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ロンディス視点になります。
この地にかつて暮らしていたのは、人と似た姿をしていても違うものだった。食べることも、寝ることも必要としない。血は青い魔力で、不老不死だったのだ。
人はこの地にやってきて、彼らに契約を持ちかけた。彼らの中だけで巡っている青い魔力の輪に、人を加えるというものだ。彼らはそれを了承した。
人は、その恩恵にあずかる許可が欲しかった。彼らは優しさから、魔力を分け与えてやろうとした。
それだけだったのだ。
対等な立場で交遊する者もいた半面、助けを求めるだけで、口先だけの感謝のみで済ませる者も多くいた。
そんな彼らの受け皿となっていたのがティターニアだった。私に匹敵する魔力を、ティターニアは惜しみなく与えた。ティターニアは見返りを求めなかったのだ。
優しいティターニア。私の妻。人の欲を叶えるために数百の契約をした彼女の魂は、体から離れかけていた。
「今すぐあいつらを根絶やしにする。だから……だから逝かないでくれ」
別れなど、考えたことがなかった。憎しみも……人と出会って知った。
「そんな風におっしゃらないで。私、花になってみたかったのよ」
醜い感情を拒絶した彼女は、その元凶である体を捨てようとしているのだ。
「だったら、私も一緒に花になろう」
「オベロンには鷹や鷲が似合うわ。綺麗に咲くから見ていて下さいな」
「それでは一緒にいられない。話すことも抱きしめることもできない」
ティターニアは、小さく笑う。
「だったら、約束をしましょう。また会えるように」
人の赤い血に宿る魔力と青い魔力は互いの力を打ち消し合う。豊富な青い血も契約の元、際限なく搾取されていけば、終わるときがやってくる。妖精……。そんな名前の種族はそうして終わりを迎えた。
人の歴史は都合の悪いことを隠すものだ。今では、真実を知るのは私だけになってしまった。
『あなたは、私の魂の片割れではありませんか?』
ミィナがそう言って声をかけてきたのは、ほんの数日前のことだ。
『城で、あなたがいる場所はいつも感じていました』
幾度となく言われた言葉だ。シャミーは、顔が綺麗だからモテていると思い込んでいたが、妖精の力を残している私を、契約者の血筋が敏感に感じているだけだ。
かつてオベロンと呼ばれた妖精の記憶。それは私の中にある。
勘違いした契約者は女ばかりだった。そして……シャミーに目を向ける。契約枯れで古代魔法を使えなくなった、没落貴族の娘。憎むには手ごろだったのだろう。私が彼女を手放さないから、誘拐、暗殺、暴行未遂……。多くの事件に巻き込まれることになった。
『ロンディスは綺麗だから。……私では釣り合わないんだよ』
そう言って距離を置こうとする彼女を引き留め、結婚するまでどれほどの苦労をしたか。フォルカード家に生まれていなかったら守り切れなかっただろう。
ようやく結婚にこぎつけたのに、また同じことが起こるとは思ってもみなかった。
俯いているミィナとマリアナに私は続けた。
「契約枯れは、契約した妖精が人に生まれ変わることで終わる」
「!」
ミィナが顔を上げてこちらを見た。
「赤い血に魂が馴染めば、妖精ではないからね」
「それ……では……私のしてきたことは」
「彼女の残した青い魔力をただ使っていただけの話だよ」
彼女の遺体は私の遺体と共に、人の入れない場所に安置されている。しかし魂が人に生まれ変わったことで、彼女の体は朽ち始めたのだ。
「魂の片割れの魔法は……妖精だった頃に恋人や夫婦だった者が、出会うための魔法だ」
ミィナは小さく震えている。
「私の妻は、今も昔も彼女だけだ」
「申し訳……あ、ありませんでした」
震える声でそう告げるミィナに、私は言った。
「謝罪は受けるよ。あなたもこの血筋に生まれてしまって苦労した。……まだ若い。これからのことを考えて幸せになりなさい」
「はい……」
「あなたの御実家には、この話をしても構わない。弟さんを助けてあげなくてはね。信じてもらえないようなら、公爵家の名で手紙を用意しよう」
ミィナは涙ぐむと、小さく頷いた。
彼女を傷つけても、シャミーは喜ばない。だからこの結末を用意した。
私は人を好きになれなかったから、契約をしなかった。私の遺体に残る膨大な魔力は、全てティターニアを見つけるまで、記憶を残すのに使い続けた。
本当にそうしたかったのだろう。花や小鳥、小魚……気ままに生まれ変わっていた彼女が、ようやく人に生まれ変わった。小さな女の子が噴水の縁に座っているのを見つけたとき、全身から喜びが溢れ、心臓が壊れてしまいそうだった。
どんな場所でも楽しそうにしている彼女は、今もそのままだ。ミィナにも寄り添い、結局彼女の望みを叶えた。そんなところが、もどかしく……愛おしい。
青い魔力を失った彼女に、魂の片割れの魔法の効果はもうない。忘れてしまったのだから当然だ。だから、私が一方的に見つけただけなのだ。彼女が何も覚えていないことが、心に刺さる棘のようだった。
何故、彼女はあのとき約束だと言ったのだろう。それだけをずっと考えていた。
その答えが出たのは、ミィナと話した後だった。
朽ちて消えていくティターニアの遺体の横で、オベロンの遺体にはまだ青い魔力が残っている。
オベロンは、ティターニアと一緒に逝きたいだろう。自然とそう思えた。
一年後。
城に最新の魔道具が導入されて落ち着いたある日、私はシャミーを誘って旅行に出かけた。
魔道列車で、シャミーは嬉しそうにはしゃいで車窓から外を眺めていた。
「私、ルレイ湖って初めて!」
「そう。私は幼い頃に何度も行ったよ」
「公爵領だものね」
「綺麗だから、君を連れて行きたかったんだ。丁度今晩は満月だから、夜に行くと水面の月も見られる。一緒に見に行こう」
「ええ、夜の湖だなんてロマンチックだわ」
列車が到着したのは午後も遅い頃だった。公爵家の別荘に着いてから、食事をし、休憩をしながら夜を待って、手を繫いで湖に向かった。
「とても綺麗」
「気に入った?」
「ええ!」
水面に揺れる満月と空の満月。逆さに映る黒い森の木々。かつて、妖精たちはこの湖のほとりに集まって暮らしていた。
ルレイ湖の底には、オベロンとティターニアが眠っている。そっと頭の中でオベロンの体を思い浮かべ、その体の魔力を解き放つ。
「わぁ!」
シャミーが声を上げる。湖の底から、青く光るものがたくさん浮かんでくる。その光は、水面から空に舞い上がり、月に向かって飛んでいく。シャミーの目は光に釘付けだ。
「こんなこと、前にもあったの?」
「いいや。私も初めて見たよ」
「これ、絶対に明日の新聞に載るわ……。こんなに幻想的なんですもの」
「そうだね」
ティターニアには分かっていたのだ。妖精が人には勝てないことも、王であるオベロンがそれを認めないことも。オベロンにそれを認めさせるために、ティターニアは約束をしたのだ。遥か未来で、再び出会うころには、オベロンも考えを変えているだろうと。
彼女の魂が体を離れた一番の原因は……憎しみや争いに心を染めた夫を見たくなかったからだったのだ。
私の目には、待っていたティターニアにオベロンが駆け寄って互いを抱きしめている幻影が見えた。
願望なのかもしれない。それでもいいと思った。
オベロンの約束は果たされた。だから、次の約束は……私とシャミーのものだ。
「暗いから、手を離さないでね」
「ええ」
返事と共に、細い指に少しだけ力が入った。
私たちは、遠く霞んでいく青い光が消えるまで、手を繫いで空を見上げていた。




