。
「あの……」と、カルロはその目に迷いを見せながらも言う。
「もしも、リヒト様がお子を望むようでしたら、僕が性転換してリヒト様の子供を産むのでも構いません……」
ミカエルの研究が成功すれば確かにそういうことが可能になるのだろう。
「でも、リヒト様は姿が変わってしまったカルロを愛せるのでしょうか?」
ヘンリックの言葉にカルロが不安そうな眼差しを向けてきた。
確かに、前世の私の恋愛対象は同性だった。
しかし、それは実のところ、兄が自殺をし、その原因を知ってからのことだった。
それまでは自分の恋愛対象なんて意識したことがなく、恋などしたこともなかった。
思春期の間も、私は恋をせぬままに過ごしていたのだ。
しかし、兄の幼少期の環境を知ってから、私は女性に恐ろしさを感じ、母に似た雰囲気の人には嫌悪感を抱くようになった。
そして、兄に似た人を目で追い、憧れるようになっていた。
だから、自分は同性が好きなのだと思った。
しかし、今、カルロに女性になってもいいと言われても特に拒否感はない。
もちろん、カルロに女性になってほしいとは思わないが、女性になったカルロを想像してもそれはそれで可愛いと思えた。
私はカルロの頬に触れる。
「私はどうやらカルロがどんな姿になってもカルロのことが好きなようだ」
カルロの頬が赤くなる。
「僕も! 僕も、リヒト様がどんな姿になっても大好きです!」
「ありがとう。カルロ」
私がカルロに微笑むと、カルロも嬉しそうに微笑んだ。
見つめあって微笑む私とカルロだったが、お茶の用意をしてくれていたヘンリックがローテーブルにお茶の入ったカップをおき、そしてにこりと微笑んで私の顔に顔を近づけた。
「私も、どんなリヒト様も好きですから、ずっとおそばにおいてくださいね」
ヘンリックは相変わらず忠誠心がとても高いようだ。
私はヘンリックにも微笑みを返してお礼を言った。




