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いつか君と出会えたら  作者: 川崎 春


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3

ロンディス視点になります。

 この地にかつて暮らしていたのは、人と似た姿をしていても違うものだった。食べることも、寝ることも必要としない。血は青い魔力で、不老不死だったのだ。

 人はこの地にやってきて、彼らに契約を持ちかけた。彼らの中だけで巡っている青い魔力の輪に、人を加えるというものだ。彼らはそれを了承した。


 人は、その恩恵にあずかる許可が欲しかった。彼らは優しさから、魔力を分け与えてやろうとした。

 それだけだったのだ。


 対等な立場で交遊する者もいた半面、助けを求めるだけで、口先だけの感謝のみで済ませる者も多くいた。

 そんな彼らの受け皿となっていたのがティターニアだった。私に匹敵する魔力を、ティターニアは惜しみなく与えた。ティターニアは見返りを求めなかったのだ。


 優しいティターニア。私の妻。人の欲を叶えるために数百の契約をした彼女の魂は、体から離れかけていた。

「今すぐあいつらを根絶やしにする。だから……だから逝かないでくれ」

 別れなど、考えたことがなかった。憎しみも……人と出会って知った。

「そんな風におっしゃらないで。私、花になってみたかったのよ」

 醜い感情を拒絶した彼女は、その元凶である体を捨てようとしているのだ。

「だったら、私も一緒に花になろう」

「オベロンには鷹や鷲が似合うわ。綺麗に咲くから見ていて下さいな」

「それでは一緒にいられない。話すことも抱きしめることもできない」

 ティターニアは、小さく笑う。

「だったら、約束をしましょう。また会えるように」


 人の赤い血に宿る魔力と青い魔力は互いの力を打ち消し合う。豊富な青い血も契約の元、際限なく搾取されていけば、終わるときがやってくる。妖精……。そんな名前の種族はそうして終わりを迎えた。


 人の歴史は都合の悪いことを隠すものだ。今では、真実を知るのは私だけになってしまった。


『あなたは、私の魂の片割れではありませんか?』

 ミィナがそう言って声をかけてきたのは、ほんの数日前のことだ。

『城で、あなたがいる場所はいつも感じていました』

 幾度となく言われた言葉だ。シャミーは、顔が綺麗だからモテていると思い込んでいたが、妖精の力を残している私を、契約者の血筋が敏感に感じているだけだ。

 かつてオベロンと呼ばれた妖精の記憶。それは私の中にある。


 勘違いした契約者は女ばかりだった。そして……シャミーに目を向ける。契約枯れで古代魔法を使えなくなった、没落貴族の娘。憎むには手ごろだったのだろう。私が彼女を手放さないから、誘拐、暗殺、暴行未遂……。多くの事件に巻き込まれることになった。

『ロンディスは綺麗だから。……私では釣り合わないんだよ』

 そう言って距離を置こうとする彼女を引き留め、結婚するまでどれほどの苦労をしたか。フォルカード家に生まれていなかったら守り切れなかっただろう。


 ようやく結婚にこぎつけたのに、また同じことが起こるとは思ってもみなかった。


 俯いているミィナとマリアナに私は続けた。

「契約枯れは、契約した妖精が人に生まれ変わることで終わる」

「!」

 ミィナが顔を上げてこちらを見た。

「赤い血に魂が馴染めば、妖精ではないからね」

「それ……では……私のしてきたことは」

「彼女の残した青い魔力をただ使っていただけの話だよ」

 彼女の遺体は私の遺体と共に、人の入れない場所に安置されている。しかし魂が人に生まれ変わったことで、彼女の体は朽ち始めたのだ。


「魂の片割れの魔法は……妖精だった頃に恋人や夫婦だった者が、出会うための魔法だ」

 ミィナは小さく震えている。

「私の妻は、今も昔も彼女だけだ」

「申し訳……あ、ありませんでした」

 震える声でそう告げるミィナに、私は言った。

「謝罪は受けるよ。あなたもこの血筋に生まれてしまって苦労した。……まだ若い。これからのことを考えて幸せになりなさい」

「はい……」

「あなたの御実家には、この話をしても構わない。弟さんを助けてあげなくてはね。信じてもらえないようなら、公爵家の名で手紙を用意しよう」

 ミィナは涙ぐむと、小さく頷いた。

 彼女を傷つけても、シャミーは喜ばない。だからこの結末を用意した。


 私は人を好きになれなかったから、契約をしなかった。私の遺体に残る膨大な魔力は、全てティターニアを見つけるまで、記憶を残すのに使い続けた。

 本当にそうしたかったのだろう。花や小鳥、小魚……気ままに生まれ変わっていた彼女が、ようやく人に生まれ変わった。小さな女の子が噴水の縁に座っているのを見つけたとき、全身から喜びが溢れ、心臓が壊れてしまいそうだった。


 どんな場所でも楽しそうにしている彼女は、今もそのままだ。ミィナにも寄り添い、結局彼女の望みを叶えた。そんなところが、もどかしく……愛おしい。

 青い魔力を失った彼女に、魂の片割れの魔法の効果はもうない。忘れてしまったのだから当然だ。だから、私が一方的に見つけただけなのだ。彼女が何も覚えていないことが、心に刺さる棘のようだった。

 何故、彼女はあのとき約束だと言ったのだろう。それだけをずっと考えていた。


 その答えが出たのは、ミィナと話した後だった。


 朽ちて消えていくティターニアの遺体の横で、オベロンの遺体にはまだ青い魔力が残っている。

 オベロンは、ティターニアと一緒に逝きたいだろう。自然とそう思えた。


 一年後。


 城に最新の魔道具が導入されて落ち着いたある日、私はシャミーを誘って旅行に出かけた。

 魔道列車で、シャミーは嬉しそうにはしゃいで車窓から外を眺めていた。

「私、ルレイ湖って初めて!」

「そう。私は幼い頃に何度も行ったよ」

「公爵領だものね」

「綺麗だから、君を連れて行きたかったんだ。丁度今晩は満月だから、夜に行くと水面の月も見られる。一緒に見に行こう」

「ええ、夜の湖だなんてロマンチックだわ」

 列車が到着したのは午後も遅い頃だった。公爵家の別荘に着いてから、食事をし、休憩をしながら夜を待って、手を繫いで湖に向かった。


「とても綺麗」

「気に入った?」

「ええ!」

 水面に揺れる満月と空の満月。逆さに映る黒い森の木々。かつて、妖精たちはこの湖のほとりに集まって暮らしていた。

 ルレイ湖の底には、オベロンとティターニアが眠っている。そっと頭の中でオベロンの体を思い浮かべ、その体の魔力を解き放つ。


「わぁ!」

 シャミーが声を上げる。湖の底から、青く光るものがたくさん浮かんでくる。その光は、水面から空に舞い上がり、月に向かって飛んでいく。シャミーの目は光に釘付けだ。

「こんなこと、前にもあったの?」

「いいや。私も初めて見たよ」

「これ、絶対に明日の新聞に載るわ……。こんなに幻想的なんですもの」

「そうだね」


 ティターニアには分かっていたのだ。妖精が人には勝てないことも、王であるオベロンがそれを認めないことも。オベロンにそれを認めさせるために、ティターニアは約束をしたのだ。遥か未来で、再び出会うころには、オベロンも考えを変えているだろうと。


 彼女の魂が体を離れた一番の原因は……憎しみや争いに心を染めた夫を見たくなかったからだったのだ。


 私の目には、待っていたティターニアにオベロンが駆け寄って互いを抱きしめている幻影が見えた。

 願望なのかもしれない。それでもいいと思った。

 オベロンの約束は果たされた。だから、次の約束は……私とシャミーのものだ。


「暗いから、手を離さないでね」

「ええ」

 返事と共に、細い指に少しだけ力が入った。

 私たちは、遠く霞んでいく青い光が消えるまで、手を繫いで空を見上げていた。

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