第46話:名も無き村
たびたび施してくれたローエンの魔法が功を奏したのか。リヨンは倒れた翌日には目を覚まし、その後は順調に回復した。
一方のミラの回復も順調。
二人は数日で無事に動けるようになった。
リヨンは最初、この“名もなき村”とローエンのことを警戒しているようだったが、危害を加えるのなら寝ている間にやったはずだと考えたのか。すぐに、警戒を緩めた。
動けるようなるまでの数日間。2人は閉じこもりきりだった。
魔物の姿で村人を刺激しないようにと言われたからだが、そもそも動き回れる体力もなかったのだ。
その間、ローエンとは薬湯を飲みながら話をした。
彼女は仕事の合間に小一時間。皺だらけの顔をもにゅもにゅと動かして話をする。
ローエンの耳がペタリと頭に寝ているために、ミラなどは「アレでちゃんと聞こえるのか。」と心配になったが、彼女は耳も頭もまだしっかりしていた。
ローエンは村の長老格らしく、何事にも動じない落ち着いた物腰を持っていた。
そこには樹木精のドリさんを思わせる。年月を超えてきた落ち着きがにじんでいた。
それでも、時には大きな反応を見せることもあった。たとえば、ミラの魔法を目にした時がそうだ。
使ったのは【聖緑の恵みを】の呪文。
ローエンに求められて使ったのだが、ミラにとってはすでに使い慣れた魔法。
しかし、それを目の当たりにしたローエンは文字通り、目を見開いた。こころなしか、手も震えている。
「どうか、しました?」
ミラがそう尋ねると、ローエンは内容をまとめるように咳払いした後で口を開いた。
「いや、なに。随分変わった魔法だったんで驚いただけさ。誰に教わったんだい?」
生い立ちは簡単にだが、説明している。そのため、ミラは特に隠すこともなくそれに答えた。
「樹木精のドリさん。私のおじいちゃんに習いました。この杖も、おじいちゃんに貰ったんです。なにか、ヘンでしたか?」
そう、尋ねてくるミラに対し、ローエンは慎重な言葉遣いで説明する。
「呪文の意味自体は大して違わない。私のは緑の神・ククノチ。お前さんのは緑の精霊。名前は違っても、大きな存在に願いをかなえてくれるように懇願しているのは同じだよ。
ただ私の方は願いを届けるために、より長い呪文と魔法陣が必要だってことさ。まったく、大したものだ。」
大したものと言われても、ミラはまるで自覚がなさそうだった。
それを見て、ローエンは説明を付け加えるべく口を開いた。
「お前さんの魔法。これはね、本来ならば絶対に発動しようがないほどに行程が省かれてしまっている。大したもんだと言うのは、そう言う意味さ。」
「え、でも」
確かに魔法は発動している。そう、返したミラにローエンは肯いた。
「お前さんの才が抜きんでているのが半分、もう半分は、その杖のおかげだね。」
言われて思わず、手元の杖に視線を落としたミラ。
「その杖は聖樹。つまりは、さっき言っていたお前さんに魔法を教えた樹木精の枝だろう。そのせいか知れないが、私がいままで見たどんな魔法具よりも主人に対して忠実だね。まるで、主人の意思を一分の漏れもなく精霊へと届けようとしているようだ。」
その言葉に感じるところがあったのか。ミラが不意に沈黙した。
ローエンは何かを察したようだったが。それを特に追求しなかった。話を切り上げ、茶の最後の一口を飲み干すと、リヨンに一声かけて、残りの仕事を片付けるべく家から出ていく。
戸が締められた後で、ミラはリヨンに向かって思い当たったことを尋ねた。
「ねえ、ママ。私が緑の魔法を使えるのは杖がおじいちゃんの枝だからだって。じゃあ、土の魔法は」
リヨンは慈しみに満ちた笑みを娘に向けた。
「多分、ミラの考えているとおりよ。あの石剣は、ロクがミラのために自分の身体から切り出した物なの。」
やっぱり。そうつぶやくミラに対して、リヨンはさらに言葉をつなげる。
「気味悪がられるかもしれないから、言わないでくれって言われたんだけど」
「…気味悪がったり、しないのにね。」
そう言って笑い合う母娘の目には、隠しきれない寂しさがある。
「ロク、無事だよね。」
思わず、不安がミラの口からこぼれる。リヨンはすぐさまそれを打ち消した。
「大丈夫。あんなところで、どうにかなるような奴じゃないわ。」
断固たる口調。
しかし、それとは裏腹に自分自身に言い聞かせる様な響きをミラの耳は聞き逃さない。
隠しきれぬ心細さ。母娘は互いを支え合うように肩を寄せ合った。
ローエンと魔法の話をした翌日、2人は彼女の仕事を手伝う様に言われた。
しかし、それはつまり外に出ると言うことである。大丈夫なのだろうか、イスタ村でも受け入れられるには随分とかかった。
そんな風に心配になっていたリヨンとミラだが、ローエンに言われて意を決して表に出た。
案の定、村の人々は大騒ぎだ。
逃げ出そうとする娘に、武器を持ち出す男、腰を抜かす老人。
自信ありげに「大丈夫」というから、数日の間にローエンが根回しをしていたのだろうが、見ると聞くとは大違いだということか。
「騒ぐんじゃない。この二人は私の客だよ。危険なんかないさ。」
ローエンが杖をゆるゆると振りつつ、そう宣言する。
それほど大きな声でもなかったが、効果は絶大だった。
村人たちの大騒ぎが見る間に収まっていく。どうやら、村の中でのローエンの地位はずいぶんと高いようだった。
とりあえず、騒ぎはおさまった。しかし、それで急に魔物が怖くなくなるわけではない。
村人たちは恐々と3人を遠巻きにしているが、ローエンもそれ以上にどうこうするつもりもないらしい。
「メイサ、おいで。今日は薬を作るよ。」
ローエンがそう呼びかけると人垣の中から、大柄な女性が1人進み出て来た。手には薬草を積むための背負い籠と革の手袋を持っている。
年の頃は20そこそこという所だろうか。特別美人という訳ではないが、好感の持てる優しい顔立ちをしている。
すこし腰が引けているようにも見えるが、それくらいは仕方のないことだろう。
ローエンが、ミラとリヨンそれにメイサをそれぞれに紹介する。
「メイサ、この二人はミラとリヨン。リヨンは見ての通り魔物だし、ミラも随分目立つ見た目だけど、悪人じゃないから安心おし。
リヨン、ミラ。この娘はメイサ。時々、私の仕事を手伝ってもらってる。見ての通り、良い子だから怖がることはないよ。」
「リヨンです。ローエンさんにお世話になっています。よろしくお願いします。」
「ミラです。お世話になります。」
リヨンとミラが頭を下げると、メイサは明らかに戸惑った顔をした。
それでもオズオズと頭をさげかえしてくれる。
「メイサです。こちらこそ、よろしく。」
3人の顔合わせが完了した所で、ローエンの号令の元、森に向かう。
今日の仕事は主に薬草の採取に結界の手入れ、そして聖水と水薬の作成とのこと。
ローエンとメイサの案内で村の周囲の森を歩き、役立つ植物を探す。イスタの村でも行っていたことで、ミラもリヨンも手慣れたものだ。
その合間にローエンは結界の調整を行う。
注意深く探せば、点々と。村を囲む位置に琥珀の粒をその心に据えた魔法陣が設置されていた。
1つ1つを書き直し、調整するローエンにミラがなんの結界か尋ねると、老婆はこともなげに答えた。
「迷いの結界だよ。招かれざる客が村に気が付かないようにね。」
ミラは肯いた。心当たりが一つある。
「だから、最初の時。村の近くにいたのに気が付かなかったのね。」
2人で行き倒れていた場所から、やけにローエンの家が近いと思ったのだ。
消耗して注意力が落ちていたのだと思っていたが、結界の効果もあったのだろう。
一方で、リヨンは別のことに思い当たっていた。
それは、この“名もなき村”が不思議と居心地よく感じる理由。
(なるほど、聖樹の森の雰囲気に似ているんだわ。)
聖樹の縄張りとローエンの結界。形は違えど、緑の魔力に守られていると言う共通項が無意識に心を休ませるのだろう。
結界の手入れが終れば、今度は水薬の作成だ。
採取してきた薬草を、ある物は煎じ、ある物は酒に漬け込んだりする。
これは2人とも未体験。ローエンやメイサに言われるがまま、慣れぬ作業に精を出した。
さらには聖水の作成。漉し、沸かし、清めた水に緑の癒しの力を溶かしていく。
この作業は緑の魔法に適性のないリヨンとメイサには不可能、ミラとローエンが行った。
「聖樹の葉は使わないんですか。」
聖水と言えば、ドリさん印の聖樹の葉を使用するものだと思っていたミラが口を開いた。
ローエンは、フムと肯いてから、説明をする。それによれば一口に聖水と言っても大きく3種類に分けられるらしい。
1つ目は、光、水、緑の魔法使いがそれぞれの魔力を水に溶かしこみ癒しの効果を与えた物。今から二人が作ろうとしているのもコレである。
2つ目は、聖樹の葉などの原料を加工して作成する物。つまりは、他の薬と同じように作るもので、魔法使いでなくても(原料があり、製法を知っていれば)作れる。
3つ目は、合わせ技。原料などを使い、そのうえで魔力的な処理も行う物。ドリさんが作っていたのはコレで、言うまでもないが効果、値段ともに最も高い。
おおよその値段を聞いて、ミラとリヨンは驚いた。何気なく使っていた薬が、王都で売れば一財産の高級品と知ればさもあらん。
ともあれ、今は仕事の時間だ。気を取り直して作業に向かう。
ミラはまだ病み上がりで、それほどの魔力を行使することは出来ない。
そもそも、熟達した者でも日に数個作れば多い方だ。
ミラは手順を教わりながら1つ。ローエンがさらに2つ作って仕舞になった。
その後は、お茶を用意しての休憩となった。
半日がかりの作業で随分と打ち解けたメイサが、笑顔でカップを渡してくれる。
出されたお茶を一口すすり、ミラはローエンに尋ねた。
「ローエンさんは、どうしてこの村にいるんですか。奴隷でもないようですし、緑の魔法が使えるのなら街でも歓迎されそうですけど」
聞かれたローエンは、ミラの純粋な瞳を柔らかく見返した。
それから、たしなめる口調で言う。
「お前さん、この村でそんな風に人の事情を聞いちゃいけないよ。話したくないような過去がなきゃ、誰もこんなところに流れ着きゃしないんだから。」
「あ、ごめんなさい。」
慌ててそう言い、目を伏せるミラ。
ローエンは、それでいいと言う様に2度、肯いた。
「でも、そうだねぇ。こちらばかりが、お前さんたちの事情を知っていると言うのもよくないね。」
老婆の言葉にミラが顔をあげる。相手はひどく静かな眼差しをこちらに向けている。
「お前さんの言った通り、私も昔はこんな隠れ里じゃなく、大きな町に住んでたよ。」
ひどく優しい口調。脆くも美しい、ガラス細工を扱う手つきのように。
老婆は昔語りを始めた。




