第1話:出会い
俺がゴーレムになって2年くらいたった。
くらい、っていうのはカレンダーなんかないし正確な日付が分らないせいだ。
その間、俺はといえば大概ヒマをしていた。
なぜなら、このゴーレムの体は基本丈夫でケガも病気もしないし、そもそも飯を食う必要もないのだ。
ドリさん(俺が最初に出会った爺さん。話を聞いたら人間ではなく樹木精だというので、勝手にドリさんと呼んでいる。)が言うには、地面から常に大地の魔力を得ているらしい。
飯を食わなくてもいいし、野宿でも全然困らない。
服なんてこの2年間で1度も着たことがない。
衣食住が必要ないので、働く必要もないのだ。
もちろん、何もしていなかったわけじゃない。
何故か覚えていたボクシングのワン・ツーとフットワークの練習に励んでみたり、その最中に聖樹(ドリさんの本体、滅茶苦茶デカい。)に肘がぶつかったせいでドリさんにガチで説教されたり、鳥の魔物に懐かれたり、山羊の魔物と家族ぐるみで仲良くなったりと結構いろいろあったのだ。
鳥の魔物の名前はリヨン、山羊の方はガラードン。
ついでに今の俺の名前はロク。
人間の時の名前「岩」城とゴーレムの岩から「ロック」≒「ロク」という安直なネーミングだ。
結局、ドリさんにも俺が元人間であることは伝えてない。
ただの記憶喪失のゴーレムと言ってあるだけだ。
納得したのかしてないのか、そういうことにしてくれている。
『おはよー、ロク。今日も無駄にでっかいね!!』
噂をすれば、影が差す。
大きな羽音とともに俺の肩に降り立ったのは人頭鳥のリヨン。今日も元気だ。
ちなみに「人頭鳥」とはいうが、頭だけが人間なわけではない。
足は膝のやや上あたりから先がうろこ状の皮膚を持つ鳥の足になっており、腕は肩から先が翼になっている。
リヨンの羽根の色は灰色をベースに黒が混じっている。
髪の毛は本当に無造作なショートカットで、羽根とは逆に灰色がかった黒、瞳は銀色がかった灰色だ。
痩せっぽっちで肌の色はナマッ白い。
上半身は黒いチューブトップ。
下半身は後ろ側に長い垂れのついた極端なミニスカートを履いている。
右の足首には質素な木のビーズの飾りをしているが、アクセサリーと言えるのはそれくらいだ。
全体的に飾り気は少ない。
外見だけでいえば好みでないこともないのだが、あいにく今の俺は性欲・食欲・睡眠欲の三大欲求から完全に解き放たれたゴーレムである。
その心は山奥の湖のように穏やかだ。
『おはよう。お前は今日も小っちゃいな。ちゃんと食ってんのか?』
リヨンの身長は150センチくらいだろうか。
種族としては平均らしい。
なんせ飛ぶからな。肥満は厳禁で体つきも小さいんだろう。
『食べなくても勝手にでっかくなるゴーレムと一緒にしないで欲しいな。それより今日は何する?私は釣りがいいな。』
コイツはいつもこんな感じだ。
1年ほど前に山で歌っているのを見つけたのが最初。
その唄に聞き惚れて、うっかり誉めたのが運の尽き。
以来、えらく懐かれて四六時中一緒にいることになったのだ。
まあ、いやな奴じゃなし。にぎやかで退屈しないともいえる。
『そうだな。今日は久しぶりに人間の町の方へ行ってみたいんだけど、どうだ。』
そう聞くと、リヨンが珍しく顔をしかめた。
コイツが俺の提案にこんな顔をするのは滅多にない。大抵は二つ返事で付き合ってくれるのだが。
『どうした、なんかあるのか?』
つい気になって、そんな風に聞いてしまう。
リヨンは首をひねりながら答えた。
『ん~、よくわからない。でも、ちょっと嫌な感じがする。』
そんな風に言われると、さすがの俺もちょっと怖気がつく。
今日は予定を変更しようか。なんてことも考えてしまう。
ところが俺がそれを言うよりも早く、リヨンが口を開いた。
『ま、いいや。行こう、行こう!!今日はなにか面白いものがあるといいね。』
ズッコケるかと思った。
お前、さっきまでの思わせぶりな態度は何だったんだよ。真面目に考えて損したわ。
まあ、そうと決まれば善は急げだ。
俺はリヨンを肩にのせたまま麓へと向かった。
人間の町へ行く、と言っても魔物である俺たちが街の中へ入れるわけではない。
ファンタジーものの定番通り、この世界で魔物は人間に害なす存在と認識されている。
人里近くに出没したり、人を殺したりすれば、町などから依頼を受けた傭兵(いわゆる冒険者)などが討伐に乗り出してくる。
なので、俺たちも基本的にはこっそりと近くまで行くだけだ。
何故そんなことをするのかって?
それは人間の友達が欲しいからだ。
山の魔物もみんな良い奴だが、それでも元人間としては人間と話をし、触れ合いたいと思う。
もちろん、ただ声を掛けるだけでは無理だ。見つかった瞬間に逃げられるか攻撃される。
必要なのは機会だ。具体的には街に対する何か大きなトラブル。
たとえば、山賊に襲われて町中パニックになったりする。
絶対絶命、もう駄目だと覚悟した次の瞬間。現れる巨大な岩の塊。
そう、ゴーレムだ。
突如現れたゴーレムが山賊を撃退。
そのドサクサと感謝の気持ちで俺を悪い奴ではないと認識させ、なし崩し的に友達になろうという計画だ。
確実さに欠けるが、他に方法も思いつかないから気長にやるつもりだ。
リヨンの方は単純に人里の果物とか菓子なんかを少しばかり味見するのが目的だ。
盗み?いや、だって売ってくれないし。
問答無用で攻撃されるし。悪いことだとは思うが、しょうがない。
まあ、果物なら鳥につつかれることもあるだろうから大目に見てほしいと思っている。
そのリヨンは今、俺の上空を飛び回りながら歌を歌っている。
炸裂するギター(ぽい音)、唸るベース(ぽい音)、怒涛のドラム(ぽい音)。
あたりに響くハルピュイアのシャウト。
今日もロック(風)だぜ。
楽器がないのに伴奏が響くことが最初は不思議だったが、ドリさん曰くハルピュイアの固有魔法らしい。
飛んだり踊ったりするときに羽根から様々な音が出るんだとか。
そんな物知りなドリさんだが、ロック(風)は苦手なのかリヨンが歌いだすと聖樹の奥に引っ込んでしまう。
俺としては結構好きなんだが、ハルピュイアの本来の歌とはかなり違うらしい。
まあ、群れから離れてこんなところでゴーレムとつるんでるくらいだ。
変わり者なのは当たり前だろう。
と、そこで俺は異変に気が付いた。
いつの間にか、歌が止んでいる。
見上げると普段はあっちこっちフラフラ飛び回っているリヨンが一方向を凝視している。
それに普段よりも格段に高度を上げていた。
『どうした。なんかあったか?』
大声で呼びかけると、こちらに向けて急降下。
俺の数メートル上空で停止した。その顔は真剣だ。
『あっちでコルダ車が襲われてる。山賊かも』
短い言葉に俺は驚愕した。
自分で計画に組み込んでおいてアレだが、この辺は辺鄙で山賊もほとんど出ない。
街道からも大きく外れてるせいで商人とかの獲物がないからだ。
普通ならまず現れない。
ちなみにコルダというのは、馬みたいな動物だ。
鼻がバクみたいに長い以外は、用途も性質もそんなに変わらない。
いや、今はそんなことは重要じゃない。
本当に山賊が出たなら(元)人間として見過ごしてはいけないだろう。
『リヨン、コルダ車の方へ案内してくれ。』
『え、なんで。面倒じゃん。ササッとよけて街に行こうよ。』
『な、』
何言ってんだ。と言いそうになって、直前で思いなおす。
リヨンの感覚の方が正しい。少なくとも魔物としては。
人間にとって魔物は敵で、その逆もまたしかり。
普段自分を攻撃してくる相手が殺しあっているからって止める理由は何もないのだ。
でも、俺は元人間だ。
今は魔物で、こいつらも友達だと思うけど出来れば人間も助けたい。
『いいから、教えてくれよ。別に手伝ってくれなくてもいいから。頼むよ。』
断られるようなら土下座でもなんでもしようと思っていたのだが、リヨンはあっさりと肯いた。
『うん、いいよ。じゃあ、ゆっくり飛ぶからついて来てね。』
『あれ、なんで』
あまりにもあっけなかったので思わずそんな風に尋ねると、リヨンはニコリと笑って言った。
『ロクがなんでか人間好きなのは知ってるし。友達の頼みなら当然でしょ?』
チクショウ。やっぱりいい奴だよな。言わないけど。
そんな風に思いながら俺は走り出した。
しかし、俺たちが到着した時には、既にすべてが終わっていた。
リヨンが見つけた時はまだ生きている者もいたとのことだが、今は動く者もない。
3つの死体は生死の確認をする必要もない状態だった。
襲撃者が付け火をしたのか、横倒しになったコルダ車からは炎が上がっている。
コルダはどこかへ逃げ散ってしまったのか。見当たらなかった。
山賊らしき集団は俺の接近を知ると去って行ったらしい。
我ながらすごい地響きをたてて走っていたから、無理もない。
まずコルダ車の近くにメイドのような恰好をした女。
背中に深い傷がある。
少し離れた岩陰に御者の男ともう1人、身なりのいい女。
女の方はうつぶせに、御者は剣をもって仰向けに倒れている。
2人とも全身を切り刻まれていた。
『どうする?』
リヨンが尋ねてくる。
俺の気持ちを察しているのか。
その表情にはやるせなさに似たものが浮かんでいる。
『埋めてやろう。手伝ってくれるか。』
リヨンは肯いてくれた。
俺が穴を掘っている間に、リヨンには3人の身なりを整えておいてもらうことにする。
穴掘りは得意だ。何せ人間とはパワーが違うし、今の俺は土属性。
むしろリヨンの方が心配だ。
手がないから、苦戦は必至。今着ている服も自分1人では着られないのだ。
俺が1つ目の穴を掘り終えると、リヨンも1人目の身支度を整えたところだった。
いいタイミングだったので、そのままメイドを穴の中へ横たえる。
少しの間、黙とう。
そんな習慣はないだろうが、リヨンも俺の真似をしていた。
心持ち優しく土を掛けてやってから、次の作業へ入る。
リヨンは2人目の身支度だ。
『あ!』
突然、リヨンが素っ頓狂な声を上げた。
振り返ると、ちょうどリヨンもこちらを振りむいた。
その眼はまん丸く見開かれている。
ほにゃあ、ほにゃあ、ほにゃあ
ほぼ同時に、あたりに響く間の抜けた泣き声。
ってこれ、赤ん坊じゃね?
声はリヨンの方から響いてくる。
俺は慌てて駆け寄った。
リヨンが途方に暮れたような顔で、身なりのいい女の後ろを指し示した。
岩と岩の間、注意しなければ見過ごしてしまうような隙間にその子はいた。
柔らかそうな上等のおくるみに包まれて、力いっぱい声を上げていた。
俺はその前に倒れている女と御者に目を向けた。
二人とも、本当に傷だらけだ。きっと最後の最後まで賊に抵抗したんだろう。
『そうか。アンタたちはこの子を守ったんだな。』
メイドもきっとそうだったんだろう。
女が母親で、二人は使用人だろうか。ちょっと涙が出そうな気分になった。
血も涙もないゴーレムだから泣けないが。
『ちょっと、待っててくれよ。いま、お前の母ちゃんにお墓を作ってやるからな。』
泣き続ける赤ん坊にそう声を掛ける。
『リヨン、この子を抱いていてやってくれよ。いつまでもこんなところに寝かせておいちゃだめだ。』
『え、で、でも。私、赤ん坊なんか触ったこともないよ。』
『いーから、いーから。』
リヨンは慌てていたが、それでも何とか隙間から赤ん坊を引きずり出すと、翼を重ねるようにして赤ん坊を抱いた。
その間に俺は急いで穴を掘る。
赤ん坊はなかなか泣き止まない。
飽きっぽいリヨンが子供を投げ出してしまうんじゃないかと心配だった。
しばらくしたら、リヨンが歌い始めた。
初めて聞く曲だが、すぐに分かった。
子守唄だ。
思わず目を上げると、赤ん坊をゆっくり揺すりながらリヨンが優しい顔で歌っていた。
聞き惚れたし、見惚れていた。
そんな俺に気が付いたリヨンが照れ笑いを浮かべる。
ゴーレムでよかった。人間だったら、顔が赤くなっていたかもしれない。
間もなく穴は掘り終わった。
赤ん坊はいつの間にか泣き止んでいた。
リヨンの手がふさがっているので、俺が御者と女の身なりを整えてやろうと試みる。
だが、ゴーレムの手がデカすぎる。まったく上手くできない。
もっとも、二人とも整えようもないくらいにボロボロだったが。
それでも、最大限丁寧に穴の底へ横たえてやる。
女の体を寝かせた時に、その首に細い鎖でロケットが提げられていることに気が付いた。
少し考えた後、指先で何とかそれを外そうとした。
結局、鎖を半ば引きちぎるようにして外したそれを、赤ん坊のおくるみの中に入れてやる。
形見の1つくらいは必要だろう。
再び、黙とう。
土を掛ける段になって、赤ん坊はまた泣きだした。お別れだから、当然だ。
俺はゆっくりと土を掛けると、もう一度あたりを見て回った。
コルダ車にはいくつか荷物が残っていたが、いずれも焼け焦げて使えそうなものはなかった。
『行こう。』
『うん。』
俺が手を差し出すと、リヨンはその手を登って肩に座った。
本当はそのまま人の町まで歩いて行って、隙をみて裕福そうな家の前にでも赤ん坊を置いてきた方がよかったのかもしれない。
でも、俺はそうしなかったし、リヨンも何も言わなかった。
理屈じゃないけど、命を張ってこの子を守った人たちから「託された」ような気持になっていた。
この日、俺は人間の赤ん坊を拾った。ゴーレムのくせに。
嫁(鳥)と娘が1度に登場しました。




