1-3.バルメラの部落(2)ライオブル城塞
2時間ほど走り続け、やがて黒く浮かび上がる城塞が見えてきた。
周りの風景は、ぽつぽつと岩肌や低草が目立つ。
アレンは、空に向かって甲高い指笛をならした。
二人の背後を飛んでいたライジンが速度を増し、二人を追い越し、黒い城塞の向こうへ飛び去った。
石積みの5、6メートルほどの高さの城壁がそびえ立ち、ところどころに見張りのための露台や、崩れかけた、彫刻の施された窓枠が張り出している。
アレンとロウが近づくと、入口の門に近い見張り台に人影が姿を見せた。
見張り台に灯されている松明の灯りが逆光になって、顔はよくみえない。
「ロウ爺とアレンじゃねぇか。今あけっからよ~」
と、手を触られ、こちらも手を振って合図した。
やがて巨大な門が、内側から2メートルほど開き、二人はラクダを進めた。
内側の門のすぐ脇で、マントを羽織った老人が歯車を動かして、再び門を閉じ始めた。
「なんだ、また何か珍しいもんでもみつけたか?」老人が二人に気安げに声をかけた。
二人とも片手をあげて、無言でそれに答えると、少し速度を落として、さらに歩みを進めた。
城壁内に開けられた入口は、高さ3メートル、長さ5メートルほどの石畳の通路になっている。その出口付近に、何者かがたたずんでいる影が逆光となって見えた。
アレンとロウはさらに歩みを遅くし、近づいて行った。
たたずむ人影は、やや歳は取っているものの、筋骨隆々とした立派な体格の背の高い男性で、二人を腕組して待っていた。
二人が近づくと、来ていたフードを頭から下し、月光に顔をさらした。
この部の族長「ライオネル様」だった。
「ライオネル様……! 起きてなさったのか?」 ロウが驚いて声を出す。
「ふふ、ライジンが教えに来たからな。」相手はまなざしを少し和らげ、二人を迎えた。
アレンはミークを抱いたまま、さっとラクダを降りると、軽くお辞儀をして挨拶した。
「夜遅くに、お呼び立てして申し訳ありません。」
「何があったのか、聞かせてもらおうか。」 ライオネルは親しげに、大きな手を二人の肩に回し、城壁の中へといざなった。
アレンは、このライオネル族長の現在生きている唯一の男児だ。族長の現在の妻は、生みの母ではない。ロウもまた、族長の兄弟だったか、従弟だったか、とにかく族長の血縁に当る人物であった。
そのまま、族長の私室に通された。部屋の入り口付近に、女長も静かに控えていた。アレンは族長ライオネル、ロウ、女長の三人を前に、やっとすっかりこの来訪者のことについて詳しく話すことができた。
この頃ミークの体はすっかり熱を出し、目覚める気配もなくぐったりとしていた。
アレンはフードごとそっと王の私室のカウチに横たえさせると、胸元からそっとビロードのポーチを出して見せた。
「これは、うちの部族の紋章?」ポーチに施された鷹の紋様を認め、ロウが問いかけるようにつぶやく。
ポシェットを逆さに振って、中の指輪と短刀をテーブルに転がす。
「! この短刀は……! たしかに、シーラ様の守り刀じゃ…」
ロウは短刀を手に取りしげしげと眺めた。
宝刀の束の部分……は銀色の金属製で、上部に藍色、若草色、空色の組み紐がまかれている。持ち手の部分には繊細な草木文様の彫刻が施され、小さな宝石が飾られている。束の底の部分に大きな青い石がはめ込まれ、その石を光で照らしてみると、宝石の裏側、はめ込まれている部分に「S.Barumera」という字が浮かび上がって見えた。
その場の全員がその刻印を確認した。
「この宝剣は、シーラがこの部族を去るときに私が与えたものに相違ない。」
ライオネル様はいとおしむように宝剣をなでると、ストールにくるまれていたミークの顔をそっとめくった。ロウと女長も一緒になって覗き込んだ。
「…シーラ様に瓜二つ、という感じではないですな…?」ロウが言った。
「まだ幼いかんじですね」
女長も感想を述べ、ミークの汗ばんだ顔をそっと拭って、前髪を指先でそっと整えてやった。
女長は、この部族の女性衆を統べるもので、族長の妻がその役目を負う。現在の妻はこのカイラ様のみで、アレンの育ての親にあたる。生みの母と育ての母が違っているのは、この時代当り前のことだ。
「……詳しいことはまだ何も聞いていない。」
アレンは言った。
翡翠の指輪も、石が大きく素晴らしい作りだった。石に透けて、台座に何やら文字が刻みつけられているようだが、この部族の文字ではないようで、読み取ることはできなかった。何やら不思議な力を持っているようにも感じたが、そのままポーチに戻した。
まずは、こいつがどのような身の上か確かめる必要がある。
その間は他の部民とあまり接触させない方がいいだろう。ロウの小屋なら、治療目的としてある程度の日数をごまかせる。
アレンの報告を聞き終わると、ロウは、3人の前でミークの背中を改め、羽の状態をざっとみた。
一方は完全に切り取られ、ろくに手当をされぬまま放置され、残ったもう一方の羽も健が半分近く切られており、腐りかけている状態だった。
「この様子を見ると、売られる前に、人買いから逃れたのは間違いないと思われます。
また、女性でもありますし……どういう経緯でこれらのものを手に入れ、さまよっていたのか明らかにしたいと思います。シーラ姉さまの知り合いであれば、シーラ様の現在の様子も知っているかもしれません。」アレンは、ライオネルに願い出た。
ライオネルは、ミークを頭を一撫ですると、
「焦るな。この子は、ロウの小屋にしばらく置く。ロウ、お前が預かり、責任をもって回復させよ。事情は、この子が回復してから、また3人が立ち会い聞いてみることにしよう。」
「併せて、ロウは、「羽のある人」について、なにか記録がないか、“本”を改めてみてくれ。」
「アレンは、ロウの家までこの子を運ぶ手伝いをしてやれ。明日は休むがいい。」
「承知いたしました。」ロウとアレンは、ともにライオネル様に頭を下げ、族長の私室を後にした。
城壁はおおよそ4km四方の領内をぐるりと囲むように連なる。
中は4階層となっており、部族員はその中に住まう。壁内の通路を通り、2人は再び1階に降り立ち、ラクダに騎乗した。
城門より、城壁内側の部分・中庭へ、石積みの舗装路がまっすぐ続き、その両脇にため池やわずかばかりの花が植えられていて、ちょっとした庭園のようになっている。
そこを抜けると、舗装路ではなく、ただの土の道となり、こじんまりとした砂地ベースの畑が広がるエリアとなる。
畑エリアの末端に十字に横切る道があるが、それを通り過ぎると、道は緩やかな登り道となり、果樹の木が脇に植えられている。
果樹の丘を登り切り、下りに差し掛かると草木がめっきり減って、砂が主な景色となる。砂地にポツンポツンと低木や、鉄くずが落ちていたりして、道幅も狭くなる。
城門からちょうど反対に当たる城壁が見え始め、道の終点、道と城壁がぶつかる位置に入り口よりは小さめの、再び重厚な門が見えてきた。その門は黒い鉄製で、何やら彫刻が施されていた。
その門よりやや離れた位置に、城壁に頼って立つような小さな小屋があった。二人は、ラクダの歩みを緩めつつ、その小屋の方へ鼻先を向けた。
つまりここがロウの住処だった。
小屋の周りには簡単な柵があり、その柵にラクダを繋ぐ。
ロウ爺は積み荷を、アレンはミークを抱えて歩き出す。
アレンは、さっさと、勝手知ったるロウの小屋の中に入り、ミークをそっとベットに横たえた。彼女は苦し気な息遣いをしていた。
自分より若い女の子をみるのは初めてだった。女はひ弱な生き物だと聞かされていたが、暴れるは短剣を振り回すは、とんだ野郎だ。
「俺ももう休む。こいつをよろしく頼む。」
「目覚めたら連絡するよ、お前さんもオアシスから帰ってきたばかりじゃ、明日はよく休みなされ。」
再びマントを身に着け、部屋から出ていく。
「そうするよ……おやすみ、ロウ。」
振り向かず、そのままラクダに跨りロウの小屋を後にする。
「おやすみ、アレン」
小屋の入口まで見送りに来てくれたロウの顔も、暗闇に沈んでよく見えなかった。