試験終了
女騎士さんに連れていかれたノクス君の背中が見えなくなってからも、私はしばらくその方向を見ていた。
「……いやいやいや」
思わず声が漏れる。
なんなのさっきの模擬戦。
もう模擬戦じゃなくて本物の戦いみたいだった。
つい興奮が顔に出る。
周りの受験者たちも似たような顔をしてる。
「ルミナス様があそこまで……」
「317番、何者だよ……」
「ランカスター流をあの年齢で……」
ざわざわ、ざわざわ。
みんな興奮してる。
そりゃそうだ。
私だってまだ心臓バクバクしてるし。
だってリラ様、本気だった。
本気で笑ってた。
訓練中でもあんな顔、あんまり見たことない。
怖かったけど――なんか、綺麗だった。
そして、気が付く。
というか。
今の見てはっきり理解した。ノクス君はもう、私と同じ次元にはいないんだと。
ノクス君、訓練の時は私に相当手加減してたんだ…。
胸がチクりと痛む。
記憶がないのになんでも出来てしまうノクス君。
でも剣だけはって思ってた。
頑張って、努力した。
それでも結局。
追い抜かれて。
置いて行かれて。
リラ様と二人で並んで歩く後ろ姿を見ると、どうしようもなく苦しくて。
さっきまであった熱は完全に冷め切り、重い重い気持ちを抱えたまま、私の番が来た。
「緊張してる?」
「はい、してます……」
「?、大丈夫?回復かける?」
私の気持ちを知らないリラ様は優しかった。
ちょっと安心する。
けれど、それが今は、残酷なほど私の心を切り裂く。
「いえ、大丈夫です…」
「そう?…分かったわ。でも安心して。ちゃんと加減はするわ」
私はばかだ。頭がわるい。
私は料理が下手だ。そもそも料理というものが作れた試しがない。
私は弱者だ。特殊な日魔法が使えるだけの子供だ。
私は愚か者だ。だって、こんな事言いだすんだもの
「……あの」
「?」
「手加減とかは別にいいです。ノクス君と戦った時と同じくらいの本気でお願いします」
「…本当にいいのね?正直、あなたはもう合格なのよ?」
「はい。お願いします!」
「……さあ、構えなさい!」
「はいっ!」
剣を構える。
深呼吸。
落ち着け、私。
ここで負けても終わりじゃない。
けど――
勝ちたい。
ノクス君ばっかりすごいって言われるの、ちょっと悔しいし。
なにより、その隣に私が居ないのがいやだ。
「――始め!」
踏み込みながら詠唱。
最初から全力。
リラさん相手に様子見なんて無理!
剣を振るう。その1拍後を炎の軌跡が走る。
魔法ごと流される。
「っ!?」
流されるのなんて、想定の内だ。
体幹を崩さず、かと言って踏ん張らず、体ごと前へ転がり出る。
そのまま地を蹴りリラ様とほぼ密着した状態で剣を交える。
リラ様やノクス君は長い攻めの剣と短い守りの剣で戦うけど、私は違う。
長い剣は密着時の盾や、時には地面に突き刺し守りの軸に。短い剣はこの距離では最大の効果を発揮する!
小柄な私が編み出した、まだノクス君や、リラ様にも見せていない剣術。
リラ様は一瞬以外そうにして、笑った。
まだ、まだ見せてないものがある。
剣に魔力を込め、リラ様の剣を正面から受ける。
重い。
態勢が完全に崩れかける。
その時。
受けに使った剣からまばゆい光があたりを照らす。
普通の人なら目を開けてられないくらいの光。
でも私は大丈夫。この魔力は私のだから。
リラ様は――目を、つむっていた。
いつもの私は何も考えず突っ込んだろう。
けれど、変わるんだ。
あなたの隣に。
ノクス君の、隣に。
態勢を立て直し一度距離を取る。
周りの人たちは目を覆っている。転げまわっている人もいる。
しばらく太陽を直視した後みたいになるから、ちょっと申し訳ない。
リラ様は目をつむったまま動かない。
私は詠唱をして切り込む。
リラ様に受け止められる。
手ごたえあり。
剣の切っ先に灯った火はそのまま止められることなく、剣が本来通るはずだった軌道をなぞる。
勝った―――。
リラ様の目が開く。
おそらく無詠唱の風魔法で私の小さな灯が掻き消える。
「私の知らないところで、あなたも成長しているのね」
「はい…っ…!」
風魔法はそのまま私を打ち上げていく。
しかし、地面に叩き付けられることなくふわりと寝かせられる。
起き上がる気になれない。
悔しいのと。
リラ様に魔法を使わせたうれしさで。
光に焼かれてないのに、私の瞼は開いてくれそうもなかった。
次の人の試験もあるから早くどかないと。
リラ様にお辞儀だけして、隅っこへ移動する。
ノクス君まだ帰ってきてないな…。何処に連れて行かれたんだろう。
リラ様の視界はやっぱり回復していなかったみたい。
次の模擬戦は回復魔法の使用と休憩を兼ねて少し時間をおくみたい。
隅っこでノエル君が準備しているのを眺めていると、ふと影が差す。
「…?」
見上げるとでっかい人が見下ろしてる。
「ひっ…⁉」
「……ユリクレア・ヴァルグレイだ。先ほどは失礼した。そして今の戦い、健闘であった」
ノクス君に怒っていた貴族様だ。…怒りの表情はもうない。目つきは鋭いけど…。
ヴァルグレイ家……聞いたことあるような…?どこの貴族様だっけ?
「え…あ、ありがとうございます。私はテッサ・ベネットです。こちらこそさっきはノクス君がすみませんでした…。悪い子じゃないんですけど、盗妖精のいたずらで記憶がないんです。だからたまにああいう発言が出ちゃうんです」
「……そうか。いや、戦いからあいつの性格は分かっている。模擬戦の中でもより鋭く、速く、重くなっていくのが見て取れた。が、しかしどこか不安定な気がしたが、それが原因だったか…」
思案顔で遠くを見るユリクレアさん。その横顔すら絵になるようなカッコよさがある。
「では私は体を温めてくる」
そういうとユリクレア様は去っていった。
最初に感じた怖い人という印象はもうなかった。
自分でも現金だと思うけど、今は憧れになっていた。
……だってかっこいいんだもん。
_____
「335番」
小休憩が終わって、呼ばれたのはノエル君だった。
あの、すっごく綺麗な男の子。
……ほんとに男の子だよね?
まだちょっと疑ってる。
でもさっき話してたらすっごくいい子なのは分かったし、私と同い年だった。
私は平民でノエル君は気貴族だから様付けで呼ぼうとしたけど、君でいいよと言われたのでそう呼んでいる。
ノエル君は立ち上がると、優雅に礼をした。
「よろしくお願いします、ルミナス様」
「ええ」
双剣を構える。ランカスター流かな?
けど――。
「……あれ?」
なんか変。
ショートソードサイズの模擬剣2本構えている。
その姿はランカスター流には到底見えない。
そして。
ノエル君、そんなに強くない。
いや、弱くはないんだけど、ノクス君とかリラ様と比べると、ね。
たぶん私と同じくらい。
剣速はノクス君やリラ様みたいにブレて見えるなんてことはない。
知らない型だけど、動きの予測もできる。
あの華奢な体格だし、なんとなく私と同じような膂力の使い方のような気がする。
ただ、動きが、なんというか、いやらしい?
真正面から決して向かわず。
牽制、牽制、また牽制。
距離を取って、視線をずらして、フェイントして。
「うっわ、やりづらそー……」
見てるだけで分かる。
あれ絶対戦いにくい。
リラ様の癖を見ながら動いてる。
「ほぉ……」
眼鏡の教導官さんが感心した声を出す。
「剣の腕は並だが、観察力が高いな」
リラさんは笑って全ての牽制を貫き、フェイントを踏み潰していく。
最終的にノエル君の体力が尽き、試験は終わった。
それでも周りはかなり驚いてる。
「ふむふむ、いい目を持っている…」
「騎士団にはなかなかいない逸材だな……」
ノエル君は息を切らしながらも、にこにこ笑ってた。
なんか余裕あるなぁ……。
「最後、421番」
空気が変わった。
ユリクレア様。
長い黒髪を揺らしながら前に出る。
背、高っ…私の頭二つ分は大きい…。
リラ様と並ぶと身長差がより顕著になる。
かっこいい……。
同じ女なのにちょっと見惚れる。
長剣を二本取る。
周囲がざわつく。
「またランカスター流か……」
「今日はどうなってるんだ」
ユリクレア様は静かに構えた。
私たちと同じ二刀。
でも全然違う。
なんていうか――鋭い。
貴族っていうよりも、戦士って感じかも。
「始め」
瞬間。
「っっ!?」
速っっ!?
踏み込みが見えなかった!
気が付いたらリラ様の前で振りかぶっている。
黒髪が翻る。
回る。
斬る。
蹴る。
その大きな体格での猛攻。
え、なにあれ!?
ランカスター流のはずなのに全然違う!
「嵐だ……」
思わず呟く。
ノクス君は綺麗で静かな剣。
ユリクレア様は暴風みたいな剣戟だった。
止まらない。
回るたびに剣が迫る。
しかも足技まで加える。
「すご……」
鳥肌立つ。
リラさんも押されてる。
いや、めちゃくちゃ楽しそう。
剣がぶつかるたびに音が響く。
ユリクレア様はどんなに受け流されても軸を崩さずに回り続ける。
速い。
重い。
綺麗。
怖い。
でも目が離せない。
結局、勝ったのはリラさんだった。
だけど。
「……見事よ」
その一言で、周囲がまたざわついた。
みんなのルミナス様が褒めたのだから当然の反応だと思う。
ユリクレア様は悔しそうだったけど、どこか嬉しそうでもあった。
そして。
全員の試験終了が告げられる。
その瞬間、身体から一気に力が抜けた。
「お、終わったぁぁ……」
石畳にへたり込む。
疲れた。
めちゃくちゃ疲れた。
でも――。
騎士になりたいって、改めて強く思った。
そういえばノクス君まだ帰ってこないな……どこだろう?
私は彼を探す為にリラ様に向かって歩き始めた。




