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第六十七話 蠢く者たち①

『先生が、消えたって……どういうことですかっ?!』


「今の人、コンビニの店長だって言ってた。

 駐車場に雨守クンの軽トラ、

 ヘッドライトついてエンジンかかってドアも開いたままで。

 そこにスマホだけが落ちてたんだって。

 警察に届けようとしてたとこだって!」


 渡瀬さんは早口に答えた。


『突然消えたようじゃな……。』


『私、行きます!』


「私もすぐ行くわ。」


 渡瀬さんは幻宗さんの前でパジャマを脱ぎ捨て着替え始める。幻宗さんは全く動じもしない。


『後代、儂も参ろう。』


『お願いします!!』


「場所は聞いたから。

 ここからだと、ん……飛ばしても一時間以上かかるかな。」


 腕時計を嵌めながら、そう呟くと渡瀬さんは顔をあげた。


「縁ちゃん? 落ち着いて! いいわね?」


 ゴクリ、と唾をのんだ。


『はい!!』



********************************



 県庁前に現れたのと同じように、私は一度、闇を通り抜ける。その間じっと横目で私を見つめる幻宗さんの目が光って見えた。

 でも幻宗さんは何もしゃべらない。


 不安な気持ちを、きっと見抜かれているはずだ。唇を噛む。私、冷静に行動しなきゃ!


 闇を抜け、月明かりが煌々と照らすコンビニの駐車場に飛び出した。すぐ目の前の先生の軽トラの影が、くっきりとアスファルトに落ちている。今はライトも消え、エンジンも切られていた。


 幻宗さんは軽トラの周りをぐるっと廻る。そして私の隣に立つと、落ち着いた口調だけど、鋭い目を私に向けた。


『後代。

 心して聞け。

 雨守は今、我らが隣にあって、この世におらぬ。』


『どういう意味ですか?!』


『あやつ、「闇」を起こしたようじゃ。それに飲まれた、と見るべきか。』


 前に幻宗さんから「闇」はいつも先生の隣にある……確かにそう聞いてるけど。


『どうして、そんなことに?』


『「闇」を起こさねばならぬ相手が現れたのであろう。

 自らも飲まれる他、打つ手がなかったとするならば、

 それは、あやつの力をも上回る敵!』


『幻宗さん!

 早く先生を助け出さないと!!』


『完全に「無」に帰る前にあやつを……あやつの魂を捕まえねばな。

 されど、そこには恐らく同じように敵もいるであろう。

 儂も参る!』


『はい!』


『だがこちらに戻るには「闇」の外にあって呼び戻す者が必要じゃ。』


 そうだわ! 前に幻宗さんが飲み込まれた時は先生が救い出したもの!!


『だが今は……。』


『渡瀬さんに?』


『いや。渡瀬殿では……。』


 渡瀬さんには、そんな力はきっとない……。いや、そんな当たり前のことじゃなくて、もう時間の猶予なんてないということ?


 幻宗さんが眉間に皺を寄せて悩むような顔なんて初めて見た。でも、幻宗さんはすぐ険しい目を虚空に向けた。


『後代。話はあとじゃ。下がれッ!!』


 幻宗さんはいきなり抜刀した!

 それは目では追えない速さだったけど、虚空に向けて二十メートルは一気に踏み込んだ幻宗さんの刀が、なにかとぶつかりあったように火花が。


 その瞬間、バンッ と音を上げ、コンビニだけでなく、近くの街路灯の明かりが次々と落ちた。コンビニにいた数人の客と店員が発したどよめきが。


 それだけじゃない。

 コンビニの前の車道を走っていた一台のトラックのヘッドライトが消え、まるで見えない壁にぶつかったようにタイヤを軋ませ止まった。


 中の若い運転手さん、シートベルトをしてなかったらフロントガラスからきっと飛び出していたはずだ。それくらいの衝撃が一瞬のうちに体にかかったんだもの。

 口からは ぶはっ と血が飛び散った。


 助けなきゃ……でも幻宗さんと何者かは今も戦っている。振るわれる刀が無数の光の弧を描き、空中で激しくぶつかり合うたびに火花と打ち合う音が響く。


 と、突然私に向けられたとんでもない殺気を感じ、私は思わず飛び退いた。


 次の瞬間、軽トラが バギンッ と二つに折れた!

 私がいた場所のアスファルトは、ボゴッ と半球状にえぐられた!!

 そんなことじゃ、私は何ともないけれど……。


 飛び散ったアスファルトの欠片がコンビニに!

 中の人が巻き添えにされてしまう!!


 とっさに私はその欠片の全てを空中に静止させる。そして殺気を感じた方向にまとめて弾き返す。少し離れた場所にあった、電柱ほどの高さにあったコンビニの看板が粉々に砕け散った。(こんなことをほんの一瞬のうちにやってしまった自分にもびっくりだけど。)


 きっと相手は人間じゃない。

 先生を襲った奴に違いない。 


『流石ね……生きていたら、ひとたまりもなかったわ。』


 欠片を叩きつけた先に、冷たく、良く透る声が響いた。


 看板があった鉄柱のてっぺんに立つように、闇から ヌッ と現れた人型のそれは、すらりとした若い女だった。

 それもセーラー服姿の高校生らしい幽霊!


 長い前髪が分かれた隙間から覗く切れ長の瞳に、うすら笑いを浮かべている。


『テゴワイ……ユダンシタライケナイ。』


 片言の日本語?

 今の声は幻宗さんと戦っていた奴に違いない。女の前に、割り込むように飛び込んできた。


 一瞬、私の距離感が狂ったのは、それが身長二メートルはある大きな体の男だったからだ。でもまだ幼さが感じられる甘いマスク。二十歳前くらいかな。角刈り金髪で、青い瞳……一目でわかる。外国人だ。だけど着てる服って、迷彩の入った軍服じゃない?!


 欠損した右肩を、大きなナイフを持った左手で押さえ、中空にいる。きっと幻宗さんに斬られたに違いない。


『そんなナリで。生意気ね。』


 女が蔑むように言う。と、私の横にも幻宗さんが!


 見上げると幻宗さんの顔には、額から右の頬にかけて大きな刀傷が。それに目もやられてるんじゃないの?!

 大きな身体がゆらっと揺れたかと思うと、幻宗さんが片膝を付けた!


『大丈夫ですかッ?! 目、見えますか?!』


『愚問じゃ。

 が、斯様かような手練れがいようとは。』 


 幻宗さんに、こんな傷を負わせるなんて……。


『あなた達、いったい何者なの?』


 私は鉄柱上の二人に向かって叫んだ。また、良く透る声が応じる。


『魂と引き換えに、亡者の願いを叶える者、と言えばいいかしらね。』


『願いだと?』


 幻宗さんの唸り声に、くすっと笑って女は答える。


『もう一度「生きたい」と、亡者なら誰しも願うでしょ?』


 男は青く、とても澄んだ瞳で私を見つめ返す。


『セイジャ二ナリカワルンダヨ。

 ボクラノモクテキノタメニ。

 ソレヲジャマスルモノハ、ケサナケレバナラナイ。』


 生者に憑依するってことね。そんなのは何度も見て来たけど……まさかそれを斡旋でもしてるっていうの?

 それに目的? 目的ってなんなの?


『あなた達が雨守先生を?!』


『同志が道連れにされたけど、始末できたわ。

 あんな「闇」なんか出して。

 自業自得よね。

 次は……あなたよ?』


 同志って……何人いるのよ?

 女はまた薄ら笑いを浮かべ、私をまっすぐ見下ろした。


『ココハ、ボクガ。』


『そう……じゃ、「来世」で。』


 そう言うと女は男の顎に指をかけ、男の顔を自分に向けると唇を重ねた。冷たい目を向ける女に対して、男は幸せそうな笑みまで浮かべて……。


 人の目の前でごく自然にって……なんなの! この人達?!


『あなたとは、また会いましょう。』


 そう言って、また薄ら笑いだけを向ける女に私は叫んだ。


『待ちなさいよ! あなたは誰なのよッ!!』


 答えもしない女が忽然と消えた後、男もすぐにその姿を霧のように散らした。きっと間合いを詰めてくる!


 身構えた私に幻宗さんが低く、小さく唸った。


『後代、往け。

 雨守が消えぬうちに!

 お主が願いさえすれば往ける!』


 幻宗さんは右腕を後ろに回し、空間で何かを掴みとるような仕草をした。

 するとそこに、『闇』が小さく姿を現した!

 これ、先生の『闇』だ!!


『でもそのお身体じゃ!』


 幻宗さんはニヤッと笑った。


『迎えてはやれぬかも知れぬ。すまぬ。』


『そんな弱気にならないでください!』


『二つ、覚えておくが良い。

 後代よ、ここに来る折り「闇」を通ったな?』


『はい……。』


 あれは先生の『闇』とは違う「闇」だった。吹き荒れるでもなかったけど、言いようのない不安に押しつぶされそうな「闇」だった。


『この夏、父母ちちははの元に帰ったであろう? その時は通ったか?』


『い……いいえ。』


『その違いが分かれば良い。往けッ!!』


 ドン と既に2ⅿ程の大きさになっていた『闇』に向かって突き飛ばされたように感じたと同時に、また刀がぶつかり合う音が背後に響く!


『幻宗さん! 二つ目って?!』


 我ながら間抜けなことを聞いてるッ。でもすぐに幻宗さんは叫び返してくれた。


『目に頼るでない!!』


『はい!!』


 返事だけはしたけど……どういうこと? でも今は、先生を助けなきゃ!


 私は雨守先生の『闇』に身を投じていた。



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