今欲しいもの
今、私は悩んでいる。作るか、作らないか。間違いなく今までの人生で一番悩んでいる。
「ルミはさっきから何を悩んでいるんだい?」
ジェットは私の髪を梳かしながら尋ねる。それに「う~ん」と気のない返事を返しつつ、やっぱりどうしようかなあと思う。とりあえずみんなに聞いてみるか。
「ねえジェット、アンバー」
呼びかければどうしたのと話を聞く体勢になってくれる。セレナとアズールは今はいない。きっとこの広い森の中を二人で遊びまわっているんだろう。たとえそれが、セレナの一方的なものだとしても…。
「欲しいというか、あったらいいなあっていうのがあるんだけど」
「?あっ!わかった、寝巻きだね!僕としたことが…!安心して?今から大量に…」
「違うから。もう3着もあるから大量にはいらない」
「お主は少し落ち着け。ルミ、ならば何が欲しいのだ?」
食い気味に否定され、落ち込むジェットを気にすることなくアンバーが尋ねる。アンバーはみんなに優しいようでそうではない。主にジェットに対しては、同じ年長組みだからか割と塩対応だ。
「元日本人として、やっぱりお風呂に入りたいなって最近思っててさ。浄化魔法でもきれいになってるってわかってるんだけど…なーんか物足りなくて」
そう。何に悩んでいたのかといえば、それはお風呂だ!この三ヶ月の間私は湯船に浸かるどころかシャワーすらしていない。森の中なんだから当たり前だし、お風呂が無くても大丈夫なように体を綺麗にしてくれる浄化魔法も覚えた。森の真ん中には大きな湖もあるけど、余りにも綺麗だし神聖過ぎて入れない。
でも、なんかそれだけだと物足りないというかイマイチすっきりしない。初めは、森の中なんだししょうがないと思ってたけど段々とこっちの生活にも慣れ、いろんな魔法を覚えていくと欲が出てきてしまう訳で…。
神聖な場所にそんなものを作るなんて……と反対もしくは許してくれても嫌な顔をされるかもと思っていた私だけど、意外にも二人の顔に否定的な色は無くて。
「ふむ。ではルミが満足する風呂を作ればいいのだな?」
「えっ、いいの?自分で言っといてあれだけど、ここって結構神聖な場所なんでしょ?」
あっさりと返ってきた返事に思わず確認してしまう。あんなに一人で悩んでいた私がバカみたいじゃないか。
「確かに神聖な場所だが、ルミが入りたいと願うならそちらの方が優先されるに決まっているだろう」
決まってるわけないでしょ。しっかりしてアンバー。
「じゃあ、温泉にしようよ。大きく作れば、森のみんなも入るだろうし」
「そうだな。では我は今から取り掛かるとしよう」
「え?」
口を挟む隙もないままに、アンバーはどこかへ行ってしまった。割と乗り気な様子にびっくりだ。これならもっと早くに言えばよかったかな。というか、温泉があればみんな入るんだね。
そしてジェットはルンルンで「どれにしようかな〜」なんて言いながら布を選んでる。あれ絶対寝巻き作る気だよね。いや、要らないって言ったよね?……イケメンがニコニコしながら自分の寝巻き用の布を選んでるってなんともいえない気持ちになるね。
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―――――――
「………」
次の日。アンバーが朝一で帰って来るなり「出来たぞ」言い、こっちの返事も聞かぬまま強制的に案内された場所を見て絶句してしまった。
いつもいる湖から少し離れた場所まできた私達の前には、それはもう立派な露天風呂が姿を現した。一番大きいアンバーが四人は入れるぐらいの大きい岩の露天風呂。掛け流し付き。おかしい。お風呂が欲しいと言ったのは昨日なのに、たった一日でこんな立派な天然露天風呂が出来てしまうものなのか。…いや、聖獣にとってこれぐらい普通のことなのか?
しばらく唖然と眺めていたが「はっ」とアンバーを見ると、こちらをチラチラと見ている。聞こえる。「すごい?褒めて褒めて!」っていうアンバーの声が。いつも大人の余裕なのか落ち着いてるアンバーにしては珍しい表情と仕草ににきゅん、いやぎゅんとして悶えそうになってしまう。落ち着け!まずはアンバーに感想と感謝を伝えねば!
「アンバーすごいよ!!たった一日でこんな立派な露天風呂が出来るなんて思ってなかった!さすがアンバーだね!ありがとう!!」
わしゃわしゃと撫でくりまわしながら言えば、「まあ、我だからな。これぐらいなんてことない」と照れながらも嬉しそうにしている。しっぽがぶんぶんしてて可愛い。お互い満足するまで触れ合った後、モクモクと湯気の立つお風呂に向き直ると、ほんのり嗅いだ事のある匂い。
「これって温泉なの?」
「人間達がそう言っていたから間違いない。温泉地帯の中でも一番賑わっていたところから引っ張ってきたからな!人間達の評判もなかなかだったからルミも満足できるだろう。ルミが望むならこれとは別の種類の温泉も作れるが?」
「ううん!私はこれだけで十分だよ」
「そうか…」
ちょっと残念そうにしてるけど、さっきの話を聞く限りどこかの温泉街の繁盛店のお湯を横取りしたってことだよね?。ただでさえ確実に無関係の人達に被害が出ているのに、これ以上被害を増やすなんていくら私でも出来ない。…うん。アンバーが私のために作ってくれた。それでいいよね!
「んじゃ!さっそくみんなで入りましょう!」
控えめに言っても極楽だった。
洗い場もないしそもそも石鹸なんてものも無いから浄化魔法をかけてからだったけど、お湯につかるってだけでも久しぶりだしみんなと入れて大満足!
ジェットは、いくら人間じゃないといっても見た目は完璧人間な訳で…。一緒に入りたそうにしてたけど、ごめんねって諦めてもらった。ドラゴンの姿なら平気なんだけどね~。そうすると間違いなくお湯が溢れるなんてことじゃ済まされないだろうしね。
意外にもアズールも一緒に入ってくれてびっくり!「興味なさそうなのに」って言ったら、「お前が溺れたらヤバイだろ?」と真顔で、返された。
えっ?こんな座っても胸あたりまでの場所で溺れると思われてんの?そんなのほんとにただのヤバイやつじゃないか。と思わず私まで真顔になってしまってたと思う。……いや、今は何も言うまい。
とまあ思うところはあったけど、温泉を満喫しいつもの湖のところまで戻ってきて涼んでた私はずっと気になっていたことを尋ねる。
「セレナー、ずっと気になってたんだけど、その箱?なに?」
「あ~これ~?」
そう言ってセレナの足元に置いてあった、手のひらサイズの四角い箱のようなものを見せてもらった。お風呂に入るあたりからあったんだよね。
「?なにこれ」
「なんか今来てる人間が森の近くに置いたから~、気になって持ってきちゃった~」
「…はい?」
人間?今来てる?…セレナさん、そういう大切なことって、ちゃんと報告するべきじゃない!?って言うか!そんな重要そうな物無断で持ってきたのかこの子は!
もう!「ふふふ〜ごめんなさ〜い」なんてすり寄りながら言われたら許しちゃうじゃん!