5、植物は好き……なのだけれども
今回は本当にとりとめなく書いております。
子どもの頃は植物が好きでした。もう、植物学者にでもなろうかと思うくらいには。
これはオオバコ、これはネジバナ、これはスズメノテッポウ。トウダイグサは見た目がユニークだけれど、毒草だからご用心。
多分、毎年春になると、祖父母が菜摘に連れて行ってくれたからだと思います。何故か、額田王の「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」の和歌や、雄略天皇の「籠もよ み籠もち ふくしもよ みぶくし持ち……」で始まる御製を暗誦させられるのですが、雄略天皇の御製はいつも必ず途中で間違えてしまい、あれから何十年も経った今でも、最後まで暗誦出来た試しがありません。
「天皇陛下が、女の子にお名前をきくお歌だね」
幼い頃、そう祖父に言うと、祖父は、いつものように、ふふっとも、くくっともつかない声で笑いました。
「そのお歌は、お嫁さんになってくださいという歌だよ」
それは大変。もし、あの時々テレビに映る天皇陛下にお会いしても、絶対に名前は言わないでおこうと思いました。
額田王の和歌も雄略天皇の御製も『万葉集』に収められていますが、祖父は『万葉集』が好きだったのでしょうか。祖父亡き今では、聞くすべもありません。
帰って来て図鑑を見ながら、この草があった、この花が咲いていた、と話をするのも楽しい時間でした。
柘榴も好き。ギリシャ神話で、ハデスがペルセポネに食べさせた話は怖いですが、あの緋色のフラメンコドレスのような花も、ガーネットのような実も、とても素敵だと思います。
ところが、小学生の頃、同級生にそう言ったら、馬鹿にするように言われました。「やだ、怖い。柘榴って血の味がするじゃない」と。
帰宅した私はさっそく祖父に言い付けました。
「柘榴って血の味なんてしないよね」
祖父は頷きました。
「口の中を切っても、柘榴の味はしないな」
テイカカズラも好きです。キョウチクトウの仲間で有毒ではあるのですが、あの白い可憐な花と、ジャスミンに似た甘くすっきりした香りも、名前の由来も含めて好き。学生の頃は国語便覧を見ながら「藤原定家よ、貴方は偉そうにそこに載っているけれど、私は貴方の秘密を知っているのだよ」と悪い笑みを浮かべていました。
今年の五月に連載していた小説の冒頭にもテイカカズラを出してしまったために、少しお休みを頂いている間、外に出るとあちらこちらからテイカカズラの香りがするので、早く小説の続きを書けとせっつかれている気分でした。それに、あの香りを嗅ぐと無性にジャスミンティーが飲みたくなるのです。何度ジャスミンティを淹れたことか。
今も少しモヤモヤしているのは、高校生の頃、校内でチョウセンアサガオの鉢植えを見つけたことです。
それもエンジェルトランペットのような華やかな品種ではなく、本当に小ぶりな鉢植え、しかも見つけたのは生物室ではなく……。
アネモネやオダマキ、水仙のような、部屋の彩りになる花ならともかく、あの白く飾り気のない花を、一体誰が持ち込んだのだろう……。
同じ棟の礼法室に出るという噂の幽霊よりも、私にはその鉢植え一つがとても怖かったのです。あの白い花が、底知れぬ悪意を秘めて微笑む幽霊のようで。
もし、誰かが悪戯で食べ物に混ぜてしまったら……?
幸い、私という怖がりで想像力たくましい(或いは妄想力かも)高校生一人の杞憂で済みましたが。
この季節の夕方になると、あの儚げで、それでいてどこか不穏な鉢植えの幽霊の姿が、ほんのりと思い出されることです。
もしも、あのお馴染みの、見た目は子ども頭脳は大人の名探偵の世界だったら、絶対に事件が起こっていたと思います。




