第77話:遭遇
焦りに任せて移動した結果、日没したころに砦にたどり着いた。
そのまま、足を忍ばせて砦の周囲を観察する。侵入して、ミラたちの情報を得られるかどうかを。
なるほど、大体わかった。
この砦、規模はそれほど大きくないが、その分だけ造りが重厚だ。
俺が勇者にやられて何日が経ったかは分からないが、まだ非常事態ということだろう。塁壁の上には兵士の姿がチラホラ動き回っていて乗り越えるのは難しい。
当然、門は固く閉ざされたうえで警備がされていた。
兵士同士でなにか話をしている気配はあるが、それが聞こえる距離まで近づいたら流石に発見されるだろう。
うん、駄目だ。こりゃ。
どうすりゃ良いんだ。
思わず頭を抱えた時、俺の頭に閃くものがあった。
閃くっていうか、実はずっと見えてたんだが、さっきまでは砦に夢中だったから気が付かなったのだ。
そうだ、京…、宿場町へ行こう。
そうなのだ。そもそも、このスサノの砦は街道とそこにある宿場町を見下ろす位置にある。
今も月明かりの下にその街は見えている。
砦とこれだけ近いのだ。噂程度だとしても何か情報が入っていても可笑しくない。いや、むしろ情報がなければ可笑しいとすら言えよう。
俺は気を取り直して街へ向かった。
とは言っても、移動速度は遅い。到着する頃には、完全に真夜中になってしまっていた。
宿場町は街道を挟む形で、両側に建物が並んでいる。入口と出口にあたる街の南北に篝火が焚かれて見張りが立っているが、砦のように高い塁壁で守られているわけではない。
旅人目当ての宿屋や飯屋が多いが、流石に真夜中となるとほとんどの店は明かりを落としていた。
それでも、まだ開いている店もチラホラと見受けられた。
そのうちの一軒に、俺は慎重に近づいた。店の側面、細い路地に面した小さな窓の下にコソコソと身を潜ませる。そのまま、聞き耳をたてた。
酔っているらしく呂律の怪しい男と、店主らしき男。2つの声が聞こえる。
どうやら既に他の客は帰っているらしい。
「うぉい、もう一杯ら。」
と、客の男。飲みすぎなのか。ろれつが回っていない。きっと、グデングデンで顔は真っ赤になっていることだろう。
「お客さん、もうやめといたほうがいいですよ。」
店主の方は恐らく、もう店を閉めたいのだろう。いささか声が疲れている。
「あにぃ?なんだ、もう帰れってか。」
「ええ、その方がいいですよ。最近、この辺もなんだか物騒だから。」
客の方は、しばらくブツブツと何かつぶやいた後で、再び声を張り上げた。
「ぶっそう、物騒ね。な、ほら。アレだ!騎士団、騎士団があるじゃねえか。立派な砦がなぁ。な、と~り~で。」
「だから、その砦が最近騒がしいって言ってるんです。今日だって騎士が兵士を引き連れて物々しく街道を下って行きましたよ。」
この店主の話に、俺はピンと来た。
これはひょっとしてミラたちに関する情報ではあるまいか。砦から逃げた2人を捜索しているということでは。
もう少し、踏み込んだ話しをしてくれ。という念力を送る。しかし、願いは残念ながら叶えられなかった。
酔っ払いが唐突に話を打ち切ったからだ。
「わーったよ。わぁーた。帰るよ。かえりゃあいいんらろ?」
まあ、酔っ払いの行動に脈略を求めても仕方ない。この店に見切りをつけた俺は、支払いをしているらしいゴソゴソという音を背に、俺は別の店を目指して移動を開始した。
そんな調子で2、3軒の店を回ってみたのだが、結局大したことは分からなかった。
何せ人が少ない。開いてた店も大抵は店じまい寸前だった。
それでも、断片的ではあるがいくつかはそれらしい話が聞けた。それらを総合して、さらに推測を付け加えるとこうなる。
・スサノの砦で20日ほど前になにか騒ぎがあった。
・それ以来、騎士たちが隊伍を組んで主に南へ出かけていく。
・最近は砦にいる人数も増やされている。
20日ほど前の砦の騒ぎというのは、おそらく俺たちが騎士団にやっつけられた一件だろう。
俺が実は何年間も眠っており、すでにミラの一件は過去の話。今回の騒ぎは完全な別件。という可能性も否定はできないが、考えたくない。
騎士団が南に向かっていると言うことは、ミラたちがそちらに逃亡していると解釈できる。少なくとも、騎士団は2人がそっちにいると考えている。
で、それを踏まえたうえで俺はどうするべきなのか。少し考え、俺は決めた。
(ミラたちを追って、南下しよう。)
見つけられるかわからないが、追いかけなければ合流は出来ない。なら、行くだけだ。
もう一日、この街で情報収集することも考えたが却下した。ココで一日ロスするなら、次の宿場町で情報収集した方がよかろうと思ったためだ。
騎士団が南下しているなら、南方の街にも情報があるはずだ。
そうと決まれば早速行動。俺は街をそっと抜けだして一路、南へと足を向けた。
もちろん、人目をはばかる身だ。街道からは距離をとり、道なき道をコソコソ進む。
まあ、今は夜だから、それほど気にしなくてもいいだろう。
岩を乗り越え、木の根を避けて、道のりはなかなか捗らない。
歩いているうちに夜もあけて、街道も行きかう人々でにぎやかになって来る。俺はその分、街道からの距離をとった。
街道を見失わないように、しかし、街道から見つけられないように。
慎重に歩きながら、それでも頭の片隅で別のことも考えていた。
それは、仮に首尾よくミラとリヨンに合流できても、今のままの俺では足手まといではないかということだ。
五体満足でも勇者に瞬殺された俺が、いまや子供並のサイズだ。役に立たない。
それどころか、移動速度の面では大きなマイナスですらある。
ミラとリヨンだけなら空を飛べるが、俺が加わるとそれが不可能になるからだ。
やはり、一定時間は瞑想を行って失った魔力と力を補わなければならないだろう。
と、なるとだ。見つかりやすい昼間は身を隠して瞑想。夕方から明け方までの時間に移動。とした方がいいかもしれない。
歩いているうちに、今度は日が暮れてくる。このまま明け方まで歩いたら、身を隠して瞑想に入ろう。
『ッ……、ゥ』
なにか、音がした。
音、というよりははっきりとうめき声のような。
しかも、完全に進行方向。つまりは街道から外れた荒れ地からだ。
人か、魔物か。いずれにしろ厄介ごとはノーセンキュー。なにせ、今の俺には戦闘能力がない。
とはいえ、音の発生源くらいは確認したい。
見つからないように足音を忍ばせて、音のする方向へとこっそり近づいていく。
歩を進めるにしたがって、うめき声はハッキリと聞こえるようになってくる。どうやら聞き間違えではないらしい。
視線を遮っていた岩の影から、ひょっこり顔を出し音源を確認する。
(?)
それらしいものなし。
おかしいな。確かにここからしていたのだが。
と、考えながらよくよく観察していると、またもうめき声が。
流石に目の前で音が出れば発生源は特定できる。
新たな問題は、見たところそれが何かわからないことだ。
夜が迫り、あたりには夕闇が迫っている。そんな薄暗い荒れ地で、俺はソレに恐る恐る近づいた。
なんだろう。サイズは大体30センチほど。表面には赤茶けた毛か枯草のようなものが生えている。
『ア、ゥア……パファ』
微妙にくさい、時々妙な音を出すが特に動きはしない。
俺の知らない「陸イソギンチャク」みたいな生き物だろうか。手近なところに落ちていた木の枝で、つついてみることにする。
ア〇レちゃんのごとく。ホヨヨ~。
ツンツン。
軽くつついてみるが特に反応や変化はない。次は少し強くつついてみる。
トントン。ごろり。
それはバランスを崩したように転がった。
瞬間、後悔。
毛か枯草だと思っていたものがめくれ上がり、その下のものが現れた。
ぽっかり空いた虚ろな眼窩。むき出しの歯茎に、腐って肉の落ちた頬。首の断面には虫すら這っている。
(な、生首やないか――いッ!!)
心中で絶叫。あまりのことに、逆に声は出なかった。
嵐吹き荒れる俺の心情などどこ吹く風。その生首はウゴウゴと蠢くと再びうめき声をあげる。
『…グゥ、デュフ…フ』
(ひぃいいいいいい、キッショー!!)
心中の悲鳴。10秒ぶり、2回目。
あ~、これはアレだ。生ける屍とか、ゾンビとか、そういうヤツだ。
なんで首だけになってんのか、とか。肺がないのにどうやって声を出しているのか。という疑問はあるが。とにかく、そういうヤツだ。
どうりで臭いはずだ。
まあ、正体が判明すれば何ということもない。体の方は鳥につつかれたり、人間に退治されかけたりしてなくなったのだろう。
とどめを刺す理由も、助ける理由もない。このまま放っておこう。
そう結論付けて、俺は歩きはじめる。
が、100mほど進んだところで足を止めることになった。
1つ、アイディアが浮かんだからだ。
グッドアイディアだという自信は全くないが、この状況に置いて多少なり効果が期待出来るのではなかろうか
生首ゾンビの所まで戻り、再度そいつの状況を観察する。まじまじと。
いけるか?と自問する。正直、暗いこともあって確証がもてない。
ひとまず結論を保留することにした俺は移動を再開した。
両手で生首ゾンビを抱えて、だ。
俺の旅路に奇妙な同行者が加わった瞬間だった。