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第2話:大きなヤギのガラードン

『ドリさん、助けてくれ!!』


 山に戻った俺は、すぐさまドリさんに助けを求めた。

 困った時のドリさん頼み。この2年間の積み重ねだ。


『なんじゃ、今日も騒がしい。たまには静かにできんのか。』

 そうは言いつつ出てきてくれるのがドリさんのいいところだ。

 次からはもう少し静かに声を掛けようと思う。


 まあ、前回もそう思ったわけだが。


『いいから、助けてくれよ。どうやっても泣き止まないんだよ。』

 そう言って両手をドリさんに向ける。

 手の平には赤ん坊を抱いたリヨンが座っている。

 ドリさんは初めて赤ん坊に気が付いたみたいだった。


『お、お前たち。この子をどうしたんじゃ。』

 赤ん坊が泣いているのに、落ち着いて話なんかできるわけがない。

 ていうか泣きつかれてきたのか、逆に静かになってきちゃってて心配で仕方ない。


 俺は相当端折っていきさつを説明した。


『話はまあ、分かった。分ったが、ワシも子供のことなんかわかりゃせんぞ。』


 マジかよ。2年間の信頼が裏切られた。


『じゃが、ケガじゃないなら腹が減ったか、オムツが汚れたからじゃないのか。そんなに複雑な理由はあるまい。』


『そっか、腹とオムツ。』

 そう言えばそうだ。

 急いで来たとはいえ、すでに数時間が経過している。

 ていうか気づけよ、俺。一応、元人間だろう。


『でも、ウンチじゃないと思うよ。臭わないもん。』

 そう言ったのは赤ん坊を抱いていたリヨンだ。

 犬ほどとは言わないが、ハルピュイアは鼻も良いらしい。

 恐らく間違いないだろう。


『それなら、腹が減ってんだな。ミルクだ。……ってどうすりゃいいんだ?』

 思わず視線がリヨンの胸元へ行く。


『どこ見てんだよ!出るわけないでしょ!?』

 分かってるよ。

 つい、連想しちゃっただけなんだよ。


 騒ぐ俺たちに、ドリさんが深々とため息をつく。

『ガラードンのところへ行ってみたらどうじゃ。先日、奥方が仔を産んだばかりだから、上手く頼めば乳を分けてくれるかもしれん。』


『それだ!』

 俺とリヨンの声がハモった。

 やっぱり困ったときはドリさんだな。


………。


 悪魔山羊(デモンズゴート)はこのあたりの岩場を主な縄張りにしてる山羊の魔物だ。

 グリグリにねじれた2本のデカい角と分厚い毛並が特徴で、草食性だが凶暴で身体がデカい。

 プライドが結構高くて、下手なことをすると角で突かれて谷底に放り投げられる。


 群れも排他的で普通なら中々とっつきにくい奴らなのだが、俺は縁あって1年ほど前から友達付き合いをさせてもらっていた。


 彼らが根城にしている岩山に登っていくと、上の方からピョンピョンとまだ若い山羊が下りてきた。

 知った顔、族長(ガラードン)の息子のオヅノだ。


『こんにちは。オヅノ、族長はいるかい。取り次いでほしいんだが。』

『ようこそ、ロクさん。それにリヨンさんも。もちろん大丈夫です。僕が先に言って知らせておきますので、どうか後からいらっしゃってください。』


 そう元気よく答えると、オヅノは今来た道をピョンピョンと戻って行く。

 俺たちはゆっくりとそれに続いた。


 ガラードンは岩山の頂上付近、岩棚がせり出して広くなったスペースに座っていた。

 牛よりも大きい身体に太い角、青みを帯びた黒い毛並がいつも通りかなりの威圧感だ。


 俺が近づくと体を起こして挨拶してくる。

『よお、ロク。お前さんがこっちに来るとは珍しいな。一体どんな用件だ。』


 いつも通り単刀直入。

 武将気質というか、質実剛健を好むんだ。


『それが、今日は1つ折り入って頼みがあってな。いきさつを話すと少しばかり長くなるんだが』

『何言ってんだ、俺とお前の仲じゃないか。できることなら力になる。なんでも言ってくれ。』


 そこまで言われて、俺もかくかくしかじかと説明を始める。

 実はここまで歩いてくる間に冷静になって考えてみたんだが、実は少し難しいのではと思い至っていたのだ。

 自然、口も重くなる。


『う~む。どうも妙な匂いをさせてると思ったら、人間の赤子なんか拾ってきてたのか。』

 案の定、話を聞いたガラードンの表情は芳しくない。

 赤ん坊は泣き疲れたのかまた寝てしまっていた。


『お前も知ってるだろうが、人間には俺たちの群れも酷い目にあわされたことがあるからな。子供を殺されたって奴もいるし。いくら俺が族長だからって、乳を分けてやれって命令することは難しいな。』


 そう。ガラードンたちデモンズゴートは角は装飾品、毛皮は衣類、肉は食料という風に利用され、人間にとってはかなり重宝な魔物なのだ。


 簡単にやられるほど弱くはない。

 しかし、それでも集団で追い回されたり、はぐれた仔山羊が狩られたりというのは珍しくないらしい。


 ガラードンたちもそういう被害から逃げるようにこのあたりに移動してきた経緯がある。


 族長として、一族の感情を気に掛けるガラードンに立場も分かる。

 俺は反論の言葉が出なかった。


『でも、この子は何にも悪いことしてないよ。それなのに見捨てるの?デモンズゴートは誇り高い種族なんでしょ。赤ん坊を見捨てるのが誇りなの!?』


 代わりに反論したのはリヨンだ。

 ガラードンも痛いところを突かれたのか、少々押され気味だ。


『いや、勘違いしないでくれ。見捨てるとは言ってない。俺からは命令できないって言ったんだ。幸い、いま群れには俺の妻(サリー)をはじめ、仔を産んだ雌が何頭かいる。悪いがそいつらに個別に頼んでみてくれるか。』


 ガラードンとしては精一杯の線なのだろう。

 気のせいか冷や汗をかいている気がする。

 その様子にリヨンも一応納得したみたいだ。


『それじゃあ、まずはサリーさんからお願いしてみるか。ガラードン、案内してくれないか?』

『ああ、お安い御用だ。』

 俺がそういうと、ガラードンはホッとしたように肯いた。


………。


『乳をその子に分けるんですか。構いませんよ。』

 きれいなクリーム色の毛並が自慢の小柄な美山羊(びじん)。サリーさんはアッサリ言ってくれた。


 あんまりアッサリすぎて、ガラードンも固まっている。

『え、オマエ、良いのか?』


 思わず、奥さん(サリーさん)の真意を確かめるガラードン。

 サリーさんはそんな夫と俺たちにニコリと笑って言う。


『ええ、人間とはいえ子供に罪はありません。それにロクさんはオヅノの命の恩人。その頼みを断ったとあらば、デモンズゴートの名折れですからね。』


『さっすが、サリーさんは話が分かる。どっかの誰かさんにも聞かせてやりたいよ。』

 リヨンがチラチラとガラードンの方を見ながら言う。


 問題が解決したせいか、テンションが高い。明らかに調子に乗っている。

 やりすぎるようなら後で説教の一つもしておこう。


『俺だってな。自分で乳が出せりゃ二つ返事で引き受けたさ。』

 ガラードンがそんなことをブツブツ言いながら拗ねている。

 後でフォローしておいた方がよさそうだが、とりあえず今は赤ん坊の方が重要だ。


『サリーさん。本当にありがとうございます。早速で申し訳ないんですが、お願いできますか。』

『どうぞ。赤ちゃんをこちらへ。』


 許可を受けてリヨンが赤ん坊をサリーさんの腹に近づける。

 赤ん坊は見知らぬ顔が増えていることも意に介さずに、目の前のおっぱいにしゃぶりついた。


 人間とは勝手が違うのかしばらくモゾモゾしていたが、やがて納得したように吸いはじめた。

 とりあえず、一安心だ。


『ところで、この子は何という名前なのですか?』

 なんのけなしに発せられたサリーさんの質問に、俺は凍り付いた。


 しまった。完全に失念していた。

 この子の名前。きっと親が悩んでつけたものがあるはずだ。

 もっと荷物をよく見ておけばよかった。どこかに書いてあったかも。


 と、ここまで考えて俺は冷静さを取り戻した。

 そうだ。産着におくるみ。

 身に着けるものには名前が書いてあるんじゃないか。

 これは早急に確認すべきだな。


『いや、それが。今日拾ったばかりで俺もまだ知らないんですよ。でも、身に着けているモノに書いてあるんじゃないかと思うので、後で確認しようと』


『あら、そうなんですか。』

 あらあら、ウフフ。と微笑むサリーさん。


 その横でリヨンが元気よく手(翼)をあげた。

『はいはーい、私、名前つけたーい!!』


『いや、服に書いてあるのを確認するって、ロクが今言ったじゃないか。』

 ガラードンがリヨンに異を唱える。

 先程、嫌味を言われたのが堪えているのか、いつもより口調が若干おとなしい。


 お前って、案外メンタル弱かったんだな。


『え~、私、マジメに考えるよ。ねえ、ロク。ダメかな?』

 いや、お前さん。犬や猫をもらってきたんじゃないんだから。


 あ、でも他の種族ってことでリヨンの感覚的には大差ないのかも。

 そもそも魔物って種族によっては名前への愛着があんまりない場合もあるしな。

 ドリさんなんて、俺が呼び始めるまでは名前なんかなかったらしいし。


『あ~、おくるみとか産着を調べて名前が分らなかったら、みんなで考えよう。』

 俺の言葉にリヨンは若干不満気だ。


 しかし、名前は重要だ。

 うっかり「お前に任せた」などと発言した結果。この子の名前が「魔神銃眼(マシンガン)」とか「闘魔砲駆(トマホーク)」なんてものになったら困るからな。


 そんな話をしている間に、どうやら赤ん坊への授乳が終わったようだった。

 口元を少し汚した赤ん坊をリヨンが抱きあげる。


「よ~し、おいしかったね~。」

 親しげに赤ん坊に話しかけるリヨン。


 なんか、君すごい馴染んでるよね。

 後、俺もちょっと抱っこしてみたいんだけど。


 え、ダメ?

 いや、つぶさねーよ!!

 だから、気を付けるって。

 そりゃ絶対に大丈夫かって言われると……。


 はい、わかりました。我慢します。


 とりあえず食事の問題の一つが片付いてホッとしたのも、つかの間。

 リヨンに抱かれていた赤ん坊が変な音を出した。


 けぽっ


 リヨンの肩の羽毛に白いシミが広がった。

 量は少ないが、それは明らかにさっきまで赤ん坊が口にしていたサリーさんのミルクだ。


「え?」

 リヨンが状況を把握できずに間の抜けた声を上げる。


 気づけば俺は大声を出していた。

『は、吐いた!?な、なんだ。病気か。それとも、人の母乳じゃないと駄目なのか!?』


 全力でオロオロする俺につられて、リヨンも不安げな表情で赤ん坊を見つめている。

 ついでにガラードンもオロオロしている。


 俺のおこした物音にビックリしたのか。赤ん坊が泣きはじめる。

 場の混乱は有頂天だ。

 リヨンなんか訳も分からず半泣きになっている。


『落ち着きなさい。』

 その声は大きくもないのに、雷の如く一座に轟いた。


 静まり返る一同。

 振り返ると先程までの微笑を完全に消し去ったサリーさんが俺たち、主に俺とガラードンを見据えていた。


『まったく、大の男が揃いも揃って情けない。動揺してもどうしようもないのですから、せめて腰を落ち着けてください。』

 穏やかな口調でそういうサリーさん。


 でも、なんでだろう。気を抜くと膝が震えそうだ。

 これは恐怖?俺は恐怖しているのか!?


『リヨンさん。その子をこちらに』

 言われたとおりにリヨンが赤ん坊をサリーさんの目の前に差し出す。

 サリーさんの黒い大きな瞳が赤ん坊の顔をとらえる。


 まじまじと眺め、においを嗅ぐように鼻先を近づける。

 赤ん坊は初めて間近で見る山羊の顔が珍しいのか。

 いつの間にか泣き止んでサリーさんに触れたりしていた。


『私は人間の子供については詳しくありませんが、どうやら私たちの子供と比べても随分未熟なようですね。自分で歩くこともできないようですし。しかし、この子は見たところ体調が悪いということもなさそうです。きっと、まだ上手く乳が飲めないことがあるのでしょう。しばらく様子を見るしかないかと思います。』


 なるほど、さすがは二児の母であるサリーさんの言葉は説得力がある。

 俺もリヨンもひとまず落ち着きを取り戻す。


『ありがとうございます。それに取り乱してしまってスイマセンでした。』

 俺がそう謝ると、サリーさんはニコリと微笑んだ。


『いえ、私こそ失礼なことを申しました。許してください。でも、貴方が動揺してしまっては、この子もリヨンさんも余計に怖がってしまいます。どうか、性根を据えてドンと構えておいてくださいね。』


 サリーさんの言葉に俺は肯いた。

 そうだ、仮にも人一人を育てるんだからどっしり構えてこの子の支えになってやらないといけない。

 さすが、良いこと言うよ。


 と、ここでまたサリーさんの空気が変わった。

 視線の先にいるのは彼女の夫、デモンズゴートの族長・ガラードンだ。

 心なしか、今日はじめにあった時よりも小さくなっているような気がする。


『サリー、どうかしたか。そんな恐ろしい顔をして、折角の美山羊(びじん)が台無しだぞ?』

 お前、声震えちゃってるじゃないか。

 昨日までは硬派で頼もしい奴だと思ってたのに。


『子供に不慣れなロクさんやリヨンさんがオロオロとしてしまうのは仕方ありません。でも、貴方まで一緒にオロオロしてどうするんですか。当事者でないからこそ、冷静に対処しなければならないというのに、それでも族長ですか。』


『いや、でも俺だって人間の子供は初めてだし』

『お黙りなさい!!この期に及んで言い訳とは、本格的にお説教が必要なようですね。』


 サリーさんの目がギラリと光る。

 それににらまれたガラードンはまるで蛇ににらまれたカエルの如し、シオシオと小さくなってしまう。


『ロクさん、リヨンさん。私たちは用が出来ましたのでこれで失礼させていただきます。おそらく、赤ん坊はすぐにお腹を空かせるでしょうけど、その時は遠慮せずに私のところへ来てくださいね。群れの者たちには話を通しておきますので。』


 笑顔でそう言うサリーさんに俺たちはコクコクと必死で肯いた。

ガラードンの名前は名作絵本からいただきました。

魔物の種族名といい、ネーミングセンスが死んでいます。

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