↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/196

第55話:王国の敵

 カーマイン男爵が“統べる者”を刺す。

 段取り通りの展開。それを確認して聖剣を抜き去り、一息で距離を詰めた。

 一閃するのと同時に、岩の塊が地面に転がり轟音を立てる。


 右手に主を庇って魔物(ゴーレム)が後退する。

 追撃を見送ったのは、相手が初見の希少種(レアモンスター)であったこと。さらに、岩を切ったとは思えない手応えのなさに戸惑ったせいもある。


 王国に対する災いと予言された“魔物を統べる者”とその配下。

 それに対して名乗りを行ったのは、やはり何か胸に期すものがあったからだろうか。


 それが、油断と言えば油断だったか。

「ライドッ!!そいつ、なにか詠唱してる!!」

 仲間の1人。司祭のアルビから声が飛ぶ。


 苦し紛れの呪文など行使させるわけにはいかない。

 相手に向けての疾走。

 魔物(ゴーレム)は迎え撃つことも、防御を固めることもしなかった。代わりに右手に庇っていた統べる者を渾身の力で放り投げた。


(逃がすつもりかっ!!)

 小細工の時間を与えてしまった自身の間抜けに舌打ちしたくなる。しかし、どうしようもない。


 聖剣を一閃。二閃。

 ゴーレムだったものが、いくつかの石くれに分断され、砦の中庭にゴロリと転がった



 それを目にして、()は絶句した。


 人だった。人の血。人の肉。その顔を僕は知っている。

「父さん!?」


 いつの間に、そうなったのか。

 今この手で切り捨てたゴーレムが父・ラッセルに、逃げ出そうとしていた人頭鳥(ハルピュイア)と統べる者が、あの日の母と自分に。

 そして、聖剣を持つ自分が、血にまみれた戦斧を掲げる悪鬼(オーガ)へと。


「ッ!!」

 声にならぬ声をあげ、勇者ライド・グローリーハンズは飛び起きた。

 まるで、暗闇に怯えるように視線を彷徨わせる。息は、荒い。


 不快な夢だった。さらに不快なことは、こんな夢をここ数日間続けて見ているということだった。

 息が整うと、ライドは立ち上がり聖剣を掴んだ。


 野営地のはずれ。規則正しく並んだ天幕が途切れたところで、ライドは一心に剣を振る。

 激しくはない。むしろ、ゆっくりと丁寧に。最悪のコンディションでも、最高のコンディションと同じ剣を振るために。

 1つ1つの動きを、型をなぞっていく。

 静かだが張り詰めた動きの連続に、いつしか額に汗が浮き、金色の髪がそこに張り付く。


 月の明るい夜だ。手を止めて一息ついたライドは、少し離れたところに司祭アルビ・トゥールーの姿を見つけた。

 ライドが自分に気が付いたことを察したらしい。アルビは笑みを浮かべて近づいてきた。


「なにか、嫌な夢でも見ましたか?」

 少し、いたずらっぽい表情。もう互いに20代も半ばだが、相変わらずの幼い外見に、その表情はひどく似つかわしかった。


 ライドは苦笑した。

「前にも、同じようなことがあったな。確か、初めて王都から旅に出る前の晩だったか。」

「ええ、私も覚えていますよ。あの時、ライドさんに魂を照らす灯(ソウルミネイト)の魔法を唱えてあげましたね。」

 笑顔で応じながら、アルビが腰を下ろした。

 ライドも隣に腰を下ろす。いつもよりも、いくぶん距離が近いのは、悪い夢を見て少しばかり心細い気分になっていたためだろうか。


 互いに問わず語りにポツポツと、言葉を交わす。

 そのうち、ライドは悪夢の内容もアルビに打ち明けていた。自然、それは父母の死にざまを語ることでもあった。


 アルビは一言も発することなく、ライドの話を聞いていた。相槌もなかったが、ただ真摯に耳を傾けて。

 話すほど、ほんの僅かに心が軽くなるのをライドは感じた。


 話を全て聞き終えた後。それを咀嚼するような時間を置いて、アルビがライドの名を呼んだ。

 2つの瞳が月の光をたたえてライドを見ていた。


「貴方は、魔物は例外なくすべて人間の敵だと思いますか。」

 アルビの瞳と唇に吸い寄せられそうになっていたライドの精神は、その台詞で引き戻された。

 意外な言葉に思わず見返せば、怯えたような、追い詰められたような、そんな表情が飛び込んできた。


「そんなこと、当たり前だろう。魔物は敵だ。なんで、そんなことを言うんだ?」

 考える余地もない。

 しかし、それを口にした瞬間。目の前の女性は悲し気に目を伏せた。


「ライドさんは大切な話をしてくれました。だから、私も秘密にしてきたことを1つ打ち明けます。」

 ライドは自分の喉がなるのを聞いた。今まで、親しみを抱いてきた仲間(アルビ)が不意に遠くへ行ってしまう様に感じられた。


 アルビは話し始める。

「“魔物と話す者(トランスレイター)”って知っていますか?」


 そう切り出された話の内容は、到底ライドが肯けるものではなかった。

 アルビが魔物の言葉を解するのはいい。魔物の悲嘆や絶望に心を痛めることもあろう。だが、それでも奴らは敵なのだ。血に飢えた人族の敵。

 それ以外の何物でもないのに、目の前の女(アルビ)はそれを違うのではないかと言う。


 頭から否定をしつつ、話の最後まで腰を上げなかったのは、数日前から続く悪夢が響いていたからか。

「すいません。こんな話をするべきではなかったかもしれません。」

 話が終った後、アルビはライドの表情を見てとって、そう言った。


 ライドは勢いよく立ち上がる。

 その勢いに乗って、腹から怒声が湧き上がってきた。しかし、それを吐き出すことはしなかった。出来なかった。

 薄く、涙の膜を月光にきらめかせたアルビの顔を見てしまっては。


 だが、全てを飲み干すことなど、とても出来るものではなかった。

「君は、心からの同志だと、思っていたのに。」

 食いしばった歯の隙間から、漏れ出た台詞。

 それがアルビの胸に刺さる音を、ライドは確かに聞いた。


 大きな瞳から光の粒が、星のように瞬いた。

 いたたまれず、踵を返したライドの耳に、アルビの声がかすかに届く。

 内容までは捉えられない。

 ただ、それは謝罪の言葉のように感じられた。


 謝罪?何にだ。

 自問するが、自答出来ない。ただ、墨を飲んだような真っ黒な気持ちが、自分の中に渦巻いているのを見つけるだけだった。


………。


 グレイス王国の王都・インストラ。その王城に東周公からの早打ちが届いたのは、ロクがスサノの砦で勇者に敗れてから、およそ10日が経過した頃だった。


 予言された「統べる者」の出現と逃走。

 その報を受けて、すぐさま首脳陣による会議が催された。

 出席者は宰相・ビゼールと将軍・レナードをはじめとした文武の高官。さらには国王・ガイヤ・グレイス。


 宰相も将軍も、そして王も、会議を躍らせる様な無駄なことはしない。

 議論は速やかに尽くされ、最後は宰相が王による裁可を求める。


「それでは、シリウス殿下に騎士団をお預けして“統べる者”討伐に向かわせると同時に、全土に向けて懸賞金付きの布告を行います。」

 国王が重々しく頷き、裁可が下される。

 それをもって会議の閉会が告げられる。


 国王がゆっくりと退出していくのを見送った後、官吏たちはそれぞれの仕事を果たすべく、足早に散って行った。


 後に残ったのは宰相であるビゼールと、将軍であるレナードだった。

 広い会議室に二人きりとなったところで、ビゼールが口を開いた。

「ひとまず、東はこれで大丈夫、という所ですかな。」


 応じるレナードの口はゆったりとして重い。しかし、それはこの男の常だ。

「左様。シリウス殿下は明晰な方だ。王の期待にお応えになるでしょう。」


 “統べる者”の脅威を殊更に喧伝し、その討伐に跡継ぎたる王子を遣わす。

 国王も既に若くない。代替わりの準備を整える必要があった。そのために、今回の事態を利用しようと言うのだろう。


 勇者の人気もあり、“統べる者”の予言を大々的にしても、国民の動揺は少ないはず。

 その討伐を継嗣であるシリウスの功績とし、勇者とともに戦うことで勇者の戦友であるとの形も作れる。


 いかに魔法に優れていようとも、所詮相手は少数の魔物の群れに過ぎない。

 精強たる王国の騎士団の相手ではない。

 宰相の言葉にも、将軍の態度にも、悠々として差し迫ったところがない理由だ。


「それで、“北”への備えはどうなっております。」

 話題を切り替えたビゼールの口調がわずかに緊張感を増す。

「問題はない、と言いたいところだが、今は時期が良くない。しかし、集められるだけは集めた。いつでも動ける。」

 台詞の内容とは裏腹にレナードの口ぶりは落ち着いている。


「流石、将軍。では、出来るだけ早くに出立できるよう手配を進めます。」

「よろしく頼む。」

 さらに細々としたことを確認したのち、文武の長は会議室を後にして自身の職責へと帰って行った。


………。


 “魔物を統べる者”ミラに10万テスラの懸賞金をかける布告が各地へと送られたのは、会議の翌日。

 さらにその数日後には、王子・シリウスが麾下の騎士団をつれ、東方へと出征した。


 一人の少女が名実ともに王国全土の敵となったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。