第55話:王国の敵
カーマイン男爵が“統べる者”を刺す。
段取り通りの展開。それを確認して聖剣を抜き去り、一息で距離を詰めた。
一閃するのと同時に、岩の塊が地面に転がり轟音を立てる。
右手に主を庇って魔物が後退する。
追撃を見送ったのは、相手が初見の希少種であったこと。さらに、岩を切ったとは思えない手応えのなさに戸惑ったせいもある。
王国に対する災いと予言された“魔物を統べる者”とその配下。
それに対して名乗りを行ったのは、やはり何か胸に期すものがあったからだろうか。
それが、油断と言えば油断だったか。
「ライドッ!!そいつ、なにか詠唱してる!!」
仲間の1人。司祭のアルビから声が飛ぶ。
苦し紛れの呪文など行使させるわけにはいかない。
相手に向けての疾走。
魔物は迎え撃つことも、防御を固めることもしなかった。代わりに右手に庇っていた統べる者を渾身の力で放り投げた。
(逃がすつもりかっ!!)
小細工の時間を与えてしまった自身の間抜けに舌打ちしたくなる。しかし、どうしようもない。
聖剣を一閃。二閃。
ゴーレムだったものが、いくつかの石くれに分断され、砦の中庭にゴロリと転がった
それを目にして、僕は絶句した。
人だった。人の血。人の肉。その顔を僕は知っている。
「父さん!?」
いつの間に、そうなったのか。
今この手で切り捨てたゴーレムが父・ラッセルに、逃げ出そうとしていた人頭鳥と統べる者が、あの日の母と自分に。
そして、聖剣を持つ自分が、血にまみれた戦斧を掲げる悪鬼へと。
「ッ!!」
声にならぬ声をあげ、勇者ライド・グローリーハンズは飛び起きた。
まるで、暗闇に怯えるように視線を彷徨わせる。息は、荒い。
不快な夢だった。さらに不快なことは、こんな夢をここ数日間続けて見ているということだった。
息が整うと、ライドは立ち上がり聖剣を掴んだ。
野営地のはずれ。規則正しく並んだ天幕が途切れたところで、ライドは一心に剣を振る。
激しくはない。むしろ、ゆっくりと丁寧に。最悪のコンディションでも、最高のコンディションと同じ剣を振るために。
1つ1つの動きを、型をなぞっていく。
静かだが張り詰めた動きの連続に、いつしか額に汗が浮き、金色の髪がそこに張り付く。
月の明るい夜だ。手を止めて一息ついたライドは、少し離れたところに司祭アルビ・トゥールーの姿を見つけた。
ライドが自分に気が付いたことを察したらしい。アルビは笑みを浮かべて近づいてきた。
「なにか、嫌な夢でも見ましたか?」
少し、いたずらっぽい表情。もう互いに20代も半ばだが、相変わらずの幼い外見に、その表情はひどく似つかわしかった。
ライドは苦笑した。
「前にも、同じようなことがあったな。確か、初めて王都から旅に出る前の晩だったか。」
「ええ、私も覚えていますよ。あの時、ライドさんに魂を照らす灯の魔法を唱えてあげましたね。」
笑顔で応じながら、アルビが腰を下ろした。
ライドも隣に腰を下ろす。いつもよりも、いくぶん距離が近いのは、悪い夢を見て少しばかり心細い気分になっていたためだろうか。
互いに問わず語りにポツポツと、言葉を交わす。
そのうち、ライドは悪夢の内容もアルビに打ち明けていた。自然、それは父母の死にざまを語ることでもあった。
アルビは一言も発することなく、ライドの話を聞いていた。相槌もなかったが、ただ真摯に耳を傾けて。
話すほど、ほんの僅かに心が軽くなるのをライドは感じた。
話を全て聞き終えた後。それを咀嚼するような時間を置いて、アルビがライドの名を呼んだ。
2つの瞳が月の光をたたえてライドを見ていた。
「貴方は、魔物は例外なくすべて人間の敵だと思いますか。」
アルビの瞳と唇に吸い寄せられそうになっていたライドの精神は、その台詞で引き戻された。
意外な言葉に思わず見返せば、怯えたような、追い詰められたような、そんな表情が飛び込んできた。
「そんなこと、当たり前だろう。魔物は敵だ。なんで、そんなことを言うんだ?」
考える余地もない。
しかし、それを口にした瞬間。目の前の女性は悲し気に目を伏せた。
「ライドさんは大切な話をしてくれました。だから、私も秘密にしてきたことを1つ打ち明けます。」
ライドは自分の喉がなるのを聞いた。今まで、親しみを抱いてきた仲間が不意に遠くへ行ってしまう様に感じられた。
アルビは話し始める。
「“魔物と話す者”って知っていますか?」
そう切り出された話の内容は、到底ライドが肯けるものではなかった。
アルビが魔物の言葉を解するのはいい。魔物の悲嘆や絶望に心を痛めることもあろう。だが、それでも奴らは敵なのだ。血に飢えた人族の敵。
それ以外の何物でもないのに、目の前の女はそれを違うのではないかと言う。
頭から否定をしつつ、話の最後まで腰を上げなかったのは、数日前から続く悪夢が響いていたからか。
「すいません。こんな話をするべきではなかったかもしれません。」
話が終った後、アルビはライドの表情を見てとって、そう言った。
ライドは勢いよく立ち上がる。
その勢いに乗って、腹から怒声が湧き上がってきた。しかし、それを吐き出すことはしなかった。出来なかった。
薄く、涙の膜を月光にきらめかせたアルビの顔を見てしまっては。
だが、全てを飲み干すことなど、とても出来るものではなかった。
「君は、心からの同志だと、思っていたのに。」
食いしばった歯の隙間から、漏れ出た台詞。
それがアルビの胸に刺さる音を、ライドは確かに聞いた。
大きな瞳から光の粒が、星のように瞬いた。
いたたまれず、踵を返したライドの耳に、アルビの声がかすかに届く。
内容までは捉えられない。
ただ、それは謝罪の言葉のように感じられた。
謝罪?何にだ。
自問するが、自答出来ない。ただ、墨を飲んだような真っ黒な気持ちが、自分の中に渦巻いているのを見つけるだけだった。
………。
グレイス王国の王都・インストラ。その王城に東周公からの早打ちが届いたのは、ロクがスサノの砦で勇者に敗れてから、およそ10日が経過した頃だった。
予言された「統べる者」の出現と逃走。
その報を受けて、すぐさま首脳陣による会議が催された。
出席者は宰相・ビゼールと将軍・レナードをはじめとした文武の高官。さらには国王・ガイヤ・グレイス。
宰相も将軍も、そして王も、会議を躍らせる様な無駄なことはしない。
議論は速やかに尽くされ、最後は宰相が王による裁可を求める。
「それでは、シリウス殿下に騎士団をお預けして“統べる者”討伐に向かわせると同時に、全土に向けて懸賞金付きの布告を行います。」
国王が重々しく頷き、裁可が下される。
それをもって会議の閉会が告げられる。
国王がゆっくりと退出していくのを見送った後、官吏たちはそれぞれの仕事を果たすべく、足早に散って行った。
後に残ったのは宰相であるビゼールと、将軍であるレナードだった。
広い会議室に二人きりとなったところで、ビゼールが口を開いた。
「ひとまず、東はこれで大丈夫、という所ですかな。」
応じるレナードの口はゆったりとして重い。しかし、それはこの男の常だ。
「左様。シリウス殿下は明晰な方だ。王の期待にお応えになるでしょう。」
“統べる者”の脅威を殊更に喧伝し、その討伐に跡継ぎたる王子を遣わす。
国王も既に若くない。代替わりの準備を整える必要があった。そのために、今回の事態を利用しようと言うのだろう。
勇者の人気もあり、“統べる者”の予言を大々的にしても、国民の動揺は少ないはず。
その討伐を継嗣であるシリウスの功績とし、勇者とともに戦うことで勇者の戦友であるとの形も作れる。
いかに魔法に優れていようとも、所詮相手は少数の魔物の群れに過ぎない。
精強たる王国の騎士団の相手ではない。
宰相の言葉にも、将軍の態度にも、悠々として差し迫ったところがない理由だ。
「それで、“北”への備えはどうなっております。」
話題を切り替えたビゼールの口調がわずかに緊張感を増す。
「問題はない、と言いたいところだが、今は時期が良くない。しかし、集められるだけは集めた。いつでも動ける。」
台詞の内容とは裏腹にレナードの口ぶりは落ち着いている。
「流石、将軍。では、出来るだけ早くに出立できるよう手配を進めます。」
「よろしく頼む。」
さらに細々としたことを確認したのち、文武の長は会議室を後にして自身の職責へと帰って行った。
………。
“魔物を統べる者”ミラに10万テスラの懸賞金をかける布告が各地へと送られたのは、会議の翌日。
さらにその数日後には、王子・シリウスが麾下の騎士団をつれ、東方へと出征した。
一人の少女が名実ともに王国全土の敵となったのである。




