見張り番
アダンは目を覚ました。
周囲は暗くまだ夜中だということが分かった。アダンが見張り番をするまでにはまだ間がありそうだった。だが、もう一度寝付けそうもなかったのでアダンは体を起こした。
アダンの動きに呼応するかのように周囲で身じろぎするような音が聞こえたが、起きてはいないようだ。皆横になり寝息を立てているが、どの寝床の傍にも武器があった。何かがあればすぐに飛び起き臨戦態勢になるだろう。
「……」
アダンは仲間たちを頼もしく思いながら立ち上がった。できるだけ音は立てないように。そのまま見張りを交代しようと少し離れた場所の明かりへ向かった。
明りの周囲には思ったより人数が居た。隊長のシガール、副隊長のエフィ、それにファレーナが焚火を囲んでいる。何かを真剣な顔で話し合っている――そう思ったが、アダンに気が付くとシガールはいつものようにへらりとした笑顔を見せた。一緒にいたファレーナとエフィもいつも通りの顔に戻っていた。
「まだ交代の時間じゃないだろう」
アダンはシガールに適当に返事を返し、焚き火の近くに腰かけた。エフィは「しっかり寝ないと疲れてしまうぞ!」と笑いながら火にくべていたポットからカップへ液体を注ぎ、アダンに差し出した。口をつけてみると、温めたミルクだった。砂糖やはちみつなどの甘味は足されていないようだが、ミルクの甘さがほんのりと口内に広がった。
「なに話してたんだ?」
「それはお前、明日の朝めしの話だよ。俺はローストビーフじゃなくてさっき仕留めた豚を食いたいと思ってな」
シガールは脇においてあった肉のかたまりを叩いて笑った。
「いつの間にこんな」
「ちょっと小便しにいったらいきなりでくわしてな! まあ正当防衛だ!」
「気を付けてくれよ」
「いいじゃねえか、食料が増えたんだから!」
「豚肉はいいのよ栄養があって~。脂身はちょっと遠慮したいけどね~」
「ファレーナくん、脂身こそ芋には合うだろう!」
陽気に笑う三人に、アダンは「さっき何か真剣な顔で話してなかったか」と尋ねた。
「あら~アダンちゃんたら~、のぞき見はだぁめ♪」
「茶化すなよファレーナ、なにか問題でも……」
「アダン君はそんなに心配症だったかな? 何も問題ないさ!」
「だが……」
「大丈夫だ、大人に任せておけって! ほら、もう飲み終わったな? 早く寝て明日にそなえるんだ」
「いや、見張りの交代を……」
「見張りは我々がやっておくさ」
「そうそう~、だから他の子にも寝てていいって言っといてね~」
アダンはしばし納得のいかない顔をしていたが、やがて残っていたミルクを飲み干すと、シガールの言葉にしたがった。去り際にシガールが「いい夢見ろよ!」と言ってきたので手をあげてこたえ、自分の寝床へと戻っていった。
「彼は本当に変わっているねえ」
「そうね~、でも仲間想いよ~」
少しの間沈黙が流れると、シガールが咳払いと共にまた真剣な顔になった。
「……それで、さっきの続きだが。今回の遠征、どう思う?」
「正直なところ不安はあるわ~。でもいずれはやらなければならないことが早まっただけ、そうでしょ~?」
「無論その通りだよ、シガール。君が不安に思っていることは分かるがね。我々は兎も角、アダンやマイたちのような若い子たちを危険な遠征に連れてきてよかったのかということだろう?」
「……まあ、な」
「問題ないさ、彼らの実力は十分だし、我々が思っているほど皆子供ではないさ」
「そうよ~蟲の巣を叩いて、皆で帰るだけよ~」
「そうだな……よし、明日の行程を確認するとしようか」
ファレーナとエフィは頷き、地図を広げて道や危険地帯を細かに確認した。日付が変わる頃に確認が終わり、シガールを残して二人は仮眠をとった。
一人残されたシガールはゆっくりと立ち上がり、人の血管の様な蟲除草を地面から引きちぎり、焚火に放り込もうとして、じっとその草を見つめた。
赤錆色をしたこの背の低い草。蟲除けの効果は類を見ないが、この草が伸びた土壌は一切の作物や植物が育たなくなるほどに痩せてしまう。蟲除け草は普通の環境では育たず、蟲たちの死体からこぼれでた体液から一度きりだけ生えてくる。蟲たちは死んでもなお人間の住みかを狭めようとしているのだろうか。シガールはそんなことをぼんやりと考えた。
「まだ、起きていらしたのですね」
突然の問いかけにシガールはびくりと肩を揺らした。近くにコーラカルがいた事に彼は全く気が付かなった。
「申し訳ありません、驚かせてしまいましたか」
「いや、大丈夫だ」
「お疲れではありませんか?」
「朝まであと少しだから大丈夫だ。お前こそ寝ないのか?」
コーラカルは質問に答えず、シガールの隣に立ち、暗闇を見つめた。
「貴方様は、勇敢な方です。ですが勇気というものには限りがございます」
「なに?」
「シガール様の勇気は、枯れかけています。ですが、皆様と共になら……」
「お前何を……?」
「大丈夫です、何も心配する事はございません」
「皆様なら――やり遂げられます」
コーラカルはシガールに向き直り、氷のように美しい笑みを浮かべた。




