プロローグ 夏の終わりに冬の名前を
玄関に置いてある全身鏡で身だしなみを整える。ドアを開けると、すぐ横の棚に数は多くないが、大小様々なサボテンが植わった鉢が置いてある。それらの様子を観察しながら水を補給してあげる。
球状と柱状のものを組み合わせた、お気に入りの寄せ植え鉢の世話をすると、つい口元が緩む。最初は一人暮らしの暇つぶしで始めた趣味だったが、いつの間にか一つひとつに思い出が染みついていた。
スマホのアラームが鳴る。遅刻をしないように、あらかじめセットしていたものだ。
そろそろ時間だ。彼女との待ち合わせ場所に行こう。
空を見上げると積乱雲が一面を覆っていた。そろそろ秋の気温になって欲しい時期だが、相変わらず日中の残暑は厳しい。予定よりも早く集合場所に到着した俺は、暑さに勝てず駅構内のコンビニの前でペットボトルのお茶を飲むことにした。
「早く冬、来てくれないかな…」
暑い季節より寒い季節が好きな俺にとって夏は一番生きづらい季節だ。汗は不愉快だし暑い。
「呼びました?夕陽くん?」
ペットボトルを飲み干そうと上に上げながら飲もうとしたとき、雪のように透き通る声に話しかけられる。勢い余ってむせてしまい、咳き込みながら後ろを向くと白いワンピースを着た黒髪の女性がニコニコしながら立っていた。
「冬香、早かったね。まだ10分前だよ」
「夕陽くんはもっと早く来てるじゃないですか。それより、さっき私の名前呼びましたか?」
満面の笑みを見せてくれる彼女——八木坂 冬香は人目も気にせず、隠しきれない喜びをハグという形で示してくれる。
「冬香のことを言ってたわけじゃないけど……でもそうだね、俺にとってはどっちも大好きな名前だから同じかも」
大好きな名前と言われて「んふふ~」と照れる彼女の頭を優しく撫でながら、雪のように白い肌を眺めつつ答える。
「えー私のことじゃないんですか?冬って愛称で呼んでくれたのかと思って嬉しかったのに……損した気分です」
口を尖らせて不機嫌を演出する彼女の姿と態度がとても可愛らしくて、両手で抱き寄せる。
「今の顔、可愛かった。うん、愛称で呼ぶのはもう少し後にしようかな」
「え!なんでそうなるの!?ねぇ冬って呼んでください~」
「冬香の可愛い顔をまたみたいからね。もったいなくて簡単に呼べないな~」
「えーひどい、私は夕陽くんに冬って呼ばれたいのに……」
「わかったわかった。じゃあ、行こうか……冬」
「うんっ!」
夏の日差しを彼女の白い肌が反射してより一層、綺麗に見えた。それはまるで冬の日光を乱反射させて綺麗に輝く雪のように。そして、それとは対照的に夏の太陽のように輝く笑顔のギャップが俺の心を掴んで離さない。
はしゃぐ後姿が、ただ愛おしい。
白くて綺麗な太陽。
俺がずっと欲しくて仕方なかった、冬の光。




