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フェアリー•レゾナンス  作者: 三日月
運命の出会い編

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邂逅

初投稿です。めっちゃ緊張です。


よろしくお願いします。


三日月

――ドアのガラスに映った自分に、ほんの一瞬だけ目を疑った。

〈金色に輝く自分〉が映った気がした。

 

(……今のは何?)

 

 視線の先には、夜の街にぽつりと浮かぶ一軒のバー。

 気づけば、そのドアの前に立っていた。

 

 すぐに目を擦り、もう一度ドアに視線を向ける。

 そこには、いつもの自分が映っていた。

 

 それでも胸のざわつきだけが消えなかった。


 舞はそれを気のせいだと片付けるように、ひとつ息を吐いた。

 

 ――突然。

 

「くっ……!」


 腹部に刻まれた《印》が、じわりと熱を帯びた。

 舞は思わず、服の上からその場所を押さえた。 


 この世界で、この《印》を持って生きることがどれだけ危険なのか、舞は痛いほどわかっていた。

 

 それでも――何かに導かれるようにドアを開けた。

 

 街の喧騒も届かない。

 耳をすませば、グラスに転がる氷のカランという音だけが聞こえそうなバーだった。


 舞はカウンターに座り、バーテンダーに会釈した。


 無造作に髪をかき上げると、深いワインレッドを帯びた髪が薄暗い店内の灯りに静かに揺れた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 別に誰かと飲みたくてここに来たわけではなかった。

 ただ、独りの寂しさに襲われる夜はある。

 

 事情が事情だ。

 ……仕方なかった。

 

「おすすめのカクテルをお願いします」

 

 店内はどこか色彩が薄く、現実感がなかった。

 

「お待たせしました。《フェアリー・ウィスパー》でございます」

 

(妖精の囁き……)

 

 舞はグラスを照明に掲げ、その色を眺めた。

 

 ――その時。

 

 グラスの向こう側から、吸い込まれるような強い視線を感じた。


 自然と顔が上がる。

 

 今まで舞の五感を覆っていた、冷たく薄い灰色の被膜が、一瞬で溶けて消えていくような衝撃だった。

 

 その人だけが、世界の中で圧倒的に違っていた。

 まるでそこだけ、冷え切った現実が鮮やかな色を取り戻したように――。

 

 ドクン、と心臓が痛いほど大きく跳ねた。

 

 薄暗い店内で静かに光を反射する、ダークブラウンの長い髪。


 その奥にある優しくも切ない瞳と、真っ直ぐに視線が重なった。


 その瞬間、腹部の《印》が再び熱を帯びた。

 

 まるで、目の前の女性に呼応するかのように。

 

(……何なの、この感じ)

 

 それでも、不思議と怖くはなかった。

 

 ただ、彼女から目を逸らしたくなかった。 

  

 カラン――。

 

 彼女の持つグラスの中でも、同じ《フェアリー・ウィスパー》の氷が音を立てた。

 

(ああ……私と同じだ)


 理由など分からない。

 ただ、その瞳の奥に、自分と同じ痛いほどの《孤独》を感じた。

 

 女性は少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「……あなたも、ずっと独りだったんだね」

 

 囁くような声だった。

 

 舞は息を呑んだ。

 

「どうして分かったの?」

 

「……どうしてなのかな?」

 

 女性は困ったように笑い、自分のグラスへ視線を落とした。

 

「……これ、少し苦いよね」

 

「うん」

 

「でも、嫌いじゃない……」

 

 舞は引き寄せられるように、その女性の座るカウンターの端へ歩いた。

 

「……なんか不思議だね」

「うん」

「初めて会った気がしない」

 

 舞は隣の椅子に目をやった。

 

「隣、いいかな?」

「もちろん」

「ありがとう。私は舞……よろしくね」

「私は結です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 二人は照れたように笑った。

 

 それから少しずつ、自分たちのことを話した。


 同じ二十二歳。


 舞はインストラクターとして働きながら総合格闘技のジムに通っていること。

 

 結は広告代理店に勤め、学生時代にはバンドでベースを弾いていたこと。

 

 そんな他愛のない話なのに、不思議なくらい会話が途切れなかった。

 

「どうして私のこと見てたの?」

 

 舞がずっと気になっていたことを聞いた。

 

「……孤独な人だと思ったの」

「えっ?」

「少し違うかな……孤独でいることに、慣れてしまっているような」

 

 舞の胸がざわついた。

 

 誰にも言えない秘密を抱えている。

 

 だから他人とは深く関わらない。

 

 それを、初めて会った女性に見透かされたような気がした。

 

「結さんは? 一人で座ってたじゃない?」

「私は……昔からすごく勘が良くて」

「勘?」

「うん。その勘が今夜ここに来て、ここに座って……舞さんを見つけたって感じ」

 

 結は恥ずかしそうに笑った。

 

「意味、分かんないよね」

 

 その笑顔を見た瞬間、舞はもう目を逸らせなくなっていた。

 

 会話が途切れた。

 

 けれど、不思議と気まずくはなかった。

 ただ、何かを言えば全てが変わってしまいそうで。

 その一言だけが、喉の奥で止まっていた。

 

「……ねぇ」

 

 声が重なった。

 

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

 

「先、どうぞ」

「ううん、舞さんから」

「……なんでもない」

 

 本当は、なんでもなくなんてなかった。

 

「……私も」

 

 グラスの中の氷は、いつの間にか小さくなっていた。

 

 あと一歩。


 ほんの少し勇気を出せば届く距離。

 

 なのに、その一歩が怖かった。

 

「……今日は、もう帰るね」

 

 結の一言に、舞はほんの一瞬だけ驚き、ゆっくりと頷いた。

 

「……うん」

 

 連絡先だけ交換した。


 二人は店の前で手を振り、それぞれ反対方向へ歩き出した。

 

 舞は何度も振り返りそうになる自分を抑えながら歩いていく。

 

 だから――気づかなかった。

 道路の向こう側。

 街灯の光が届かない場所に立つ男が、舞の後ろ姿をじっと見つめていたことに。

 

 男はどこかへ電話をかけた。

 やがて夜の人混みへ消えた。


 ◇

 

 その夜。


 舞は全く眠れなかった。

 

 何度もスマートフォンを手に取り、また置いた。

 

 空が白み始めた頃、舞はやっと短いメッセージの送信ボタンを押した。

 

【今夜も会いたい】


 返事はすぐに届いた。


【私も会いたい】


 その文字を見ただけで、胸がいっぱいになった。


 ◇

 

 仕事を終え、シャワーを浴びる。


 鏡の前に立つと、腹部から下腹部に刻まれた紋様が静かにそこにあった。

 

「……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせた。

 昨夜とほぼ同じ時間にバーへ着いた。

 結は先に来ていた。

 舞に気づくと、小さく手を上げる。

 

 昨日よりも美しく見えた。

 

「あんな夜中にごめんね」

 

「ううん……私も起きてた。メッセージが来た時、本当に嬉しかった」

 

 二人は乾杯した。

 昨日と同じ場所。

 昨日と同じカクテル。


 なのに、二人の距離だけが昨日とは違っていた。

 

「昨日、言えなかったこと……まだ残ってる?」

 

 結が小さく笑った。

 舞は覚悟を決めた。

 

「これは私の勘なんだけどね」

「うん」

「私……ずっと誰にも言えなかった秘密があるの」

 

 舞の指先が震えた。

 

「結さん……あなたも同じなの?」

 

 結の身体がビクッと震えた。

 

「ど……どうして?」

 

「私もだから」

 

 結がハッと顔を上げる。

 舞はただ、優しく笑っていた。

 そっと結の手を握る。

 温かい手だった。

 結もその手に、自分の手を重ねた。

 

「勘が当たっちゃったね」

 

 二人は見つめ合った。

 もう、言葉にしなくても分かっていた。

 

(……もう、戻れなくてもいい)

 

 舞は囁くように言った。

 

「よかったら……私の部屋に来ない?」

 

 昨日と同じ《フェアリー・ウィスパー》の氷が、カランと音を立てた。

 

「う……うん」

 

 結は震える声で答えた。

 二人はバーを出ると、ごく自然に手を繋いだ。

 夜の街に二人のヒールの音が響く。

 信号が赤になった。

 待つ時間さえ、永遠のように感じた。

 

「なんだかね……」

 

 結が舞の手を握った。

 

「私の魂と舞さんの魂が共鳴したみたい。今も私の全部が震えてる……こんなにドキドキしてる」

 

 結は舞の手を、自分の胸へそっと押し当てた。

 

 トクン……トクン……。

 

 掌に伝わる確かな鼓動。

 舞は考えるのをやめた。

 この人を離したくない。

 

 それだけだった。


 ◇

 

 舞の部屋に入り、ドアを閉めた。

 静寂が落ちた。

 舞が靴を脱ぐ。

 結も靴を脱ぎ、少し不揃いだった舞の靴まで丁寧に揃えた。

 まるで次の瞬間が来るのを怖がっているように、ゆっくりと。

 

 やがて揃える靴もなくなった。

 

 結が立ち上がり、振り返る。

 

 玄関の灯りが、その愛しい笑顔を照らした。

 

 次の瞬間――舞は結を抱き寄せていた。

 

「結……」

 

 二人は抱き合った。

 

「ねぇ……私のことは舞って呼んで。私も結って呼びたいから」

「……分かった。舞」


 互いの指先が震えていた。

 

 誰にも知られたくなかった秘密。

 

 けれど、目の前の女性になら、打ち明けられる気がした。

 

 ――腹部から下腹部にかけて刻まれた紋様。

 

 男性とも、女性とも異なる。

 第三の性――共性〈レゾナント〉の身体に、生まれながらに刻まれた証。

 

 その名を、共鳴紋という。

 

 けれど、その本当の意味を、二人はまだ知らなかった。

 

「……綺麗な共鳴紋」

 

 舞がそっと手を伸ばす。

 

 その指先が触れるより早く、結の共鳴紋が淡い光を放った。

 

「……え?」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

「今……光ったよね?」

「うん……私も見た」

 

 何が起きたのか、分からなかった。

 

 けれど、今はそれ以上に大切なことがあった。


 同じ秘密を抱えた誰かと、ありのままの自分で向き合えた。

 

 それだけでよかった。 

 

「どうしてだろう……会ったばかりなのに、結のこと、こんなに好きになってる」

 

「私も舞のことが好き……こんな気持ち、初めて」

 

 言葉にした瞬間、堰を切ったように想いが溢れた。

 

 もう二度と、あの孤独には戻れない。

 

 二人はもう一度、強く抱き合った。

 

 その夜、互いの手が離れることはなかった。


 ◇


 カーテンの隙間から差し込む光が、二人を照らしていた。

 

「おはよう、舞」

「おはよう……結」

 

 そんな朝の挨拶さえ愛おしかった。

 

「こうしてレゾナント……共性同士が出会うなんて、思ってなかった」

 

 結が舞の髪を撫でた。

「きっと、レゾナント同士でも普通は気づかないよね。それに……人には言えないし」

 

「うん……私も、こんなふうに自分から打ち明けられる相手がいるなんて思わなかった」

 

「そうだよね……」

 

 舞の表情がわずかに曇った。

「周りに知られて、管理局に通報されたら大変なことになるって……」

 

「それって都市伝説じゃないの?」

 

 舞の顔から笑顔が消えた。

 ――機械音。

 ――灰色の天井。

 ――手枷の痛み。

 忘れたくても消えない光景が、不意に蘇った。

 

 舞は慌てて、その記憶に蓋をした。

 

「舞?」

 

「……大丈夫。ちょっと昔のことを思い出しただけ」

「何かあったの?」

「ううん。知り合いが酷い目に遭ったって聞いたことがあるから……結も注意してね」

 

「うん……分かった」

 結はそれ以上聞かなかった。

 

 舞は結の手を握った。

 ようやく見つけた。

 自分と同じ秘密を抱え、それでも隣で笑ってくれる人を。

 

 二人の甘い恋人生活が始まった。 

 

 永遠に続くはずだった。

 

 ――あの日、気づかれるまでは。

読んでくださりありがとうございました。



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どうかよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
バーや二人の体温を分け合う描写の大人っぽさにドキドキしました…! 引き込まれる描写で、ついつい顔を真っ赤にしてしまいます。 レゾナントが抱える秘密とは…?舞の過去とは…? とっても気になる一話でした…
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