第42話:父との再会
「ねえ、私のかっこ、ヘンじゃないかな。」
そう言って、スカートをつまむミラ。俺とリヨンは笑いながら答える。
そんなことないよ、と。
ここは東周公の本拠であるハバロクの近郊。スサノにある砦。その裏手に張られた大天幕の中だ。
イスタ村で東周公の騎士団であるアガタ達と合流した後、人通りのない山道を進むこと数日。昨日到着したこの砦で、ついにミラの父親との面会が行われるのだ。
黄褐色の石で作られた飾り気のないスサノの砦は、街道とそこにある宿場町を見下ろす小高い丘の上にある。
頂上に割とこじんまりとした印象の本丸。その周りを丘の中腹で石の塁壁が囲んでいる。
俺たちがいる天幕は、砦を挟んで街道の反対側。おそらく、街道を行きかう人や宿場町から魔物の姿が見えないようにだろう。
「何言ってるの。とってもかわいいわ。」
「ああ、すごく良く似合っているよ。」
俺たちの言葉にうなずきつつも、ミラの顔はまだ不安げだ。
とはいえ、ピンクさん力作の衣装は本当にリオンに似合っている。村娘らしく素朴だが、細かな意匠が可愛らしい。
首元には、ミラの母親の形見である。金のペンダント。これも良く似合っていた。
ピンクさんはフリフリのドレスのようにしたいようだったが、それは俺とドリさんで必死に阻止した。
ミラも本心から服装を気にしているわけではない。
要は、落ち着かないのだ。しかし、それも無理はない。
なにせ、これから生き別れの父親であるトギル・カーマイン男爵との面会なのだから。
無論、俺もリヨンも緊張はしている。しかし、ミラが一番オロオロしているせいで、その様子を見ている俺たちは逆に冷静になっていた。
「わたし、仲良くなれるかな。」
ポツリとつぶやかれた言葉に、俺は大きく肯いた。
「大丈夫。魔物の俺たちとだって仲良くなれたじゃないか。同じ人間のお父さんと仲良くなれないわけないさ。」
「……うん、そうだよね。大丈夫、だよね。」
まだ、少し不安げではあるが、ミラは微笑んだ。
その時、天幕の外から声がかけられた。
「ハチヨウ公および、カーマイン男爵のご準備が整いました。皆さん、中庭までご足労願います。」
声の主はハチヨウ家騎士団長のアガタだろう。魔物相手にも慇懃な態度を崩さない辺り流石大貴族の騎士団というべきなのだろうか。
東周公とカーマイン男爵との面会は事前の打ち合わせどおり砦の中庭で行われるらしい。
と、言うのも俺の体が大きすぎ、部屋はともかく砦の廊下が窮屈だからだ。俺たちが大天幕を割り当てられているのも同じ理由である。
俺はリヨンと肯きを一つかわしたあと、緊張に身を固くしているミラを天幕の出口へと誘う。
ミラが、最後にもう一度リヨンの方を振り返る。
リヨンは寝台の端に腰かけた姿勢でその視線を受け止めると、ニコリと笑って羽根を振った。
「ミラ、心配ないわ。お父さんによろしくね。」
ミラは小さく肯いて、後は黙って天幕から外に出た。俺もそれに続く。
日は既に中天を過ぎ、西へと傾き始めている。
アガタが俺たちに向けて口を開いた。
「リヨン殿はどうされました。」
「すいません。このような場に慣れていないせいか、どうにも体調がすぐれないようでして。東周公様たちに何か粗相でもあっては申し訳ないので、ここで休ませておいてほしいのですが。」
既に用意してあった台詞を返すと、アガタは少し考えてから首肯した。
「分かりました。残念ですが、仕方がないですね。それではお二人はこちらへ。既にハチヨウ公はお待ちです。」
そう言って、先に立って歩き出すアガタ。俺たちもそれに続いた。
案内と言っても、天幕から出た後に砦をぐるりと回り、正門に向かう坂道を登るだけの迷いようもない道だ。
門をくぐるとき、壁の内側と外側で扉が二重になっているところが目に入った。無骨な造りになるほどココはやはり軍事拠点なんだな。と感じた。
そのせいか。中庭の内側にもどこか物々しい雰囲気が漂っている。
普段の訓練にも使っているのだろう。庭と言っても飾り気などはなく、端の方に木が植わっている程度だ。
本丸へと続く坂道の前に、真四角な建物が建っている。
なんの建物かは分からないが、俺の視線はむしろその手前に吸い寄せられた。
建物の正面の位置。
そこに高さ20センチ、大きさ10メートル四方の台座が置かれ、その上に置かれた豪華な腰掛に明らかに大貴族と思われる男が座っていた。
年は60くらいだろうか。立派なひげを蓄え、恰幅が良く上背もあって堂々とした佇まいだ。恐らく東周公だろう。
盾を持った大柄の騎士と、この辺りではあまり見ない形の曲刀を持った細身の騎士が東周公(推定)を守るようにして立っている。
彼ら以外にも、多くの騎士が中庭の壁面近くに並んでいた。
あの騎士が持っている剣は、ひょっとして日本刀だろうか。鞘に収まっているのでよくわからないが、もしそうなら後でちょっと見せてもらいたいものだ。
懐かしい気持ちでそんなことを考えていた俺に、アガタがすまなそうに声をかけてきた。
「折角、足を運んでいただいたのに、このような無粋な出迎えで申し訳ありません。なにぶん我が主、東周公は国王より東方の守護を任された大貴族でして、その地位故に危険も多いのです。」
俺は身振りで気にしていないと伝える。アガタは謝意を示すと、俺たちから離れて台座のまえで頭をたれた。
「東周公、このたび見事に邪龍を退散させた岩石精のロクとイスタ村のミラの2人をお連れいたしました。」
やはり、台座中央の腰掛に座った大柄な男が東周公で間違いないらしい。東周公が小声で何か言うと、アガタが再度こちらに向き直った。
「お二人とも、どうぞこちらへ。東周公が直にお話をされたいと。」
そう促され、俺とミラはオズオズと前に出る。
ミラの手と足が一緒に出てることに気が付いたが、指摘したら余計にテンパってしまいそうだったのでそのままにしておいた。
台座の前に見よう見まねで跪くと、俺は口を開いた。
「初めてお目にかかります。岩石精のロクとイスタ村のミラでございます。」
とりあえず、目を伏せたままで自己紹介すると、東周公が声をかけてきた。
「うむ、よくぞ参った。そう緊張しなくともよい。顔を上げよ。それから直答を許す。まずは邪龍を退散させた顛末と、お前たちが供に暮らすようになった経緯を聞かせてもらいたい。」
顔を上げると、東周公は威厳の中にも親しみを込めた表情で俺とリヨンを見ていた。
これが大貴族か。などとマジマジと眺めつつ、俺は言われたとおり海神龍アペシュとの一件とミラと暮らすようになった経緯を説明した。
もちろん、ミラの左目がアペシュと共有になっている件は適当に誤魔化しているし、ミラとの経緯は村で騎士たちにも説明した“設定”の方を話した。
2、3の質問を挟んで一通り話すと、東周公は満足したのか。大きく肯いて笑みを浮かべた。
「なるほど。お前たちの勇気は大したものだ。魔物と子供とは思えんな。まことにもって、見事という他ない。」
そう言って締めくくった後、東周公は不意に手を打った。まるで、何かを思い出したぞとでも言わんばかりの仕草だ。
「おっと、すまん。邪龍の話に気を取られておったが、お前たちにとってはもう一つの方が重要であったな。」
なんの事かは聞くまでもない。俺とリヨンの顔が緊張し、背筋が自然と伸びる。
「ミラよ。生き別れとなっていたお前の父、トギル・カーマインはこの砦に来ておる。待たせてすまなかったな。今、連れてこよう。十数年ぶりの父娘の邂逅。存分に果たすがよい。」
東周公の言葉を受け、中庭の騎士のうち一人が背後の建物へ向かう。
それから間もなく。東周公の背後で扉がかすかな軋みとともに開いた。
俺とミラが息を呑んで見守る中、そこから2人の騎士を連れた1人の男が姿を見せる。
ミラの肩が、震えた。
その男、トギル・カーマイン男爵は痩せた男だった。
ミラの父親ならば高めに見積もっても、まだ30代だろう。しかし、茶色の髪には所々白髪が混じり、眉間には深いしわが刻まれている。
少なくとも、15歳は老けて見えた。
あえて、ミラとの相似した点を探すなら、唯一、丸く大きい目の形がそれだった。
男爵の顔は緊張のせいか、こわばり青ざめているようにすら見えた。
「おとうさん、ですか?」
リヨンが意を決したように問いかける。男の体がギクリとゆがんだ。青ざめて、両脇を騎士に固められたその姿は、貴族というよりも刑場に引き出される罪人の様ですらあった。
何かがおかしい。そんな、掻き立てられる不安感をよそに事態は進んでいく。
「ミラ、かい。ああ、その赤毛。そして、その顔。アリアにそっくりだ。」
つぶやくように口にしながら、男爵がゆっくりとミラに近づいていく。
ミラの足がためらう様に、ゆっくりと1歩、踏み出される。
男爵は両の手を掲げるように広げた。
「おお、もっと近くで顔を見せておくれ。」
慈悲を乞うような口調に引き込まれるように、ミラが足を進めていく。
1歩、2歩、3歩。
男爵まで、あと1歩の距離。
間近で娘の顔を見た父親の体が再び震え、その眼が涙に潤む。
男爵の顔が不意に東周公へと向けられた。
「間違いありません。この娘は13年前に妻とともに行方不明となっていた私の娘、ミラ・カーマインです。」
東周公が重々しく肯くと、男爵の顔は再びミラに向き直った。
「さあ、ミラ。お願いだ。この父に抱擁をさせてくれないか。」
娘を迎え入れるために、父親の両手が柔らかく広げられる。
呼吸二つ分のためらいの後、ミラの体がゆっくりと進みだす。
その時、男爵の右手が唐突に奇妙な動きを見せた。
娘のために広げられていたそれは、しかし、いざミラが飛び込もうとした瞬間には背中へと隠れた。
そして、再び姿を現したとき。そこには醜悪な光を放つ短剣が握られていた。
「ミラ!!」
俺の叫びと、ミラのか細い悲鳴は、ほぼ同時にあげられた。
ミラは反射的に腹を庇いながら、よろめくように後ずさった。
「な、あぁ、ぐっ」
何か言おうとしたのだろうか。痙攣するような、奇妙な声が口から洩れた。
俺がとっさに駆け寄ると、まるで待ちかねていたかのように、差し出した右手にミラの体が倒れ込んできた。
その眼は苦し気に見開かれ、手足は奇妙にひきつって震えている。腹部には赤い鮮血のシミが広がりつつあった。
毒だ。
「ヒ、ヒィイイイイ」
俺の突進に怯えたのか。汚い悲鳴をあげているカーマイン男爵が二人の騎士に引きづられるようにして、下がっていく。
その手には赤く濡れた短剣。両刃で、奇妙な溝が縦横に刻まれている禍々しい代物だった。
訳の分からない状況の中、それでも俺が動けたのは目的がはっきりしていたからだ。何があってもミラを守ると言う。
さらには、東周公と敵対してしまうケースも事前に想定はしていた。
だが、しかし。よりにもよって、こんな。まさか、父親の手で。いや、そもそもあの父親は本物なのか。
ピンクさんの作った余所行きがミラの血で汚れていく。それがさらに俺の混乱を加速していく。
ミラの口がわずかに動く。意識はあるようだが、結局それは声にならずに消えてしまった。
時間が、ない。
東周公の脇にいた騎士の一人。刀を佩びた金髪の騎士が、その武器を抜きさってとび出してくる。
この状況で、そんなことをする奴が味方のハズはない。なにより、一刻も早くここを脱出して、ミラの治療を行わなければならない。
門の方へと後退しながら、俺は空いている左手をその騎士めがけて振りぬいた。
次の瞬間。斬り飛ばされた俺の左手が、地響きをたてて地面に転がった。
「ガァアアアアアア!!」
何が起きたのか。わからない。
【硬化】をかけていないとはいえ、俺の左手をまるで豆腐でも斬るかのように。
それに騎士の動きだ。速すぎる。俺では、逃げられない。
パニックを起こしかけている俺に対し、その騎士はあくまで冷静だった。決して深追いしてくることなく、油断なく構えなおしている。
気が付けば周囲を完全に騎士たちに包囲され、砦の入り口も完全に封鎖されていた。
だが、岩石精は動揺しにくい鈍さが取り柄だ。周囲が目まぐるしく動く間に、俺も少しだけ冷静になる。
「何故だ。何故こんなことをする。俺たちは何もしていない。それどころか龍から村を守った。その報いがこれなのか。」
半ば本心、半ば時間稼ぎの台詞。
返答があるとは思っていなかったが、金髪の騎士が口を開いた。
「魔物に語る言葉はない。しかし、死にいく前にせめて名乗っておいてやろう。私は聖剣の勇者ライド・グローリーハンズ。この国の民を守るものだ。」
金髪の騎士、聖剣の勇者とやらが喋っている間に俺は呪文を一つ詠唱する。魔声環を使わずに行えば、騎士たちには気づかれない。
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、この身に…】
「ライドッ!!そいつ、なにか詠唱してる!!」
突然、声が上がった。女の声だ。思わず視線を向ければ、砦の壁の上に小柄な女がいた。片手に杖を、もう一方の手で俺を指さしている。
馬鹿な。魔声環は使っていない。人間に俺の言葉が聞こえることはないはずだ。
勇者の目の色が変わり、再び襲い掛かって来る。
俺は手首から先のない左腕を勇者に向けて振り下ろしながら、詠唱を完了する。
【堅き守りを与えたまえ。硬化】
詠唱したのは精霊魔法の【硬化】。固有魔法でないのは、対象が俺ではないからだ。
左腕が肘から切断された。そして、勇者は既に次の斬撃を繰り出そうとしている。
だが、俺は反撃も防御もしない。
かわりに右腕を、渾身の力で斜め上に振りぬく。
俺の全霊を込めた【硬化】で、俺の全力の投擲だ。ミラの体をしっかりとガードして、砦の外まで運んでくれる。
迫る刃の向こうに、ミラめがけて上空から飛来する人頭鳥を目にして、俺は勝利を確信した。
リヨン、あとは頼んだ。
それを最後に、俺の意識は両断され、消失した。
主人公、退場
次回から新章です。




