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識別No.0631_1  作者: 良木眞一郎
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 兵器開発室は隊舎と同じく軍事層にあったので、到着までそう時間はかからなかった。ちなみに、戦略部も格納庫も受講室もすべて同じ階層にあって、その階層に住む市民はそこで生活が完結するようになっている。下層の工廠層や食糧生産層などの市民と顔を合わせる機会はほぼない。

「そういえば、例の新型の名前が決まったよ。タイル型侵入個体だって」

「ふうん」

「次に現れたらどうするつもり?」

「戦術コンの言うとおりにするよ。もうそいつのデータは得たし、誰も慌てたりうかつに近づかなくて済む。さっさと後退して、ポインターの一斉射撃をすればいい」

「意外だなあ。リグは戦術コンのこと嫌いだと思っていたよ」

「戦術コンは優秀だよ。前も言ったように、優秀すぎるのが問題なんだ……あ、ここか」

 ユウが先に部屋に入る。

「すみません、ドクター。ちょっと相談があるんです」

 すると、部屋の奥にいた白衣の男が飛び上がった。振り向き、ユウとリグをにらみつける。年齢は初老といったところで、黒い髪とあごひげが印象的だった。伸ばした人差し指を神経質に上下させる。

「おどかすな。ノックぐらいしろ」

「自動ドアなのに」

 つぶやいたリグを見て、ドクターと呼ばれた男の表情が観察者のそれになる。

「ふうむ、お前が631か」

「お会いしたことありましたっけ」

「この都市でお前を知らんやつはいないだろうよ。戦術コンの支援もなしに一瞬で五体の侵入個体を撃破し、部下を救うために新型の侵入個体もろとも落下して、しかも撃破した上で生き残ったのだからな」

「そう聞くとなんだかすごいことをやったみたいだ」

 ユウは顔をしかめて額に手をあてる。

「君ってやつは……本当にわかっていないんだね。すごいことをしたんだよ」

「必死になってただけだからなあ」

「ふん。謙遜のつもりか? お前のことを生化学部の連中がなんて言ってるか知ってるか」

 途端にユウの顔色がさっと変わる。止めようとしたが遅かった。

「事故物品だ。冷凍保存前の記憶が残っといることを根拠に、蘇生時の神経処理に誤りがあったことは間違いないから、631の戦術開発能力は偶発的神経処理の産物だというのだ。ようするに、生化学部の連中はさじを投げた。無論GMSはそんな薄弱な根拠で調査を止めるほど愚かではないがな」

 リグは肩をすくめた。

「事故物品だろうがなんだろうが、僕はこうして生きているし、冷凍保存前の記憶が残っていることに感謝しています。戦術開発だって、本来みんなが持っているもので、戦術コンに頼りすぎたために忘れているだけだというのが僕の考えです」

「……なるほど。たしかに他の兵士とは毛色が違うようだ」

 リグは部屋を見回した。ホワイトボードといくつものディスプレイに操作卓。適当に置かれたいくつかの椅子と中央に机。小隊の部屋より広いのに、なぜか薄汚れた印象だった。

「ここが兵器開発室ですか?」

「そうだ」

「どんなことをしているんです?」

「開発と名がついているが、実際は兵器の改善や、動作原理不明の兵器の研究だ」

「失礼ですけど、あんまり成果は上がっていないみたいですね」

「そりゃそうだ。人手がないからな」

 それが地雷だったらしい。ドクターは両手を広げて意地の悪い笑みを浮かべた。

「見てみろ。ここで何人働いていると思う?」

 リグはディスプレイと椅子の数を数えた。ディスプレイは四つ。すべてオンライン。椅子は五つ。それに机の大きさも勘案して、リグは答えを出す。

「いま席を外しているだけで、四人くらいですか」

「ざーんねん。ハズレ。答えは私一人だ」

「一人!? 研究開発に!?」

 リグは思わずユウに顔を向ける。ユウは気の毒そうにうなずいただけだ。

「そうだ、一人だ! GMSと戦略部のウスラトンカチ……いや、失礼。とにかく、技術者適性のあるものは大気浄化装置や水循環施設、その他多くの装置の機能維持、改善に回される。仕方のないことだ。生存に必須だからな。それでも人手が足りているとは言えないのが現状だ。しかし兵器の研究開発を完全にやめるわけにはいかん。やめれば基本的な手法や考え方、つまりノウハウが失われるからだ。そこで奴らは私を選んだ。たった一人、この部屋に押し込んだんだ! やらないよりマシだからという理由でな!」

 初老の男が地団駄を踏む光景は、なかなかリグの心に訴えかけるものがあった。いまならユウがここに来たがらなかったわけがわかる。

「なんというか……お気の毒に」

「同情にしても、もっとマシな文句がいえんのか」

 唇をへの字に曲げたドクターはリグとユウの顔を見比べる。

「それで? 有名人たる631の隊長と副長が顔を揃えて、こんな場末に何の用だ。私は忙しい」

「その、リグの発案で新しい戦術開発を試みてまして。ただ実現可能性に自信が持てないのでその点と、開発の手法に関してドクターのご意見をいただきたいんです」

 ドクターは嫌そうな顔を作ろうとして、失敗した。新しい戦術、という言葉に興味を隠しきれていない。

「……手短にな」

「ホワイトボード、お借りしますよ」

 そしてリグはブリーフィングルームでしたのと同じ説明をした。ドクターは椅子に座り、じっと聞いていた。

 説明が終わると、ドクターは足で床をペタペタ叩きはじめる。きっかり十秒でそれを止めると、立ち上がってウロウロ歩きながら言った。

「大筋では問題ないと思う。だが、実際にやってみれば細かい問題が山ほど出てくるだろう。肝心なのは、そこであきらめないことだ。技術者はその優れた知的好奇心ゆえによく取り違えるが、研究とは調べ尽くすことで、開発とは目的を達成することだ。お前たちがするのは開発なのだから、余計な調査まで手を出さないように注意することだな」

 思ったよりまともな答えが返ってきたので、リグは感心した。GMSと戦略部が兵器開発室にドクター一人を選んだのは意地悪ではなく、人手がない状況でその優秀さを見込んだからだろう。

「ただ、その開発手法に一つだけ懸念がある。直線の精度と穴の間隔の調査だ。実物でやるだと? 飛行船は墜落すれば粉々になる。十分な大きさの外殻は一隻から十片も取れないだろう。試行回数は下手をすれば数百回になる。いったい何年かける気だ」

「そこなんです。その回数を減らしたい。なんとか効率的な検証方法はないでしょうか」

 ドクターは宙を睨んでからリグに視線を戻した。

「GMSを利用する」

「あの石頭をですか」

「うまい言い方だな。そうだ。この戦術はお前の言う通り、成功すれば効果は劇的だ。そこを強調すれば、GMSはその膨大な演算力をいくらか割いてくれるかもしれん。百分の一%でも回してもらえば最終的な検証には実物を使うにしても、アホのような回数のシミュレートをGMSに任せ短時間で終わらせることができる」

 そして、とドクターは続けた。

「それができなかったとしても、戦闘機のシミュレータがある。専用シミュレータでない以上、実際に戦闘機を操作しなきゃならんからクソ面倒だが、実物を用意しなきゃならん問題は回避できる。回収班を怒らせずにすむしな。そして重要なのは、GMSは全兵士に協力を求めることができる点だ。兵士はいま百名ほどだったか? 検証パターンを事前に作っておけば、お前たち四人でやるよりはるかに短時間で済むだろう」

 リグとユウは呆然と顔を見合わせてから、喜びの笑顔を交わした。

「おっしゃるとおりです。本当に助かりました」

「失礼ですが、ドクターって頭いいんですね」

「本当に失礼なやつだ。言えることは以上だ。さっさと出て行け。私は忙しい」

 リグとユウは口々に礼を言いながら部屋から出る。不安混じりだった来たときと違って、すっかり上機嫌になっていた。

「なんとかなりそうだね」

「ああ。これで目処が付いた。テオの様子を見に行こう。GMSに協力を要請するのはそれからだ」

「GMSに連絡するときは、文面を僕に見せてからにしてね」

「わかってるって」

 二人の足取りが軽くなった一方で、兵器開発室のドクターはリグの図が残されたホワイトボードを眺めていた。注意深くリグの説明を頭の中で繰り返す。

「……なるほど。GMSと戦略部が目を離さんわけだ」

 ひげに覆われた口元に笑みらしいものを浮かべると、ドクターは仕事に戻った。あとはもう自分とは関係ない。この試みが成功しようと失敗しようと、それは631のものなのだ。


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