24 お金の在処
‘‘世の中ね、顔かお金かなのよ‘‘
これほど美しい回文を見たことはない。
俺はヘデラにはイケメンと呼ばれているし、手持ちに五百万マニーある。
この文章はまさに俺の為にある。
あれから十日たった。
人生で初めてタイマンを制したあの日から、なかなかに居心地がいい生活をしている。
アンスにごねて賞金の半分をもらえた。ただ内訳はアンスが半分、俺半分。ヘデラとサザンは一銭ももらってない。これは別に強要した訳ではなく、ヘデラは俺に全額あげ、サザンはいらないと一点張り。むしろこちらが折れた感じだ。
しかし! しかしだ! 生活水準は一切変わってない。
いつもの寝室でヘデラと一枚布団を共有し、アンスとサザンは居間で寝る。買ってくる食材は傷物でアンスは未だに出稼ぎに行っている。
それはなぜか……。答えは簡単。町のみんなの対応が明らかに変わっているからだ。
町の住人に会うたびに賞賛を浴びる。こんな生活、楽しくて仕方がないだろ。
だが相変わらず俺は過小評価されている。サフランを倒した時はなぜか俺が足を引っ張ったってことになってるし、今回のイレンとのタイマンもみんなで倒したことになってる。俺の思っているのとなんか違うが、まあいいだろう。
そして生活基盤が変わらないのは、もう一つ理由がある。
俺には夢が出来た。それは一軒家を買うことだ。
今の生活に不満がないと言えばウソになる。なぜなら一人の時間が少なすぎる。トイレぐらいしかない。だから一人になる時間が欲しいということだ。俺も溜まってきてるし。いろんな意味で……。
「ただいまー」
「お帰り。なんか心なしか酔って見えるな」
「まあ町のみんなを酔わせてるからね」
「うまくないぞ」
「それよりほかの二人は?」
「俺の為にご飯の材料を買うって言って出かけたよ」
「ヘデラは相変わらずだけど、サザンもあの件からあんたを気に入ってるみたいね。まあもともと君付けだったけど」
二人に愛させるって複雑だな。恋愛漫画だと必ず一人としか結ばれない。なかなか残酷な世界だな。
「時よアンス。お金は持ってるか?」
「またそれね。家を買いたいなら自分で貯めな」
「どうしても! お願い! アンスちゃん大好き!」
「せめて顔がりょけりゃね」
失敗。
「ただいまー。ハルトー。お仕置きねー」
「何もそんなに怒らなくても……。というかタイミング良すぎだろ。どうなってんだよ」
「聞いてたのね」
「あれ? サザンはどうした?」
玄関の外をのぞく。
「ありゃ。すぐそこにいるじゃん」
しかしサザンはポストに入っている一通の手紙を見ていた。
「どうしたんだ? サザン」
「これみて」
手紙だ。ラブレターだろうか。
真っ白の手紙の真ん中に赤の烙印が押されている。
そして手紙の端に小さく名前が刻まれていた。
「なになに。『アンス様とその御一行へ』か……。おい! アンス! 手紙だぞ」
「なによ。今忙しいのに……」
嘘を吐きながら俺のもっていた手紙を見た瞬間、声にもならない悲鳴を上げた。
「うるさいぞ! そんなに男が恋しいのか!」
「ハルト! これ本当に私宛!?」
「名前書いてるだろ」
「うそうそ……うそよ……」
「どうした? ラブレターか?」
「なにをどう見たらこれが恋文になるのよ! この烙印を見てみなさい!」
と、アンスは赤の烙印に指を差し俺に見せつける。
「これそんなにすごいの?」
「この烙印が押されてるから国からの手紙ってことよ!」
まじか! ……といっても分からん。
「国からの手紙ってことは……。あんたたち! ロクなことしたんじゃないでしょうね!」
「なんでそうなるんだよ」
「国からの連絡なんて大体犯罪関連よ! まったく余計な事を……」
「おい! 俺は何もしてないぞ! この十日間は引きこもっていた!」
アンスはサザンへと目を向ける。
「私もハルト君と同じ。やましいことは一切ない」
「てことは……」
「へ? 私? 私も何もしてないわよ! ハルトとずっといたもん」
「もうどういうことよ!」
「そういうアンスはどうなんどよ。やましいことはないのか? お前はずっと出稼ぎに行ってるし……」
「うるさい! 私はちょっとそういうお店に行っただけよ! 合法よ!」
ん? いまなんて……。
「中。見てみて。話はそれから」
サザンが開けろと全身で促す。が、俺はアンスの発言が気になる。そういうお店……? 合法……?
「分かったから、ちょっと待って……」
届いた手紙を慣れた手つきで開けている。
「なになに……」
何やら神妙な顔つきで読んでいる。しかしその顔の口角が段々と確実に上がっていた。
「なによアンス。女の子がしていい顔じゃないわよ」
「確かにきもいな。ヘデラより嫌な笑顔してるぞ」
こう言ってもアンスの耳には届いていない。
しばらくしてアンスが手紙から目を離し、ついに俺たちに目線を向けた。
「みなさーん! この手紙、なにか分かる?」
「知るか。というかその手紙、アンス宛と言っているが俺たちにも宛てられているだろ。ほら……御一行って……」
そう手紙に手を伸ばした時、アンスが鬼の形相でこちらを睨みつけ、俺の腕を手払いする。
「なにするの! これは私の宝なの! 返り血なんて浴びたその身でこの手紙に触らないでよ!」
このババアは何を言ってるんだよ。アンスこそ、そういうお店に行ってるって墓穴掘ったくせに……。
「ごめん。で、手紙の内容は?」
「知りたい? 知りたいか~。じゃあ教えてあげる」
ダメだ。アンスが嫌いになってきた。早くマズミさんに堕とされてしまえ。
「これね。国からの招待状だったの! しかもその相手は、なんとあの有名なメランジ様なのよ!」
「メランジ? 誰よそれ?」
「ヘデラ! 様をつけなさい! 国の王子になんて無礼なことを……」
なるほど。きっとアンスは国の王子とやらが好きなんだろう。まったく、メランジとか言うやつも罪なやつだな。
「明日はきっといい日になるに違いない!」
そう言ってアンスは手紙にキスをしながら家の中に入ってしまった。
「なんか……アンスもああ見えて疲れてるんだろう。今日はゆっくり寝させるか」
ふと目が覚めてしまった。まだ夜中だというのに……。しかし寝足りない感じはしないな。あれだ、たまにショートスリーパーの体質を得るあれに違いない。
目が覚めたのなら仕方ない。ちょっくら夜食でも食べるか。
しかしヘデラは相変わらず俺を抱き枕にしないと寝れないのかよ……。これもう病気だな。
「あああ……。どうしよう……。メランジ様から直接招待を……。もう! こんなことになるならそういうお店に行かなかったのに……!」
居間のほうからなにか聞こえてきた。
「メランジ様……メランジ様が私を知ってるなんて……! メランジ様が……私を……えへ、えへへへへへ……。あ、よだれ出ちゃった」
「アンスも起きてたのか……」
「ななな、なんでしょう! メランジ様……じゃなくてハルト!」
「隠さなくていいぞ。でだ、その手紙。見せてくれないか?」
「だからそんな汚い手で触らないでよ! せめて手袋して……」
「さっきから汚い汚いって……。お前だってそういうお店に行ってたよな!」
「は!? いいじゃない! 私だって年頃の女の子よ! これは汚くない! 気持ちは汚くない!」
アンスには申し訳ないが、ちょっと探るか。
「しかし店の人も大変だな~。お客相手に精一杯のサービスをしなきゃ、信用が落ちてしまうのだからな~」
「何がいいたいのよ」
「アンス、一つ言っておく。あんまり横暴な態度をよせよ。溜まっているとはいえ、自分だけが気持ちよくなるのは違うしな」
「は、はあああ!? 私そんなことしてないわよ! ちょっとお話しただけよ! それに相手も私といると楽しいって言ってくれてるし……!」
「本当に? マズミさんにこのこと言える?」
「本当よ! お話だけでそれ以上のことはしてない! ちょっとお酒飲んだだけ! あと、なんでマズミが出てくるのよ!」
「まあ落ち着け。このことを知っているのは幸いにも俺とお前だけ。マズミさんもさすがに知らないだろう……。ただ……」
「ただ……?」
「もしこのことをマズミさんにばらしてほしくなかったら……」
「なに? 脅しのつもり? 言っとくけど、私お金もってないから」
「え? なんで? 賞金は? 五百万は? 俺の一軒家は?」
「ないものはない。諦めな」
「まさかとは思うが……。そういうお店の人に貢いだのか……?」
「ま、まあちょっとだけ……かな?」
「ちなみに。アンスが家にいない時に、借用書が届いてだな……」
「それは嘘よ! 私五百万しか使ってないのに……!」
「え? まじ? 五百万も使ったの? それに『しか』って……」
「その反応ってことは……ああ! また墓穴掘った! ハルトの意地悪! クズ! 男に掘られとけ!」
「五百万……五百万も……。なんで十日そこらでその大金が溶かせるんだ! お前こそ菊門洗っとけよ!」
「ああああ! セクハラクズニート! 牢獄にぶち込まれて集団レ〇プされろおおお!」
「ハルト君。アンス。黙って。寝させて」
「「え……」」
「お、起こしちゃったのか、サザン」
「そうね……。起こしちゃったみたい……。ごめんサザン」
「二人ともお尻派なんだね」
「「ちがうわ!」」




