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いつか君と出会えたら  作者: 川崎 春


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ミィナ

 物心がついたときには、よく分からない言葉を読み書きさせられていた。

 何故か、柔らかい声がその言葉を発音しているような気がして、それを必死に覚えた。

『魂の片割れの魔法があれば、約束した相手と会えるそうだ』

 祖父がそう言うから、契約魔法の先に、魂の片割れがいる。そう信じた。人の言葉ではない。魔法の言葉。あの頃は、古代魔法が好きだった。


 そんな夢見がちな時代は唐突に終わりを迎えた。


 弟が『声なんて聞こえないよ!』と泣いた日、家族が壊れてしまった。父は家に帰ってこなくなり、母は一族から不貞を疑われて心を病んだ。そして……弟は暗い表情で部屋に引きこもった。


 一緒に学んでいたエルドは、過労で倒れた父親の代わりに城に行かねばならなくなった。

『俺とお前の聞いている声が同じだったら、契約した人は魂の片割れじゃねぇよ』

 冷めた目でそう言って去っていくエルドは、まだ十四歳だった。エルドは、祖母と母親を養わなくてはならなかったのだ。


 私もそのときがやってくる。そう思い始めると、怖くて仕方なかった。だから魂の片割れの魔法に縋った。どこかにいる片割れに出会えたなら、きっとこの不安も苦しみも無くなると……そう思わなければ逃げ出してしまいそうだった。


 そして十八歳で父と交代することになった。

『あいつが先に不貞を犯したのが悪い。今日からティナ、お前が当主だ。俺は平民になる』

 父はエーダの家に戻らず、交代の際の退職金を持って恋仲になったというメイドの家に去って行った。


 弟は、普通の学校に通わなくてはならない。古代魔法が使えないからだ。

 だからアテにしていた退職金がなくなってしまったことに焦りを感じ、エルドを訪ねた。

 彼はため息を吐くと言った。

『お前の弟は、平民として職人に弟子入りさせた方がいいんじゃないのか?』

『そんな……エーダ家は由緒正しい貴族の家よ』

『貴族と言う名で縛って、学も与えないで死ぬまで使い潰すのが目的の家なんて、平民の方がマシだ!』

 エルドの剣幕に、私はただただ驚くばかりだった。

『いいか、あいつは不義の子だ。それでいいんだ。とっとと除籍しろ』

 私はエルドの助言を無視してしまった。彼の言葉の真意が分からなかったのだ。


 結局、無理をして貴族の寄宿学校に入れた。私たちは既に壊れて元に戻らない。だったら一緒にいない方がいいと思ったからだ。想像以上にお金がかかり、私は給料の前借をすることになった。

『たかがランプの整備程度で……いい御身分だな』

 城の総務課に申請に行くと、そんな嫌味を言われた。

 そこで初めて……古代魔法の使える特別な一族だと信じていたことが、まやかしだったと気付いた。

 城で見聞きするうちに、気づいた。古代魔法以外に何も分からないこと、学校に通っていないから計算ができないこと、給料が相場よりも高いのか安いのかすらも判別できないこと。


 弟からくる手紙には、たまに意味の分からない言葉が含まれている。当たり障りのない返事をしている内に、返事をするのが辛くなっていく。


 エルドの言葉が、心に黒い染みとなって広がっていった。


『城の魔法は、長くはもたねぇ』

 城で偶然出会ったエルドがそう言った。感じてはいたが、ずっと目を背けていたことだ。

 それなのに、エルドの目には興奮と喜びがあった。

『私たち、この仕事以外に何もできないのよ?どうして嬉しそうなの?』

 エルドは言った。

『クソみたいな仕事しかできないまま死ぬよりマシだ』

 私はエルドとは違う。そんな風に前向きに考えることなどできなかった。分からないことが怖い。でもどこから学べばいいのかも分からない。とにかく怖かった。

『私は、最後まで諦めないわ。……契約した人を探す。魂の片割れだもの!』

 エルドは、一瞬目を見開いた後、すぐに背を向けた。

『勝手にしろ』

 背を向けるときに見えた表情は……哀れみだった。


 そして……弟が城にやってきた。

『姉さん、家督は俺が継いで爵位を返上する』

 弟の言葉に絶句する。

『そんな……お父様と同じだけのお給料をもらっているのよ。どうしてそんなことを言うの?』

『給料が、何十年もそのままだなんておかしいだろう!』

 弟は、悲しみと怒りの混ざった表情で、私を見てから言った。

『とにかく……俺が借金がないように片付けるから姉さんは好きにしていいよ』

 エーダ家の一族は子供を学校に通わせない。だから給料は安く見積もられ、そのままにされていたのだと……後で知った。

 書類が送られてきたのでサインすると、弟が当主になり、お給料が以前よりも沢山になった。そして……総務で私に対応していた人は、いなくなっていた。


 それでも父はいなくなったままだし、エーダの一族では弟が爵位を返上することを乗っ取って没落させる復讐だと言ってくる人もいて……当主をなぜ譲ったのかと責めてくる。

 昼はそんな人が訪ねてくるし、夜には仕事がある。私とマリアナは、ただ今に縋っていた。 


 そんなある日、深夜の廊下で男性とすれ違った。いつも何かがあると思っていた。それは……この男性だったのだと分かった。彼の行く先は医務室だ。当直の医者だと分かった。


 契約相手は分からないまま、魔法は壊れてしまう。……彼が魂の片割れだったら?

 突然、未来が開けた気がした。仕事を失い、爵位を失っても、何とかなるんじゃないか。しかし、契約相手が魂の片割れだったら、裏切りだ。


 揺れながら日々を過ごしている内に、設備管理局の役人が私を訪ねてくるようになった。

 最初の役人は酷かった。分かっている現実を突きつけてくるだけだったから拒否するのは容易かった。


 しかし次の役人は、突っぱねるのが辛かった。

 わざわざ私の仕事を見にきた。分かろうとしてくれた。彼女からは善意しか感じなかった。

 本当はすぐにでも辞めさせたかっただろうに、それをしないで待つように城の偉い人に掛け合ってくれたのだ。

 しかし、壊れてしまう未来は変えられそうになかった。追い詰められた私は、契約者はあの医者で、彼に告白すれば設備が蘇ると考えるようになっていった。


 だから、思い切って声をかけたのだ。

 そして……私たちは、妖精族の女王の体から魔力を奪い続けて今まで仕事にしていたのだと知ることになった。何も覚えていない女王の魂は、あの優しい役人の中にあるのだと。


 先祖の行いも恥知らずだったが、私の行いも酷かった。私はすぐに仕事を辞めた。管理局の局長は驚いていたが、ただ嬉しそうにしていただけで、なにも問われなかった。

 彼女に会って謝罪するべきだったが、耐えられずにマリアナに手紙を預けた。 

 そして……逃げるように実家に戻った。


「お帰り、姉さん」

 弟は、帰ってきた私を抱きしめた。私よりもずっと背が高く、たくましくなった弟。

「ずっと頑張ってくれて……ありがとう」

 そう告げられると、自然に涙が溢れ出た。

 私には、もう百合の魔道ランプはないけれど、この子はこんなに立派になった。

 それだけで……心が静かに満たされていく。


 私のしたことは、無駄ではなかった。

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