01.
「その、なんだ……、誤解をしないでほしいのだが……」
虹蓮国の最も高貴な存在であるはずの男が、気まずげに跪く相手から視線を逸らす。
「余は、愛し子たるそなたを娘のように思っておる」
「はい、存じ上げております。陛下」
皙華は、あえて卑下せず肯いた。物心つく前に親元を離されたことを不憫に思い、実子たちと同様に目をかけてくれていた。王子・王女らも妹のように接してくれている。王族のあたたかさに皙華も親しみを覚えていた。
だから、自分のために心を痛める親代わりといえる存在に苦笑を零す。
「このままそなたの加護を腐らせるには惜しいと思って、決してそなたを冷遇しようとは……」
「陛下の温情、嬉しく存じます」
「遠方に、砂漠化が進んでいる国があってな。エンフォイの地であれば、そなたの加護も活かせよう」
「私がエンフォイへ嫁ぐことで、太陽神のディーレクタを迎えられるのであれば、喜んで。虹蓮のためとなるならば、この身を捧げましょう」
水源豊かな虹蓮国のディーレクタ、皙華は水神からの寵愛を受けている。
神職の者と異なり、敬虔さや修行を積まなくとも、その寵愛ゆえに祈ればかならず神が応えてくれる。それが愛し子たるディーレクタだ。国に一人いるかどうかの稀少な存在のため、寵愛を受けている時点で国から大事にされる。
ただ、その祈りは万能ではなく促進の効果のみ。水源豊かゆえに、雨期には水害に遭う地域もある虹蓮国では、皙華は祈ってはならないディーレクタだった。
生国では無用の長物の皙華も砂漠化が進み雨を求めるエンフォイ皇国からは求められた。エンフォイにもディーレクタがおり、皇女の一人だ。彼女は太陽神の寵愛を受けている。彼女の祈りは晴れを呼ぶ。つまりは、虹蓮を悩ませる水害を防げるのだ。
雨を求めるエンフォイ、晴れを求める虹蓮。双方が相手の国が求める加護をもつディーレクタを差し出せる状況であった。これを逃す手はない。
それでも悩んでくれた親代わりの国王に、皙華は報いたかった。
「そなたにまで政を手伝わせて、余は不甲斐ない王だ」
王族ではない皙華まで政治の道具とすることは避けたかった彼は、物憂げに瞼を伏せる。
「陛下の一助になれるなんて、身に余る光栄です。どうかそのようなことはおっしゃらず、笑顔で見送ってくださいませ」
近年、集中豪雨に遭い土砂崩れで潰れた村や、洪水被害の傷痕がいまだ残る町がある。数年前に潰れた村にいたっては山奥にある小さい村だったために救助が間に合わず、生き残ったのは子供一人だけ。そんな被害状況に胸を痛め、涙する王をみてきた。皙華は、これ以上、親代わりの彼が憂えることのないよう何度願ったか。
「そうよの。慶事には変わりない。そなたの花嫁姿を見れぬことだけが悔やまれる」
祝言は嫁ぎ先のエンフォイで挙げることとなっている。彼の国の流儀と婚礼衣装はどのようなものなのだろう。文献でかじった情報だけでは皙華はうまく想像ができない。だが、親代わりの彼は、ありありと想像できるようだ。目の前の皙華に、浮かべた婚礼衣装を重ねて眩しげに目を細める。
「そうです、私もお姫様になるんですよ? これからは兄様や姉様たちにくだけた話し方だってできるようになります」
「ならば、まずは余を父と呼んでくれまいか。皙華」
皙華がおどけると、そんな懇願が返った。家族同然の扱いであっても、身分を弁えねばと、皙華は頑なだった。厚遇であったからこそ、迷惑をかけてはいけないと思っていた。だが、その態度が目の前の彼を寂しがらせていたのだと、今さら知る。
躊躇いに、何度か口が泳ぐ。それでも、胸元にあてた掌を緊張ごと握りこみ、最後の挨拶を告げた。
「いってきます。父様」
「ああ、いっておいで。そなたの伴侶がろくでもない男だったら、いつでも帰ってくるといい」
異国の者となっても故郷に帰ってきてもいいのだと、父の言葉に、皙華は胸を熱くしながら微笑み返した。笑ってほしいと乞うたのは自分なのだから、ここで泣いてはいけない。与えられた熱の分だけ涙腺がゆるみそうになったが、堪え笑う。
エンフォイへは、どんなに急いでも最低半月はかかる。ふたたび虹蓮の地を踏むことは難しいと、承知のうえで皙華は父とそんな挨拶を交わしたのだった。





